島倉千代子の人生最後のエッセイが、とにかく「鉄分」高めだった話―人生いろいろ(1)

こんにちは。

人生いろいろ」(じんせいいろいろ)は、1987年(昭和62年)4月21日に島倉千代子が発表したシングルである。

と始まる、Wikipediaの「人生いろいろ」には書かれていないところをいろいろと追いかけていく、誰と戦っているんだシリーズを始めます。

名付けて、《人生いろいろ》いろいろ

ねえおかしいでしょ若いころ
ねえ滑稽でしょ若いころ

人生いろいろ
島倉千代子
¥250

この記事に書くこと

シリーズ1回目の用件は、記事タイトルのとおりです。

要約すると、

  • 島倉千代子(1938-2013)が生前最後に綴ったエッセイが、その内容といい掲載誌といい、とにかく鉄道要素の「鉄分」高め

でした。こんな「絶筆」だったとは驚きました。

演歌ファンなのか鉄オタなのかどこなのか、どちら方面へ向けて書けばいいかまるで定まっていないですが、見切り発車で進めます。

出発進行!

《人生いろいろ》いろいろ:(1)島倉千代子・最後のエッセイ

  1. Wikipedia「人生いろいろ」に書いてあること
  2. 書いていないこと

の順に進めます。

Wikipedia「人生いろいろ」に書いてあること(抜粋)

※下線は引用者

島倉は本曲を「第2のデビュー曲」と思っていると語った。

ふむ。

2008年から、島倉が東京都品川区出身であることにちなみ、京浜急行電鉄青物横丁駅の電車接近チャイムに採用された。

そうだったんですね。はじめて知ったかも。

というわけで、この「青物横丁の駅メロ」を追いかけてみました。

Wikipediaではわからない、《人生いろいろ》

ここから先は、Wikipedia「人生いろいろ」に全然載っていないことです。

探すとこんな記事がありました。紙媒体の週刊朝日 2014年 2月21号に掲載した記事をWebにも載せてあるようです。

2013年11月8日に75年の生涯を閉じた島倉千代子さん。その“絶筆”となったエッセーは、故郷である東京都品川区にある京浜急行・青物横丁駅にまつわる思い出を、死の2カ月前の病床で綴ったものだった。

ほう。なんと。

13年9月、青物横丁駅にまつわるエッセーの依頼を受けたとき、島倉さんはすでに病床にあった。実はペンを執ることもできない病状だったが、「うれしい!」と二つ返事で引き受けたという。島倉さんの思いを、口述筆記の形でマネジャーが書き留めた。

なるほど。

400字余りの島倉さんのこのエッセーは、こう締めくくられている。

<私はとても幸せ者ですね!>

島倉さんの最後のエッセーは、2月13日発売の週刊朝日百科「私鉄全駅・全車両基地10号 京浜急行電鉄(1)」(朝日新聞出版)に掲載される。

おお、それは読んでおきたい。

ということで、古書を取り寄せました。

表紙のたたずまいも「鉄分」高めです。そそられる。

わたしの駅物語 第10回……島倉千代子「青物横丁駅」

で、こちらがその掲載ページです。

IMG_20150716

(同誌 p.34)

1ページの半分に収まるエッセイ本文を、Word文書ファイルにすべて「写経」した結果、「文字数:381」となりました。振りがなやら見出しやらも込みで「400字余り」ということでしょうか。

それはそれとして、

青物横丁駅は子供の頃の懐かしい思い出の場所です。

と始まる本文から、「鉄分」高めなくだりを抜粋しておきます。

ホームに流れる「人生いろいろ」 (抜粋)

実は、私も喜んで聴きに行きました。
ホームに「人生いろいろ」が流れると、電車の到着を知らせるアナウンスが入ります。そして真っ赤な電車が走ってくる。メロディーを聴いてホームへ急ぐ人を見て、この歌が皆さんの中に溶け込んでいるのを感じました。

締めくくりは先述のWeb記事にあったとおりです。

私はとても幸せ者ですね!


※島倉千代子さんは2013年11月18日に逝去されました。原稿は2013年9月14日に書かれたものです。

青物横丁駅の《人生いろいろ》を聴く~島倉千代子さんをしのんで

YouTubeを探してみると、電車の到着風景を到着メロディーとともにアップしている方がいらっしゃいました。複数あったうち、聴きやすかったものをリンクしておきます。

それでは、島倉さんをしのんでお聴きください。

《人生いろいろ》

まずは2番線上りホームから。

ご当地駅メロディー 京急青物横丁駅(上り)「人生いろいろ」|ご当地メロディー資料館(2013/08/04付)

続いて1番線下りホーム。

ご当地駅メロディー 京急青物横丁駅(下り)「人生いろいろ」|ご当地メロディー資料館(2013/08/04付)

かたじけないことです。(合掌)

【出典情報】編曲はもちろんこの人

たとえ既存曲のアレンジであっても、鉄道会社が駅メロを発注するならば、第一候補は「JR-SH」シリーズの塩塚博さんだろう。

そう思って確認すると、案の定でした。

(株式会社スイッチ > 会社案内 より↓)

塩塚博;代表作

■京急電鉄=「羽田国際ターミナル駅」はじめ主要駅メロディ編曲

( > 音源リスト > 京浜急行電鉄 より↓)

人生いろいろ(Aメロ) 青物横丁上りホーム2番線

人生いろいろ(サビ) 青物横丁下りホーム1番線

公式の音源がCD化されていました。

次回予告:次はもちろん「あの男」

さて、《人生いろいろ》をいろいろ語る上で避けて通れない人物といえば

  • 人生いろいろ、会社もいろいろ、社員もいろいろです。(2004)

そう。首相だった当時、この国会発言が波紋を呼んだ小泉純一郎さんです。

小泉純一郎写真集』(2001)

そしてもちろん、次回の追跡テーマは「いろいろ」発言です。

《人生いろいろ》いろいろ・第2回の「チラ見せ」

「人生いろいろ、会社もいろいろ、社員もいろいろ」発言のあった2004年を中心として、国会会議録を前後に追いかけていくと、面白い発見がありました。

なんと小泉さんの「いろいろ」発言には、「元ネタ」があったのです。

島倉千代子の《人生いろいろ》のことだろ、って?

ノーノーノー。

発言の陰に、なんと「もう一人の女」がいたのでした。

色めきだった出典マニアは、あわてて、あれやこれやとその人物の名や関連キーワードを打ち込んで確認してみましたが、ネット界にはまだどこにも、その事実を指摘する影や幻すらも見当たりませんでした。これは世紀の大発見ではないか!と、感涙にむせんでおります。

まさに、《人生いろいろ》!

幸先いい偶然?

さらに、なんと偶然にも、今回遭遇した「病床の島倉千代子が伝えた最後の喜び」記事の掲載号の表紙を見ると、

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都知事選では
終わらない
小泉純一郎
次の一手

週刊朝日 2014年 2月21号(amazon.co.jp)より

なんと「小泉純一郎」の名前があるではありませんか。まるで見えない絆でここまで引き寄せられてきたかのようです。

オレ、持ってる?(適当)

つづく

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