人の不安を煽る「脅迫ビジネス」が嫌い

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ものすごく大ざっぱにまとめると、こういう話なんですけど。

世の中には、人の不安を煽ることをやり口にした商売があります。
私はそれを「脅迫ビジネス」と呼んでいます。嫌いです。
やり口の卑しさが嫌いです。

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※写真と本文は関係ありません。

脅迫ビジネスの例

脅迫ビジネスに成り下がった例には、眼鏡スタイリスト・藤裕美さんの著書タイトルがあります。

1冊目は『めがねを買いに』(2011)でした。

ハピネスの詰まった好著でした。

ところが、2冊目(2016)になると

というありさまで、手に取る気さえ失せました。

藤さん本人が変わったわけではなく、取り巻く人が変わるとこうなっちゃうんでしょうね。悲しいことです。

煽りをすすめる本も

人の不安を煽る脅迫ビジネスの手口は、私からすればかなりの度合いで容認されているように感じられます。

あるKindle本では、「読み手に多少ドキッとさせる要素がないと読まれない」としたうえで、ドキッとさせる手段のひとつに「読み手の不安を若干煽る表現」が勧められていました。

「読み手の不安を若干煽る表現」とは「私の年収、少なすぎ?」や「リバウンドを繰り返す方に」といった、読み手が抱えがちな不安を「少し」刺激するというもの。

「少し」というのがミソで(略)
あくまで「少し煽る」程度にとどめておくのがいいでしょう。

出典:下良果林『どう書いたらいいの?!がなくなるWeb文章の書き方』(2017)

少しなら不安を煽るのもOKという論調です。下品ですね。性犯罪や窃盗も《「少し」というのがミソ》とくくられそうです。

脅迫ビジネスはドーピングにも似ています。短期的には有効かもしれません。しかし長期的には有害です。

「なぜいけないのか?」の反問には無力

それでも残念ながら、「脅迫ビジネス」に対しては、卑しく下品という品性の面からしか嫌えていません。だから「なぜやっちゃいけないのか?」と問われると、ものすごく弱いです。

私にとって、人の弱みをいたずらに刺激する脅迫ビジネスのやり方は下品であり、下品なことはしたくないという程度のゆるゆるの論理しか持てていません。

ここらが共有できなければ、話は終わってしまいます。

ですからこれらのツイートのように

ずいぶんとお気軽なトーンで脅迫ビジネスを持ちかけられると違和感ありまくりなんですが、対抗できるだけの言説を持てずにいます。

誰が何といおうと、私は脅迫ビジネスが嫌いだ。

と、子供が嫌いな伊武雅刀さんみたいに(古すぎ)なってしまいましたが、そんなところです。

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