これまでのあらすじ
三省堂の辞書を引く人が選ぶ「シン・今年の新語」は、おれが本物の「今年の新語」を教えてあげますよ。との山岡士郎ばりの煽りを起点として、2023年に始まりました。
「シン・今年の新語2024」は、栄えある第2回となります。
トップ10から選外まで、一気に発表します。
発表:三省堂の辞書を引く人が選ぶ「シン・今年の新語2024」
全体に、感情表現に直結する語、感情の近くにある語が多めだなーとの印象を持ちました。
「シン・選考委員」紹介
「シン・今年の新語2024」選考にあたり、2023に続き「今年の新語」に高い見識を持つ次の方々の協力を賜りました。※順不同・敬称略
- ながさわ(@kaichosanEX)
- 西練馬(@nishinerima)
- アンゼ(@anze4fgo)
例年惜しみなくご助力いただいていることに、あらためて謝意を表します。
当記事の筆者ヤシロを加えた4人が「シン・今年の新語2024」の「シン・選考委員」です。
「シン・今年の新語」選考規程ダイジェスト
「シン・今年の新語」にノミネート可能な「新語」とは、基準日時点で次の三省堂の各辞書の「最新の版に載っていないもの」としています。
- 『三省堂現代新国語辞典』(以下「三現国」)
- 『三省堂国語辞典』(以下「三国」)
- 『新明解国語辞典』(以下「新明国」)
- 『大辞林』
今年の基準日は2024年9月1日です。
選考プロセスの紹介
選考プロセスを簡単に紹介します。前後半に分かれます。
- 前半では、2回に分けてノミネートを行い、候補となる語のショートリストを作成します
- 後半では、合計2回の投票によって、ショートリストからの絞り込みと、順位確定を行います
レギュレーションとプロセスの詳細は、選考データとあわせてリポジトリにまとめています。興味があればこちらをご覧ください。
「シン・今年の新語2024」トップ10選評
あらためて、「シン・今年の新語2024」トップ10です。カッコ内の数字は投票スコアです。
見てのとおり、上位3語、そして6位7位がそれぞれ同スコアで並んでいます。同スコアの語には順位決定に使用したデータも添えました。
- すんと(33・カットオフ18)
- インプ(レ)(33・カットオフ16・カットオフ後分散1)
- メロい(33・カットオフ16・カットオフ後分散0)
- 界隈(29)
- トクリュウ(19)
- 生える(14・カットオフ7・カットオフ後分散0.25・総投票分散3.25)
- イマーシブ(14・カットオフ7・カットオフ後分散0.25・総投票分散1.25)
- 横転(12)
- 顔ない(10)
- ○○キャン(9)
もしも今月(2024年12月)またシン・選考委員のあいだで投票したら、順位はそこそこ入れ替わりそうです。
他方で、ちょうどマラソンや駅伝のレース中のように
- 大賞~4位が先頭グループ
- 5位~7位が第2グループ
- 8位~10位が第3グループ
といった集団に分かれている印象も受けます。再投票しても、グループをまたいでの順位変動はないような気もします。
投票スコアについて
簡単に説明します。
- シン・選考委員4名による投票結果です。設計上の最高スコアは40、最低は0です
- 最高スコアは「全員が1位投票した」、最低スコアは「誰も投票しなかった」ケースに当たります
- 同スコアのときは、最高最低をカットした残りで比較します。大賞はそのカットオフ値で順位を付けました
- 2位と3位はカットオフ値も同じだったので、その分散(ばらつき)で順位を付けました
- 6位と7位はその分散も同じだったので、総投票の分散で順位を付けました
- この段階でもなおスコアに差がないときは「評価の割れている方が”いい”語だ」との考え方です。前段の「最高最低をカットした残りで比較」の設計思想と矛盾するようにも見えますが、「その比較でもなお同スコア」が大前提です
最大の特徴は「議論無用」
「シン・今年の新語」選考の最大の特徴は、「議論しない」です。
事実、選考期間中に各選考委員と事務局(筆者)とのあいだであった質疑応答は、要約すればこれだけでした。
- 「スンッ」はノミネートOK? → OK
- 「インプレ」は「インプ(レ)」に統合でよい? → よい
- 「界隈」があるけどいいの? → いま載ってるのとは別義と考えてるらしいので、よい
- 「スンッ」を「すんと」に一本化したい → 了解
数往復やりとりした件もありましたが、トピック単位ならこれだけ。
あとは規程に定めるプロセスに沿って進めました。
用例に関する注意事項
個別の選評に入る前に1点だけ注意事項です。
選評は、筆者が採集した具体的な用例を添えて進めるつもりです。いくつかの語には、その新語にとって「古い」用例を付けます。しかしどれも「初出」や「最古」を意味していませんのでその点はご注意ください。特定に至れるだけの調査はしていません。
能書きが長くなりました。個別の選評に移ります。
大賞:すんと
同スコアで3語が並ぶなか、わずかの差で「すんと」が大賞を獲得しました。
第1回投票で1位通過したことで、筆者は「だったらこれが大賞かな」と決選投票である第2回投票の1位にしました。ちなみに第3位までは、第2回投票での筆者の順位とくしくも一致しています。
新たな感情を表現できるようになった「すんと」
大辞林4には「すんと」が立項されており、
とりすましたさま。無関心なさま。つんと。
と解説されています。しかし近年、とりすましてもおらず無関心でもない「すんと」が台頭してきました。
筆者なりの理解を示すと、「人間失格」が言うところの「一から十まで造り物の感じ」を表すさまです。臆面もなく太宰治の成果にただ乗りしてみました。
マンガのすん
そんな「すんと」がまず育ったのはマンガの世界と筆者は見ています。
2019年の段階で「最近漫画でよく見かけるようになった」との指摘がありました。(すん…|はてな匿名ダイアリー(2019/02/16付))
2021年の例です。
出典:「コミュ症だけで意見出しをするとこうなる」@yukkurishitette(2021/07/21付)
音のないさまを「シーン」と表現する先例を想起させます。
ちょうど呼応するように、Yahoo!知恵袋には「スンってなんですか?」と質問する投稿が2021年以降くりかえし現れています。
あのドラマもフィーチャー
2024年の今年、連続テレビ小説「虎に翼」(NHK総合)が「スンッ」をフィーチャーしたことで、認知を大きく広げた感があります。
視聴しますと、マンガの影響を多分に受けたスタイルに感じました。「ざわ‥」みたいな。
けれどもカイジ色が強すぎる「ざわ‥」と違い、「スン」「スンッ」には特定の作品を想起させるほどの色もありません。もっとも、スンとの接点が「虎に翼」だった人にとって、それが「親鳥」となる感もあります。
ともあれ
- 表情を消すことによって、いわくいいがたい複雑な感情を表現する
- そのさまを「すん」と表す
これぞ日本語!って感じで、とってもいいですね。
「虎に翼」ベースでの論評としては、次の記事がよくまとまっていました。
朝ドラ『虎に翼』の「スンッ」とはなにか?──寅子の切り札「はて?」はタテマエ・忖度・空気を切り開く(松谷創一郎)|Yahoo!ニュース(2024/06/07付)
「スンッ」を推したアンゼシン・選考委員の「推薦の辞」には「無関心から冷ややかな拒絶まで、自身のとり繕いから相手への冷たい攻撃性まで、広いニュアンスを1語で表している」とありました。けだし言えてます。
「すんと」魂のリレー
そして折しも「シン・今年の新語」選考期間中にTwitterで次の投稿を見かけ、「これは入選確定やな」となりました。
たすきがつながった感じがしませんか?
このツイートにも相変わらず山のように誹謗が集まっていてそこは笑いごとでもないんですがいったんおいて。筆者にとって面白かったのは、罵詈讒謗を含む多数の反応のなかに、「すん」に対する言及が筆者の見た限りで皆無だったことです。あ、「すん、と」はええんや。めっちゃ受け入れられてるやん。となりました。
その事実を発見したときの筆者は、きっと卒業写真のあの人のような目をしていたはずです。
「すん」か「すんと」か、それが問題だ
「すんと」の選評のはずが、ここまで「すん」「スン」「スンッ」も一括して取り扱いました。
投票取りまとめ中に「いっそ”すん”でよくない?」との思いもよぎったのは事実です。しかし投票に入った段階で提議するのは「議論無用」の設計思想に反するため控えました。というわけでノミネートの語形どおり「すんと」が大賞です。
ここからは筆者の領分を超える話ですが、国語辞典に載せるときの見出し項目は、どうするんでしょうね。「すん」なのか「すんと」なのか。
「うんともすんとも」でコンビを組む「うん」の場合、三省堂の4つの辞書すべてで「うん」と「うんと」の両方が立項されています。
「すんと」に近いところを見ると、4つの辞書全部が「と」のない「すんなり」でした。
4音だからこうなるのかなと、同じ2音の語を探してみると、「凛(りん)」は
- 三現国7:凜と
- 三国8:凜
- 新明国8:凜と
- 大辞林4:凜、凜と の両方
と多様でした。掲載の「凜」の字形が検索した「凛」と違うので、アプリ版三現国ではヒットしなかったトラップつき。
「○○と」形の副詞を立項するとき、見出し語を「○○」にするか「○○と」にするか? はたしてどういう基準を設けるとよいのでしょうか。筆者が悩むことではないのに、悩ましい。
第2位:インプ(レ)
上下とも僅差での第2位には、インプレッション(impression)の略語が入りました。
英和辞典片手にimpressionを訳すと、まずは「印象」。impressionismなら「印象派」です。面白いところでは、文脈によって「ものまね」の意味にもなります。
ここにページビューの意味が加わっています。Merriam-Webster「impression」から引用します。
especially : an instance in which a specific element (such as an advertisement) is displayed on a web page accessed by a user
【拙訳】特に、1人のユーザーがアクセスしたWebページ上に、ある特定の要素(広告など)が表示された状態のこと
この書き方からすると英語圏の広告業界発の用法と見られます。裏は取ってませんが。
ともあれこのお作法が輸入され、本邦でもWebページやSNS投稿の表示回数をインプレッションと呼ぶようになった様子です。ちなみにYouTube動画の場合は、再生回数ではなく「サムネイルの 50% 以上が 1 秒以上画面に表示された場合」がカウント基準です(YouTube のインプレッションと総再生時間を確認する|YouTubeヘルプ)。
そんなインプレッションの用法は、2023年、Twitterの収益プログラム導入により出現したインプレゾンビにより、一段と広く知られるようになった感があります。外来語そのままの「インプレッション」でなく、「インプ」あるいは「インプレ」と略されているその事実が、普及が進んだ証左とも言えましょう。
インプ(レ)の理由
だったら「インプ」「インプレ」の2語ではないかとの声もありそうです。はい、ご指摘のとおりでございます。
それでも「インプ(レ)」形でのノミネートとしました。理由は次の3つです。
- 意味は同一と見なせること
- ツイート検索でも両者の用例数が拮抗していること
- 略し方に3音4音の流派が並立する現象それ自体が珍しいこと
順に補足しておきます。
1.「インプ」「インプレ」の両者は互いに入れ替え可能であり、意味の違いは見出しづらいです。
2.たとえば「稼ぎ」が続くケースでは「インプ稼ぎ」「インプレ稼ぎ」の両者がいい具合に拮抗していますし、「ゾンビ」なら「インプレ」が多数派ながら、無視できない分量で「インプゾンビ」派も実在します。
3.かつ、そもそも論として「インプ」「インプレ」のように音数まで異なる略し方が並存する語はけっこうレアではないでしょうか。筆者は他に思い当たりません。あったら教えてください。
今後、「インプレッション」の省略形は「インプ」「インプレ」のどちらかに収束するのでしょうか。筆者はずっとこのままの気がしています。
【12/1追記】
公開後に「メアド/メルアド」の例をご教示いただきました。ありがとうございます。他にもたくさん見つかれば別途リストにします。
第3位:メロい
メロメロな心情を表す形容詞が第3位に入りました。投票スコアにおいて上位2語との差はなく、同スコア時の決定ルールによる3位です。
筆者個人は6月あたりに「激メロ」の形で認知しました。ですから「今年」感高いです。
付け加えると、最初の10語を出す段階でシン・選考委員の全員がノミネートした語でもあります。「全員ノミネート」は「シン・今年の新語」の短い歴史の中で「メロい」が初でした。
語形だけなら、きっと音楽由来
ツイート検索により過去の用例を調べてみると、2016年ごろまでの「メロい」は「メロディー」由来でした。「メロコア」と称される、メロディックハードコアのバンドや楽曲に使われるパターンにほぼ限定されています。
2017年以降、徐々に音楽以外の文脈で使われるようになっていました。こちらは困惑するツイート主のさまが読み取れる2018年の用例です。
筆者にもこのメロいはどんな意味か、ツイート単体では量りかねます。
話を2024年に戻して、「激メロ」初見の段階では筆者もメロはメロディーのことかなと思いました。懐メロ、着メロの仲間に見えたからです。
現今の「メロい」がメロコアに由来する「メロい」の存在をふまえてかどうかまでは調査が及んでいません。メロコアと無関係に成立した可能性も十分あります。擬態語に「い」を付けて形容詞にするパターンには「しょぼい」「ガバい」のような前例もありますし、さほど高いハードルでもありません。
当代の「メロい」用例を見ていると、出自や用法の近い「エモい」に飽きてきたのかなとの印象も持ちます。消長を見守っていきます。
第4位: 界隈
ユーキャン新語・流行語大賞でも2024年のノミネート語となっている語が第4位です。
4月末にバズったこちらのツイート
ここに忽然と現れた「風呂キャンセル界隈」も話題を呼び、花を添え?ました。
しかしこの種の「界隈」、筆者には「今年」感が全然ないのです。「ワンテンポツーテンポ遅いな」が率直な印象でした。「よく見た」「よく聞いた」は認めますけどね。
というのも、2015年の段階で既に次のような用例があったことを知っていたためです。とあるテレビ番組の開始を知らせるニュース記事から引用します。
一般的な知名度は低いけれど、あるエリアにおいては知名度が高い“○○カイワイで話題の人”、つまりブレークしそうな人を発掘するバラエティー。
出典:指原莉乃、フジで冠新番組 ブレークしそうな人を発掘|ORICON NEWS(2015/10/14付)
この番組名が「指原カイワイズ」(フジテレビ, 2015-2016)でした。カタカナ表記となっているのもあいまって、既にかなり仕上がってます。
三省堂の国語辞典でも「界隈」を
- 三国8が「ある分野(の人たち)」
- 三現国7が「[俗に、趣味などの]分野・ジャンル」
としていて、これで十分な気もします。事実筆者は、企画運用するアカウントで「界隈」を今年の新語2024 #ではない の筆頭に例示しました。
それでもノミネート語としたのは、「界隈」を推したながさわシン・選考委員から次の「推薦の辞」があったためです。全文引用します。
近い意味がすでに載っていますが、別義と考えていますのでミスではありません。
そこまで明言されるならと候補に加えました。シン・選考委員をお願いするだけの見識に信を置いた格好です。ということで「界隈」の新しさの解説は、ながさわ委員に丸投げします。あとよろ!
筆者単独なら決して入らない語もランクインする、ここが「シン・今年の新語」のすごさなのです。
【12/2追記】ながさわ委員による解説はこちらです。
ぼくのかんがえたさいきょうの今年の新語2024|四次元ことばブログ(2024/12/02付)
三国8、三現国7の「新界隈」を超える「最新界隈」がありました。なるほど。
付録:違いのわかる「界隈」を求めて
これよりしばし、「界隈」に違いを見いだそうとする筆者の試みの記録です。いくつか手近な文献をひもといてみました。
まずは敵情視察です(敵ではない)。
従来、界隈(かいわい)という言葉は「その辺り」などの地理的な範囲を表していた。しかし近年では、俗語的な意味で「共通の人々」を指すようになっている。
出典:『現代用語の基礎知識2025』(2024)p.180
うーん、これじゃ新語要件は満たせてないですね。次です。
今年(2024年)出版された川添愛さんとふかわりょうさんの対談本の中では、「普通に」「エモい」と並べ置く形で「界隈」を
川添:(前略)それが表す状況に幅がありますよね。相手がどう捉えるかは予測しづらいけれど、広い状況で使える無難な言葉とも言えますね。
ふかわ:そう、無難! 否定されにくい表現なんです。
としていました。
出典:川添愛・ふかわりょう『日本語界隈』(2024)p.65
察しのいい方はおわかりでしょうが、手に取ったのはその書名ゆえです。
ここから半分以上無理やりに、既存の辞書がとらえきれていない「界隈」の特性をひねり出してみるならば、それは境界のあいまいさとなるでしょうか。
界隈を、似た言葉の「世界」と比べたとき、「界隈」には下位互換性もありつつ、世界よりゆるい概念に感じます。たとえば「住む世界が違う」ならとりつく島もない印象ですが、「住む界隈が違う」ならまだワンチャン、どこかにうっすらとした接点が見つけられたりられなかったりしそうです。「マツコの知らない世界」の収録後にまっすぐ帰りそうなマツコさんも、「マツコの知らない界隈」を知ると時には夜の巷を徘徊する感じがします。
同様に「業界」と比べてみると、規模感は同程度ながら、内外の境界線は「界隈」の方が一段とぼやけている印象があります。どれも勝手なイメージですけど。
せっかくなので書名の「日本語界隈」も検討してみましょう。論理的に考えるなら、日本語界隈にはすべての日本語話者が属するはずです。しかしそうではなく、編集者の方は「日本語のこういうところが気になる人たち」を意図してこのタイトルにしたのでしょう。その反面、字義どおりに「すべての日本語話者」と取ってもいいあいまいさを含んでいます。
ということで、筆者としてはあいまいなランクインでした。
12/2追記:できる「界隈」
ながさわシン・選考委員の解説により、「○○界隈してきた」形があるのを知りました。「界隈」はサ行変格活用動詞「界隈する」になっていたのですね。先例には「お茶する」や「元気してる?」などがあります。
「界隈する」でツイート検索して見つけた用例たちです。
がんばれ!応援界隈するから!*\(^o^)/*
— けんろ (@teonanactl_noco) August 8, 2016
既存の辞書もここまではフォローし切れてません。
三国8の「青春」のように、「界隈」も《名》と《自サ》で分けるとよさそうです。
第5位:トクリュウ
第1回投票で5位通過した警察用語が、そのまま第5位です。「匿名・流動型犯罪グループ」の略語ですね。こちらも全部で30あるユーキャン新語・流行語大賞2024のノミネート語の1つです。
筆者は略さない方が好きです。いかにもな官僚用語で巨大不明生物みがあって。
匿名・流動型からトクリュウへ
さかのぼると「匿名・流動型犯罪グループ」の言葉は、2023年7月あたりからメディアに登場していました。翌8月に令和5年版 警察白書が刊行されていますから、稟議段階の資料が流れたものと見ています。その第4章第1節の中に、新たに第4項「匿名・流動型犯罪グループの動向と警察の取組」が設けられていました。
略した「トクリュウ」の形では、2023年10月のこちらの記事などが早かったです。
【記者発】「トクリュウ」「単独テロ」 新たな脅威どう対処|産経ニュース(2023/10/29付)
【記者発】の文字が付いていますが、「トクリュウ」の省略形は記者発ではなく、これもまた警察組織内部で流通する用法をそのまま横流ししたケースと見ています。
その後2024年にかけてニュースの中に再三登場することで、一般にも知られる語となりました。筆者の認知も今年のはずです。
令和6年版 警察白書も見ると、「匿名・流動型犯罪グループに対する警察の取組」が巻頭特集に組まれてました。ただし白書内に「トクリュウ」表記は登場しません。公的文書には出さない、隠語的な位置づけです。
あのMCも言及
11月14日のYouTube Liveでもトクリュウが話題に上っていました。(25:45あたりから)
【みんなで考えよう】辞書の三省堂「今年の新語2024」 ~有隣堂しか知らない世界300~(2024/11/14付)
「ゆうせか」MCのブッコローさんいわく、
ドラマのタイトルみたいでかっこいいですね
水谷豊と及川ミッチーとか出てきそうですもんねトクリュウ
と。ブッコローさんのトクリュウは、右京さん&神戸くんのイメージなんですね。
トクリュウ劇場版Ⅱみたいな?
それはそれとして、「かっこいい」というのは、きわめて健全な感覚ですね。
トクリュウ推奨論
トクリュウ、筆者は複雑に入り組んだ現代社会の一面を的確に切り取ったとてもいい言葉だと思うのです。かっこいいし。犯罪集団に独占させておくのはもったいないです。
どんどん使えばいいんですよね。というのも、先述の『令和5年版 警察白書』「匿名・流動型犯罪グループの動向と警察の取組」が述べるトクリュウの特徴から、犯罪要素を取り除くとこうなりますので。
これらの集団は、SNSを通じるなどした緩やかな結び付きで離合集散を繰り返すなど、そのつながりが流動的であり、また、匿名性の高い通信手段等を活用しながら役割を細分化したり、(略)その活動実態を匿名化・秘匿化する状況がみられる。
それってウチらのことやん。
「シン・今年の新語」は、そんなトクリュウ(匿名・流動型選考グループ)がお届けしています。
付録:ジョージ・オーウェルの指摘
少し余談。「1984年」の付録でジョージ・オーウェルが省略語に関して面白い指摘をしています。ネットにある日本語訳「ニュースピークの諸原理」から引用します。※下線は引用者
二十世紀初頭の数十年においても単語やフレーズの短縮は政治用語の特徴の一つだった。そしてこういった省略語を使用する傾向は特に全体主義国家や全体主義的組織に多く見られたのだ。
省略語を多用する警察もまた、全体主義的組織なのかもしれません。
コミュニスト・インターナショナル(COMMUNIST INTERNATIONAL)がそれを考える時には一瞬であれ何がしか思いを馳せなければならない語であるのに対してコミンテルン(COMINTERN)という単語はほとんど何の意識もせずに発音できる。
なぜならとりわけ政治用語に求められるものはすばやく発音でき、話す者の頭に最小限のものしか想起させず、間違えようのない意味を持つ短縮語なのだ。
要は頭を使わせないための手口だってハナシですね。
「その指摘は当たらない」とか、ニュースピークとダブルシンク全開の官僚答弁が今から楽しみです(ではない)。
第6位:生える
「シン・今年の新語」史上最高レベルの大接戦となった順位争いの末、「毛が生える」や「カビが生える」とは違う「生える」が第6位に入りました。
ノミネートした西練馬シン・選考委員の辞をまるパクリしますと、「(知らぬ間に)その辺りにある」生えるです。
けれども筆者には「今年」感ゼロでした。知る範囲では、自転車や自作PCの世界でしばしば見る表現で、遅くとも2000年代後半には経験していたと記憶しています。
こちらは2010年の用例です。
一般化すると、パーツを選び組み合わせてこしらえる、そういう道具を使う趣味の世界から「生える」が生じたものと思料します。
一部には久しくおなじみだったとはいえ、既存の辞書に載ってませんので新語要件は満たしています。ここへ来て取りざたされるほどまでに普及が進んだものと解釈して、第2回投票で筆者は7位にしました。
絶えずチューンナップを重ねて性能向上できる設計がすごい!
楽屋裏を少し明かしますと、今年から第2回投票へ進む対象を「上位10語」から「10位通過スコアの80%以上」に拡大しました。「生える」はぎりぎりの11位タイ通過でしたので、昨年までの規定では残らなかったことになります。
レギュレーションのチューニングが機能している表れですので、うれしくもあります。
第7位:イマーシブ(immersive)
「没入型の」と訳せる英語由来の形容詞が、ごくわずかの差で第7位です。
2023年より国内巡回が始まった「ディズニー・アニメーション・イマーシブ・エクスペリエンス」や、2024年3月1日に開業したテーマパーク「イマーシブフォート・東京」などの事例があり、「今年」感はあります。
身近なところですと、Microsoft Edgeブラウザに「イマーシブ リーダー」が付いてます。
Windowsだと対応するページでF9キーを押すと開始します。この選評記事にも使えますよ。
とはいえ英単語「immersive」自体は20世紀からある言葉です。Merriam-Webster「immersive」はFirst Known Useを1929としていますし、筆者の手元にある20年ものの電子辞書に入ったリーダーズ英和辞典(第2版)にも、そのままの意味で掲載されていました。
ひとつのジャンルができあがりつつあることで、四半世紀ばかりの年月を経て国語の世界へやってきた、そんな感じです。
第8位:横転
8位以下には、もっぱらネット空間で使われる言葉が並びました。「横転」もその1つです。実際に転がっているわけではなく、瞬間の心象を表現したものと理解しています。
ニコニコ大百科「横転」におおまかな来歴があり、「Twitter上では2019年5月ごろから投稿数が増加傾向にある」としていました。
2017年末の用例です。
現在は藤井隆さんに受け継がれた、桂文枝さんの転び芸のイメージがあったんでしょうか。
横転、筆者も認知してはいましたが、使用場面がネット空間に限られてる感があり、筆者のノミネート基準に届きませんでした。どこかのPR会社みたいな言い方をすると、ここらは新語としてまだ育成のフェーズにあります。誰かのまいた種が育っている段階であり、収穫は時期尚早との評価でした。9位10位も同様です。
しかしながら結果はトップ10入りとなりました。これが投票に表れたシン・選考委員の総意です。受け入れなければなりません。
第9位:顔ない
第8位とセットで言及されがちな語が9位に並びました。「横転」同様、ニコニコ大百科「顔ない」にはネットスラングとあります。
「独自研究」のしるし付きの解説でしたが、記載されていた来歴は筆者が用例をさらってみた感触とだいたい一致しています。そのなかで、2019年あたりより「顔ないなった」が先にあったのを知りました。2024年末の現在も、1日あたり20件ばかりのツイート用例が観測できます。
既存の類似表現である「合わせる顔がない」「面目ない」と比較すると、「顔ない」のフォーカスは終始話者自身にあたっており、他者の存在が希薄なところに特徴があります。
第10位:○○キャン
キャンセルの略です。西練馬シン・選考委員が強く推していましたが、他のシン・選考委員からの票は得られず第10位となりました。筆者にはまだまだネットに閉じた用語に思えて外しました。
2016年の用例です。
労は労働または勤労の労と見られます。
○○には単なる「予定」を超えて、社会通念上、日常生活に当然に組み込まれると見なされるもろもろが入る傾向がありそうです。「風呂キャンセル界隈」の存在が知られることとなった2024年4月末以降、「風呂キャン」も仲間入りしています。
キャンプ、キャンペーンといった競合が居並ぶ略語の「キャン」業界で、キャンセルは長らく「ドタキャン」「ノイキャン」の二枚看板でやってきました。ここに新たな○○キャンが加われるのか、動静を見守ってまいります。
筆者は社保キャンしたいです。
選外の2語
- タイミーさん
- マルハラ
の2つが選外です。7語からの選出でした。
タイミーさん
2018年8月にサービスを開始した日雇いアルバイトのマッチングアプリ「タイミー」を経由して職場にやってきた人の呼称です。
働く現場から生まれた現場発の言葉であることが、ポイント高いですね。「必要は発明の母」とは、よく言ったものです。
タイミーの2024年9月9日付のプレスリリースでは、「サービス開始から今までに登録したワーカー数の累計が900万人を達成した」としています。もっとも、この言い回しだと複数回登録した同一人物を重複カウントしてるはずで、実人数にするとどれぐらいなのかなとの疑念もありますが。仮に実数が10分の1であってもなかなかの規模の集団です。
辞書に載るかといえばなし寄りのなし、でしょうかね。他のマッチングサービス利用者も一律で「タイミーさん」と呼ぶことが定着するのならば話は別ですが、名称として個性がありすぎる印象なのでそれも望みは薄そう。
意外に好まれていた「タイミーさん」
ところで、タイミーのプレスリリースをつらつらと見てましたら、ちょっと面白い調査結果を公表していました。
このような呼称を「快くない・心地よくない」と思う人の割合は最小となりました。
出典:「スポットワーカーに対しての呼称」にまつわる調査を実施|ニュース(2024/10/25付)
不快に思う人の方が少数派なんですね。意外でした。
いちばん面白かったのはこの部分です。
印象としては、「匿名性があり、安心感がある」(27.2%)と回答した人の割合が最も高くなり、「疎外感がある・距離を感じる」(18.8%)が次点となりました。
タイミーさんもまた、トクリュウ(匿名・流動型労働者グループ)を形成する一大勢力でした。
マルハラ
マルハラスメントの略語です。マルは句点の「。」です。筆者初見時の当て推量「マルウェアとかマルトリートメントのmal?」は外れてました。
2月にあちこちのメディアが数珠つなぎに取り上げて、あげく
このツイートがやたら称賛を集め、それがまたコタツ記事のループに組み込まれと、わけのわからない流れを目撃しました。軽めの集団ヒステリーにも思え、すん、とします。
冗談はともかく、「○○ハラ」形の語は年数語のペースで現れ消えする印象があります。「ハラ」の造語力に負ってる面が大きいので筆者の評価も辛めです。土砂降りでも構わず飛んでく、その力がほしかったですね。
ジャッジペーパー
ジャッジペーパーを公開します。時系列順です。
ノミネート
「シン・選考委員の全40語」は、連絡用ページに掲載しています。
第1回投票
第2回投票
今回より2度目の投票対象を10語より多くしたことで、「インティマシーコーディネーター」と「魔改造」の2つの「リアル選外」が生まれました。これらの評はまた別の記事で。
シン・選考委員の「ソロ活動」紹介
シン・選考委員各自による、シン・旧「今年の新語2024」に関する記事へのリンク集です。あわせてお楽しみください。
■適宜こちらに足していきます■
【再掲】ぼくのかんがえたさいきょうの今年の新語2024|四次元ことばブログ(2024/12/02付)
当たりまえですが、ソロ活動の規定は「ご自由に」です。
以上、「シン・今年の新語2024」選考結果発表でした。お付き合いいただきありがとうございました。
来年の選考にはTelegramかSignalを使います。ウソです。
ごきげんよう
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