「不倫とは何か?」の近代史―不倫(2)

こんにちは。

この記事では、「不倫」という言葉が明治以降何を意味してきたかを雑にふり返ります。

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※写真と本文は関係ありません

要約:Executive Summary

「不倫とは何か?」の歴史は、大きく5つの時代に分けられます。

すなわち、

  1. (19世紀まで)無名時代
  2. (1900年代)オーディション時代
  3. (1910-80年代)グループアイドル時代
  4. (1980年代~)ソロデビュー~地位確立時代
  5. (2000年代~)オンリーワン時代

となります。

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ちなみに、時代区分は工藤静香さんの略歴と共通です。ひとつ前の記事に書きました。

「不倫とは何か?」の近代史(1)明治・大正

諸文献を援用しながら、「不倫とは何か?」の歴史を雑にふり返っていきます。

このセクションでは、青空文庫ならびに国立国会図書館デジタルコレクションでの用例検索結果を使います。なお引用部の強調・下線は引用者によるものです。

0.「不倫」とは

道徳に反すること。特に、男女関係で、人の道に背くこと。また、そのさま。

が、コトバンク「不倫」から採った「デジタル大辞泉」の解説です。

辞書にあるような意味が出そろい、やがてはその意味が主として特定の男女関係を表すものとなっていったさまを追いかけていきます。

1.無名時代(~1900まで)

19世紀まで「不倫」はほとんど無名でした。国会図書館デジタルコレクションでの検索結果(本文ではなく、章・節のタイトルレベルまでの検索)においては、

のように、外国地名の漢字表記としての用例が見えるだけです。

ちなみに文脈からすると、前者は「ブローニュの森 Bois de Boulogne」、後者は「ブラウンシュバイク(ブルンスウィック)公国 Herzogtum Braunschweig」のことだと思われます。

19世紀の「不倫」

一方青空文庫を探すと、既に19世紀の文献に、辞書の語釈にある「道徳に反する」意味での用例がありました。

不倫の女子

実をいえばその芸妓なる者は大抵不倫の女子にして、(略)ほとんど娼妓(しょうぎ)に等しき輩なれば、固(もと)より貴人の前に面すべき身分にあらず。

【出典】福澤諭吉「日本男子論」(1888)

不倫=道徳に反する という使われ方です。「芸妓というのは不道徳な連中で、貴人と顔を合わせていいような身分ではない」というのが引用部の大意ですね。

比べることが不倫

その10年後の用例からもうひとつ。こちらは現代語とは少しニュアンスが違っています。現代ならさしずめ「不適切」ぐらいに言い換えられそうです。

ある人(玄竜子)曰く、盛唐の詩集と蕪村派の句集とを並べいふことの不倫と申したるは、勝劣の心にはこれなく、

不倫と申すこと、要は蕪村一人の什(じゅう)を盛唐幾多の作家と比擬(ひぎ)すること、及び晩唐の方にはかへつて比擬すべき作家あらむと思ひ、云々。

【出典】正岡子規「人々に答ふ」(1898)

ある人が言うには、唐時代の漢詩集と蕪村派の句集とを比べるのは「不倫」だそうです。

2.オーディション時代(1900年代)

20世紀に入ると、まるでオーディションでも開いたかのように、「道徳に反する」という不倫のパターンがひととおり出そろいます。

現代の「不倫」とはいささか風合いの異なる用例も珍しくありません。いくつか紹介します。

結婚が不倫

里子は兎(と)も角(かく)も妹ですから、僕の結婚の不倫であることは言うまでもないが、僕は妹として里子を考えることは如何(どう)しても出来ないのです。

【出典】国木田独歩「運命論者」(1906)

ネタバレさせますと、「里子」というのは「僕」の妻なんですが、実は異父妹であったという筋書きです。

不倫という言葉は愛という事実には勝てないのです。僕と里子の愛が却(かえ)って僕を苦しめると先程言ったのは此(この)事です。

と、現代でもそのまま使えそうな言い回しもありますが、いわゆる三角関係でも略奪愛でもないのに、「僕と里子」2人の夫婦関係が「不倫」だという、現代の基準からすればややこしい話でもあります。

不倫の犯罪・不徳「破倫」

また、ある本には、「驚くべき伏魔殿=不倫の犯罪製造所」と題してこんな記述も見えます。

彼等は外部との行通を塞ぎ所謂一家の世界であるを僥倖として小人閑居的に出来得るだけの不善否罪悪をヤッ(←原文傍点)て居るので此点から言へば彼の内房裡は不徳破倫の犯罪製造所とも云ふべき一の恐るべき伏魔窟である。

【出典】沖田錦城『裏面の韓国』(1905)第四章「豚犬的生活」pp.29-30

「韓国人の家屋は内に閉じているから、奴らはあらゆる悪事をなす」というめちゃくちゃな論法で、「元祖・嫌韓本」にふさわしい?ヘイトには感服を覚えるほどですが、本題はそっちではありません。

ここでわかるのは、不徳「破倫」という言い方もあることです。

この時代に、「不倫」の周辺でいろんな言い回しが試されていることがうかがえます。

3.グループアイドル時代(1910年代~)

1910年代以降は、前項で見たような

  • 現代からすれば珍しい使い方の「不倫」
  • 「破倫」

に加え、

  • 現代とほぼ同じ意味の「不倫」
  • はたまた、「非倫」不徳

の用例も出そろい、それぞれの文脈でそれぞれが使われる、不倫・破倫・非倫のグループアイドル時代を迎えます。

時の河を越えて(1987)
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用例を2つ紹介します。

現代とほぼ同じ「不倫」

世間並の道徳から見れば、とき子の行為は実に無謀と云はうか、大胆と云はうか、夫もあり子もある身で居ながら、他の男を慕って家出するなぞとは、実に不貞な妻、不倫なとも云はれよう・・・

【出典】小林栄子「尼になる迄」(1916)p.35

まことに不倫な話です。

非倫不徳

…大官となるに従って、あくまでも利己的生活を遂げるために、如何なる非倫不徳の行為を重ねても――それは一般人に対しては小学の修身読本においてすら厳禁されてある事でありながら――彼らの特権として道徳的にも法律的にも制裁されないものであるということの疑惑が保留されるのを、…

【出典】与謝野晶子「三面一体の生活へ」(1918)

あるいは「非倫」には、「非・倫常」の意味あいも入っているのかもしれません。倫常とは「人倫の道(広辞苑)」の意です。

元始、不倫は実に用言であった

ここでひとつふまえておくべきなのは、この時代まで、「不倫」というのはもっぱら用言であったという点です。

  • 不倫なナントカ
  • 不倫のカントカ
  • まことに不倫だ

とかいった使われ方が主です。品詞分類すると、形容動詞の語幹あたりになるでしょうか。

イメージしにくければ、現代語での「不埒」や「不滅」の用法が近いと思うので、置き換えてみるといいでしょう。

「不倫とは何か?」の近代史(2)昭和・平成

ここで一気に時の河を越えて、昭和の後期、1980年代に飛びます。「不倫」に動きが出始めるのは、管見ではこのあたりからです。

こちらでは主に唄の文句から、「不倫」の使われ方の変遷を追いかけます。

「不倫」ソロデビューの環境が整う・1980年代

1980年代に入ると、愛人バンク「夕ぐれ族」(1982-83)、「金妻」ブームを呼んだドラマ「金曜日の妻たちへ」(1983)が話題となるなど、「不倫」ソロデビューの環境が整ってきます。

「不倫」の言葉こそ使われていませんが、この時期の歌謡曲にも

  • 《ホテル》(1984)(詞・なかにし礼)
  • 《愛人》(1985)(詞・荒木とよひさ)
  • 《恋におちて -Fall In Love-》(1985)(詞・湯川れい子)

など、妻帯者との恋愛を歌ったものが目立ってきます。

ホテル
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愛人
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4.ソロデビュー~地位確立時代(1980年代)

そんななかで、体言と化した「不倫」が登場します。用例としての初出までは特定できていませんが、現代の「不倫」が歌の文句に表れるのもこの頃です。

およしになってねTEACHER(1985)
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およしになって TEACHER/不倫はやめているんです
(詞・秋元康)

真赤なウソ(1987)
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真赤なウソを重ねながら/純愛・不倫をくり返す
(詞・高見沢俊彦)

こうした現代的な「不倫」の使い方は、歌詞の世界ではかなり先駆的な用例です。

「不倫の恋」との相克

1980年代の歌詞の世界は、まだ依然として“ソロデビュー”を果たした「不倫」単体ではなく、むしろ従来の用言的な「不倫の~~」という用法の方が趨勢として多数派でした。

「不倫の恋」がその代表的な用例です。いくつか紹介しましょう。

恋愛専科(1981)
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ゆきずりの恋 不倫の恋も/俺のすべてかけるぜ
(詞・田代マサシ)

シブがき隊《トラ!トラ!トラ!》(1986)

重ねた不倫の接吻は内緒
(詞・森雪之丞)

不倫(1987)
美輪明宏
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子供の寝顔に 詫びて泣いて/不倫の恋に 又身を焦がすの
(詞・美輪明宏)

You Can’t Find Me(1988)
松田 聖子
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いやよ 不倫の恋
(詞・松本隆)

という具合です。

ここまでの近代史の流れを見てわかるように、不倫の使われ方としては、こちらが「正統」です。

5.不倫オンリーワン時代(2000年代~)

しかし不倫の「正統」は徐々に力を失っていきます。

石田純一さんの「文化や芸術といったものが不倫から生まれることもある」という発言が「不倫は文化」と報じられたのは1996年のこと。

2000年代にもなると、亀山早苗さんによる一連の

(2001) (2002) (2005)

シリーズのような「不倫の恋」というもの言いは、むしろ古風な言い方となっていきます。

そして現在、「不倫」はどのように「道徳に反している」かを具体的に表すのに十分な情報量を持った言葉となっています。「不倫」のひと言だけで内実まで伝わり、余計な説明が要りません。

まとめ

前の記事のくり返しになりますが、「不倫」というのはたいへん面白い言葉です。

元は「道徳に反すること」という一般概念だったのに、現代では「不倫」のひと言で、その「道徳に反する」具体的な内容までほぼ特定されてしまっているからです。

試しに、不倫と同じ構成をした「不滅」に置き換えてみれば、その特殊性がわかります。

「不倫」をめぐる現状を「不滅」を使って表現するならば、「永久に不滅」といえば、「わが読売巨人軍(古いな)」か、もしくは「クレジットカードのポイント」の意味に決まっている。そういう状態です。

実に不穏で不敵であります。

民法第709条(2014)
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2016年の注目ワード:ゲス

さて2016年の現在、不倫に続いての私の注目ワードは「ゲス」です。

元は「身分の低い者」転じて「品性が下劣であること」という意味を持った「下衆=ゲス」が、昨今の「ゲス不倫」のような使われ方を経て、「ゲス」単体でどういう人物または行為を指すか特定されるまでに至るか至らないか、今後数年の動静に注目することにします。

両成敗でいいじゃない(2016)
ゲスの極み乙女。
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両成敗がとまらないのでこの辺でお開きといたします。

おわり

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