「イナバウアー」と聞いて体を反らしがちのヤツちょっと来い

こんにちは。

世間には「イナバウアー」の勘違いイメージが蔓延しています。

既にいろんなところでいろんな人が言ったり書いたりしていますが、直近で不穏な動きもあり、うっかり者たちの勘違いを正すべく私もここで加勢することにしました。

縁なき衆生へ指摘する際、この記事をお役立ていただければ幸いです。

要約:Executive Summary

要はこういう話です。

image based on Shizuka Arakawa Ina Bauer (2006) from commons.wikimedia.org

ポイント

  1. フィギュアスケートの「イナバウアー」は、足の技です。体を反らせることではありません。
  2. 今回得られた情報をつなぎ合わせていくと、縁なき衆生どもが蔓延させている誤解に、荒川静香さんもまた深く傷ついていることがわかりました。
  3. 「縁なき衆生は度し難し」といえども、慈悲の心で接することが肝要です。

1.「イナバウアー」のこと

イナバウアーに関するあれこれを雑駁に綴っておきます。

正しい「イナバウアー」

まず、イナバウアーに関する「正解」です。

イナバウアーとは、フィギュアスケートの技で、足を前後に開き、つま先を180度開いて真横に滑る技である。1950年代に活躍した旧西ドイツの女性フィギュアスケート選手、イナ・バウアーが開発したのでその名が冠された。

The Ina Bauer element is an extended fourth position in ballet in terms of where the feet are placed.

という具合に、手っ取り早いところではWikipedia「イナバウアー」および英語版の「Ina Bauer (element)」に書いてあります。

  • フィギュアスケートの足の技である
  • バレエの足のポジションが元になっている

それがイナバウアーです。

  • 西ドイツのイナ・バウアー選手が創始者である

ゆえにイナバウアーです。

くり返します。「イナバウアー」は、足の技です。上体を後ろに反らせることではありません。

ですからたとえば、これもイナバウアーです。

20160127_Oda_inabauer_2008_NHK

Nobunari Oda (2008) from commons.wikimedia.org

静止画像からは滑りの方向まで読みとれませんが、「足を前後に開き」「つま先を180度開いて」いますね。イナバウアーです。

え? 全然イナバウアーに見えないって?

そいつは重症です。

誤解が蔓延

上の織田信成選手の画像が全然イナバウアーに見えないのは、日本では「イナバウアー」=「体を反らせるポーズ」と認識されているのが一般だからです。

このイメージのせいです。

20160127org_Shizuka_Arakawa_Ina_Bauer

 Shizuka Arakawa Ina Bauer (2006) from commons.wikimedia.org

既に述べたとおり、「エビ反り」的イナバウアー認識は誤りです。

「正解」を書いておくと、この上半身の状態、すなわち体を反らせるのは、「レイバック」と呼びます。

荒川静香は、上半身を大きく反らせる特徴的なイナバウアーを行った。このイナバウアーを本人や解説者は、「レイバック・イナバウアー」や「サーキュラー・イナバウアー」とも呼ぶ。荒川の演技によって広く知られたことで、「『イナバウアー』とは背中を大きく反らしながら滑る技、または大きく反り返った状態のこと」といった誤解が発生している。

英語版Wikipediaでも、途中「In Japan」とわざわざ項目を立てて

It is a "vogue" word that has come to mean anything having to do with bending over backwards

【拙訳】[日本での「イナバウアー」は]何でもかんでも後ろに反りかえることに関連づけられてしまった「トレンディ」用語である。

などと書かれています。

くり返しますが、イナバウアーは特徴的でよく目立つそこじゃないのです。

2015.11.29 みなとみらい クイーンズサークル トレンディエンジェル
2015.11.29 みなとみらい クイーンズサークル トレンディエンジェル posted by (C)ひでわく

お兄さん、トレンディだね。

2:荒川静香さんの傷心

イナバウアーに関する誤解は、既にいろんなところでいろんな人が話題にしています。

2006年の新語流行語大賞でも

荒川静香選手の活躍で、「イナバウアー」は「品格」と並んで2006年のユーキャン新語流行語大賞の年間大賞に輝いています。

たとえば当時のアーカイブにも、

本来は両足の爪先を外側に大きく開いて横に滑る技。体を反らせることをさすわけではない。

と明記されています。

2013年のテレビ番組でも

ほか私の知るものでは、2013年11月12日放送の「有吉弘行のダレトク!?」(関西テレビ系)があります。

実のところ、いまここで偉そうに講釈を垂れている私も、この放送を見るまで誤解していたわけですが。

ライブドアニュースに、放送内容を伝えるだけの記事が残っていました。

そうなんです。荒川静香さんご本人も、しっかり巻き込まれています。

余談ですが、民放のテレビ番組は総じてWebアーカイブが貧弱なので、この種の記事は時間が経つと価値が出てきますね。

荒川さんの憂鬱

さて、くだんの放送を見た私が、

番組が荒川本人を直撃すると、荒川は「私がやっている反るイナバウアーところの“反る”部分がイナバウアーだと思われている方が多いってことですよね? イナバウアーって言われた時点でそうかなと思いました」と苦笑い。

からの、取材VTRでの荒川さんの一連の応対から感じたのは、「伝わらないこと」に由来する彼女の多大なストレスでした。いくつか抜粋します。

私は言ってないですもん。イナバウアーですって(競技前に)申告して入れたわけじゃないから」とキッパリ。

スタッフから「説明が足りないんですかね?」と食い下がられると、「それはメディアのせいだと思いますよ。その後、プレーリードッグが上を向いたらイナバウアーって言ったりとか、アザラシが上向いたらイナバウアーとか、そういう報道をしたメディアのせいだと思います」と

それでも最後は「スイマセン、ものすごい反りました」と視聴者に謝る心優しい荒川であった。

円満を取りつくろって締めくくっているさまが、ただただ虚しいのであります。

伝わらないことの苦痛

また私の記憶が確かならば、同じ番組中で荒川さんはこんなふうにも言っていました。

トークショーや取材の場では訂正をして、反ることがイナバウワーじゃないですよとひと言いっています

出典:テレビ見朱蘭|J-CASTニュース(2013/11/19付)

にもかかわらず、今般、大相撲で琴奨菊さんが初の本場所優勝を決めて俄然勢いを増した「琴バウアー」問題に顕著に現れているように、荒川さんらの言葉や想いがまるで届いていない縁なき衆生は世にわんさかあふれているわけです。

開戦前夜もかくやと思わせるほどの、不穏な雲行きなのであります。

などと昨日今日私が騒ぎだしたよりもずっとずっと前から、この事実を日常的に突きつけられている荒川さんの内心の苦痛はいかばかりだったでしょうか。

今回あらためて検討して、番組を見た当時の私が感じ取った以上に、荒川静香さんが深く傷ついていたことに気づかされました。

それを語るには、イナ・バウアーのことに触れる必要があります。

イナ・バウアーのこと

ここでイナバウアーの開祖、イナ・バウアーのことをいくつか書きます。

元祖「イナバウアー」を探して

先ほど、イナバウアーは西ドイツのイナ・バウアー選手が開発した技だと述べました。

となると見たいのは、イナ・バウアーによる元祖「イナバウアー」です。

探しました。探しました。ネット中探しました。

イナ・バウアーのイナバウアー、見つかりました。(←なに田紳助?)

イナバウアー by イナ・バウアー

DVDからキャプチャした画像を載せている方がいらっしゃいました。転載します。

辛うじて下の画像をゲット。軽めでほんの瞬時なのは荒川静香嬢のように話題になっていなかったからだろうが、正真正銘の本物ですぞ。

20160127_hakuginni03

映画評「白銀に躍る」|プロフェッサー・オカピーの部屋[別館](2008/01/01付)より

1961年の西ドイツ映画だそうです。「出品者から」ですが、AmazonにDVDもありました。

「イナ・バウアー推し」全開のジャケットから、イナバウアーブームに全力で乗っかってきたことがうかがえてほほえましくもあります。

悪質すぎる!ジャケットデザイン

しかしこちらの「レンタル落ち」バージョンのデザインはいただけません。

五輪のメダルを想起させる金色のシルエットが明らかにイナ・バウアーのものでないうえ、むやみにレイバックのポーズを強調しています。

しかも、あろうことかシルエットのスケート靴とエッジがテキストに隠れてしまっているがために、足元が「イナバウアー」かどうかが判然としません。

悪質きわまりないです。アカン!

切なすぎるイナ・バウアーの最期

一大ブームを巻き起こしたイナバウアーの開祖イナ・バウアーですが、Wikipedia「イナ・バウアー」を見ると

2014年12月13日に死去。73歳[1]

とあって、既に他界していました。

切ないのは、当方でWebを探した限り、イナ・バウアーの訃報を伝えた日本のメディアが皆無だったことです。脚注のリンク先もドイツ語記事でした:INA SZENES-BAUER VERSTORBEN|www.ev-krefeld.de(2014/12/14付)

「イナバウアー」であれだけ大騒ぎして、あまつさえ流行語大賞まで与えてはしゃいでいたのに、冷淡なもんです。まさに、諸行無常とはこのことです。

むろん私も、その例外ではありません。

訃報を伝えた日本語メディアは皆無

正確に書くと、皆無だったのは日本の日本語メディアにおいてです。

当方で探した限り、国内メディアではジャパンタイムズの英文記事だけがイナ・バウアーの死去を伝えていました。こちらです。

A significant figure in the world of skating passed away earlier this month with nary a mention in the mainstream media.

【大意】先日、スケート界のある偉大な人物が逝去したが、主要メディアは完全スルーだった。

出典:Ina Bauer gone, but move lives on(2014/12/23付)

と、その書き出しで、いみじくもその事実に触れていました。

そして、謎のノーリプライ

そして読み進めていくと、最後にまた、さらにわが目を疑うほど強烈なことが書いてありました。

Ice Time reached out to Arakawa, via her agent Tak Ihara, for a comment on Bauer’s passing, but did not receive a reply.

なんじゃそりゃ、おいおいマジかと2度見、いや3度見はしましたね。

【拙訳】Ice Timeは荒川静香さんの代理人であるTak Ihara氏[井原健彦さん?]を通じ、荒川さんに対してバウアーの死去についてコメント取材を申し込んだが、回答はなかった。

という話ですよ。マジかいな。

あるいはTak Iharaなる人物が情報を遮断して荒川さん本人にまで届いていなかったのでしょうか? ことの真相をめぐって想像はふくらみます。

いずれにせよ、事実関係が記事で伝えているとおりであるなら、これもまた、イナバウアーに対して悲喜こもごも至る荒川さんの複雑な内心がのぞけるエピソードに思えます。

3.考察:縁なき衆生への接し方

「イナバウアー」をうっかり誤解してしまうことからも明らかですが、げに衆生というものは、うかつでいいかげんでどうしようもないものです。

なぜなら、人の認知能力には限界があり、かつ、押しなべて評価すると、その能力は低いためです。

より厳密を期して述べると、人それぞれ部分的に低くないところもありますが、そのエリアは著しく限定されており、かつその「高低差」は極めていびつです。

そしてその「部分的に低くないところ」の認知能力はたいてい、社会の側で最終的には無駄な役立たずになるように設計され仕組まれています。

そこに考えが至ったとき、ひしひしと人の世の無常を感じました。

「イナバウアー」だけじゃない!枚挙にいとまがない類例

「イナバウアー」の例と同様に、「それ」と誤解されていて、実際は「そこじゃないのに」というものはいくつもあります。

自身が知るなかで一致度がいちばん高い例を挙げるならば、ヘアスタイルの「リーゼント」でしょうか。

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twitpic.com/bt6sg9より

実は昨日知ったばかりです。

ことの真偽について精査はまだですが、あちこち見て回った感触では大筋でこのとおりの話のようです。もっと資料に当たって調査を進めたい(でも自腹切るほどでもない)ので、知りたい人誰かお金出してください。

一致度は下がりますが、ほかにも、

  • キラキラネームもはなはだしい、「七夕」
  • はたまた、「東海林」「飛鳥」の読み方
  • 意味の「本来」が死語化した結果、食器的な何かをイメージしがちな「どんぶり勘定」

どれも大づかみには、「それじゃない」何かを「それ」と認識/周知させていったなれの果てと呼べるケースです。

いずれも過去記事に詳しく書いております。

ほかにも私の認知の及ぶ範囲の外に似たような例がごろごろ転がっているに違いないでしょうし、またこれからも、枚挙にいとまがないほどあまたの類例が生まれてくるでしょう。

ひと言で言えば、それらのどれもが、うかつでいいかげんでどうしようもない認知能力を持った衆生どもの落とし子です。問題を生む構造は不変です。

あしざまに書いておりますが、そうした度し難い衆生のうかつさは大事にすべきものと考えます。私の基本的人間観についてはこちらに書きましたので必要に応じてご参照ください。

「うかつ」で「いいかげん」な「ニヤニヤ人間観」宣言(2016/01/27)

おわりに

おのが人間観に照らせば、ニヤニヤと見守りつつ、一方で努めて指摘し続けることが、世に「それ」と思われているそれが実は「それじゃない」ことを不幸にも知ってしまった、同時代に生きる者の務めであるのだろう。そう考えるに至りました。縁なき衆生への施しは善行でありますゆえ、にもかかわらず何ら施しを行わないことは差し引き勘定で悪行となるからです。

歴史に照らせば悲観しすぎる必要はありませんが、人の世は少しのことで簡単に悪い方へ転がっていく危険をはらんでいるという点で、実に脆弱なものです。善を善と意識することすらなく、日々淡々と善行を積み重ねていきたいものです。

それが、死去の報すらろくに伝えられなかったイナバウアーの開祖イナ・バウアーと、イナバウアーに決して救われているとは言えない荒川静香さんの魂の、せめてもの供養となぐさめにもなると信じる今日このごろです。

何の話かわからなくなったところで終わります。ご静聴ありがとうございました。

コメント

  1. RQ より:

    はじめまして。

    琴奨菊の例のアレに釈然としないものを感じてモヤモヤが取れなかったのですが、今日この報道記事を目にして
    「おいおい、琴か菊かってそっちじゃねーよ!」
    とツッコミ入れたくなったものの、私一人が異論を唱えたところでどうにかなるものでもないしなー、
    とますますモヤモヤしておりました。

    琴バウアー? 菊バウアー? 琴奨菊決断!「アンケートで多い方でいきましょう」 : スポーツ報知
    http://www.hochi.co.jp/sports/sumo/20160211-OHT1T50126.html

    優勝は立派ではありますが、ちょっと調子ぶっこいてますね、ヤツは。
    そもそもルーティンなんて言葉に置き換えると一見良さ気に思えますが、大関の地位でやるパフォーマンスではないかと個人的には思うわけであります。
    水戸泉の塩撒きも高見盛の胸叩きも平幕だからこそ喜ばれる。許される。

    「イナバウワーは反る技じゃないんだっつーの!」
    と言い続けて10年以上。
    フィギュアスケートでは繋ぎに入れている選手は昔から多いので特別珍しい技ではありません。
    荒川さんご本人もずっともどかしいと思っているでしょうけど、彼女のレイバックイナバウワーは際立って美しく、金メダルと彼女自身を象徴するものでもあるので、世間の壮大なる誤解はある意味自身の演技が見る人々に強烈な印象を植えつけたという勲章でもあるのかなと。

    いや、それでもやっぱり納得できないけど。
    そしてダメ押しのように琴奨菊が間違っているのに間違ってると思わずに誤解の上塗りを堂々とやっちゃった。嘆かわしい。

    5、6年前になりますが、
    「イナバウワーとかけて七夕と解きます、その心は・・・
    どちらもそらないと(反らないと・空ないと)話になりません、ねづっちです!」
    とねづっちがしたり顔でやってました。
    最近見ないなぁ。まぁどうでもいいんですけど。

    人様のところで自分のところのようにダラダラと書いてしまいました。初めて来たところなのにすみませんです。
    先程自分のところのFBで
    琴奨菊の戯言記事にぼやく
    →荒川さんのポン・デ・バウワーなら本人なので許す
    →本家イナ・バウワーさんwikiで今頃になってお亡くなりになってた事実を知り衝撃を受ける
    →検索で訃報記事探す
    →ここにたどり着く

    というわけで私とほぼ同意見の事が書かれてあって心強い限りでございます。
    でもここまで書いても悲しいかなきっと世間には浸透せず埋もれるだけなのかな。
    荒川さんご本人の力でも難しいんですから。

    長々と失礼いたしました。
    大変すっきりとして見やすいサイトですね。見習いたいです。