まるでほっこりしない「ほっこり」の話

こんにちは。

「ほっこり」を題材にしながら、全編ほっこり感一切なしという記事です。

この記事で言いたいこと

ほっこりが嫌いで、「ほっこりとは、本来○×地方の方言で△□という意味であって……」とかdisって溜飲を下げている人に残念なお知らせです。

今日出回っている「ほっこり」の意味は、遅くとも昭和11年(1936年)にはだいたい全部出そろっていました。「本来」と言われている方言はもちろん、昨今嫌われている「ほっこり」もです。

よって、「ほっこりとは本来うんぬん」とかいう言説は、事実に基づいていません。

別の嫌い方を考えましょう。

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発掘!「ほっこり」大事典

昭和11年の『大辞典』に、今ある「ほっこり」はほとんど出そろっていました。

近代デジタルライブラリーから拾ってきました。

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大辞典 第二十三巻(平凡社, 1936) コマ番号 135/328(二六九頁)

順序を整理してテキスト化しておきます。

    方言としての「ほっこり」

  • 洵(まこと)に。全く。福井県・滋賀県
  • 不十分。福井県
  • 十分。高知県
  • 退屈なさま。滋賀県
  • 疲れたるさま。京都

本来と言われがちな方言の「ほっこり」は、次のこちらのあたりでしょうか。

  • ホッコリスル 閉口する。疲れる。 福井県・滋賀県・京都府
  • ホッコリシタ 十分な。満足な。愛知県
  • ホッコリセヌ 思わしくない。はかばかしくない。石川県・岐阜県・高知県

しかし同時に、既にこういう意味も記されています。

  • 蒸した甘藷(さつまいも)をいう(浪波方言)
  • 焼芋。岡山市 ほっこりやき・壱岐島

次は、完全に今日の(嫌われている)「ほっこり」です。

  • あたたかなるさま。あたたまるさま。ほかほか。

ということで、「ほっこりとは本来」うんぬんの説はみな見当違いです。

「誤用」説の事実誤認

Googleで「ほっこり 誤用」を検索したらこのブログがトップに出てきました。(2015年6月現在)

しかし既に述べたとおり、今日流布されている「ほっこり」も誤用ではありません。

事実誤認を指摘するブログもありました。

また元のブログ記事にも、「誤用と言えないのでは?」と指摘するツイートが追加されています。

「ほっこり」をどう嫌うべきか・序

「誤用」は事実でないものの、巷にはびこる「ほっこり」を撲滅したいというところでの「共闘」について、私もやぶさかではありません。

どう嫌っていけばいいのでしょうか。それはまた後ほど。

その前に、「ほっこり」の語源を探っていきます。

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ほっこりあるある(2)古民家(+カフェ) ※イメージ

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古民家cafe ほっこり(岩手県北上市)

語源を探る:「火」に関係説

「ほっこり」とは、どうやら「火」に由来する言葉のようです。

「火(ひ)」の古い言い方は、「ほ」です。

現代にも、

  • ほてる(火照る)
  • 炎(← 火の穂=ほのほ)

のような形で残っています。

語源は「ほこる」説

「ほっこり」の語源について、こんな説がありました。

「ほっこり」の語源は、「ほかほか」や「ほくほく」と同じで、「ほこる」(火がおこるの意味)または「含(ほ)か」(内に含むの意味)にあると考えられている。

Googleブックス > 『「おいしい」感覚と言葉』(大橋正房ほか, 2010)p.148

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出典の記載もありませんし、どこまで信頼を置いていいか、というのもありつつ、少なくとも「ほっこり」の語源には「ほ」が関係しているとみて間違いなさそうな感触があります。

あの「ぼっこ」と同源らしい

「ほっこりほいのほい」ってなーに?|MANAしんぶん(最終更新:2003年5月)

では、萩谷朴『語源の快楽』(1990, 2000)などの記述を引いて、「ほっこり」も、日向ぼっこの「ぼっこ」も、動詞「ほこる」から出た同源の言葉であろうとしています。

たしかに、広辞苑の「ひなたぼっこ」を見ても

日向に出て暖まること。ひなたぼこり

となっていますから、「ほ」が「火」の古い言い方であることを鑑みれば、うなずける説ではあります。

推測される「ほっこり」の発生経路を略図にまとめます。

    (ほ)

  • → ほこる(動詞) → ほこらかす(ほこる+強調の「かす」) → ほこり(名詞)
      「ほこり」の応用で分化

    • (1)→ 日向ぼこり → 日向ぼこ → 日向ぼっこ
    • (2)→ ほっこり
    • etc.

「本来」と言うのならば、ここらの共通性あたりにまで言及してほしいものです。

「ほっこり」の原義

以上をふまえると、「ほっこり」の原義とは

  • 熱を加えて温められた状態

を指すものと考えられます。

温められる対象が特定の物体であれば「焼き芋」になりますし、温められる(た)のが身体なり精神なら、各地の方言に残る「ほっこり」です。

どの地方で使われている「ほっこり」の意味も、「温められた結果の身体感覚」を表現したものととらえれば、おおむね合点がいきます。

そして昨今巷にあふれる「ほっこり」も、上の原義に沿った使い方です。

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ほっこりあるある(3)温泉 ※イメージ

どこか懐かしくほっこりできる古民家の宿♪名物フーフー囲炉裏体験南伊豆・弓ヶ浜温泉|じゃらんnet

「ほっこり」の上手な嫌い方を考える

さて、いくらいまどきの「ほっこり」が嫌いであっても、それを「誤用」とdisるのは事実に反しています。やり方として上策とは言えません。

では、どう「ほっこり」を嫌っていくのがいいのでしょうか?

「ほっこり」を嫌う理由としてもっとも共感できたのは、こちらの記述でした。※下線は引用者

この言葉からは、1mmの緊張感も感じられないではないか。苦労も、ストレスも、疲労感も全然感じられ無い。にもかかわらず、ただのうのうと、くそ能天気に心地よさをむさぼっている。その上、苦労無く快楽をむさぼっている状況に、何の疑問も、後ろめたさも感じておらず、ただただ満足しきっているのである。

そして、自分はこういう「自らに疑問を全く持たず、満足しきっている」存在がこの世で一番嫌いなのである。「ほっこり」している奴らの満足しきった顔が、気持ち悪くてしょうがないのである。

「ほっこり」は何故、人をいらつかせるのか。|この世の背景(2014/04/26付)

「ほっこり」の出現機序とそれを嫌う論理との両方ともが、非常によくわかる記述だと思います。

弱い結論

以上をふまえて、くそ能天気な「ほっこり」に対しては

  • ほこってるねぇ~

とかぶせていけばいいかなと思いました。淡々と事実を述べていくことで、嫌悪を示すという方式です。

くそ能天気なほっこりに対して、あまりに弱い蟷螂の斧ですが、今のところこれで精一杯です。

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ほっこりあるある(4)京都

京都のゲストハウスで町家(町屋)に宿泊 > 縁側から町家の坪庭を眺めてほっこり(デラックス)|じゃらんnet

まとめ:ほっこり社会の幸福論

私は「ほっこり」が嫌いです。

と同時に「ほっこり」な人々が幸せそうにも見えます。何も考えていないからです。

「何も考えていない」と決めつけると、「ほっこり」の側からは「自分だっていろいろ考えている」と反論もありましょう。けれども、彼ら彼女らのいう「考え」とは恐ろしく浅薄で、掘り下げようにもすぐに底をついてしまうのが常であります。

だからといって、「ほっこり」する人よりも「ほっこり」に対してあれこれもやもやしてしまう人が、人として高級とも言えないでしょう。

この世は既にある程度「ほっこり社会」です。「ほっこり社会」とは、「ほっこり」に象徴される何も考えていない人が、何も考えないままほっこりできる社会です。

「ほっこり社会」は、限定的にでも幸福が実現されている社会とも言えます。

私は何も考えていない人も「ほっこり」も嫌いですが、何も考えていない人の「ほっこり」な幸福は守っておきたいです。

ですから「ほっこり」も正当に嫌っていきたいのです。

ということで、「ほっこり」への嫌悪を穏健に維持していくために、世間のあちこちで巻き起こる「ほっこり」に対しては、当分の間、

ほこってるねぇ~

とにやにやと見守り続けていく所存であります。

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ほっこりあるある(5)鍋料理 ※from commons.wikimedia.org

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食べすぎ&飲みすぎの疲れた胃に優しい 冬のほっこり鍋|日経WOMAN Online(2011/01/25-28付)

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冬の あったか ほっこり 鍋特集!|盛田

ほっこりしない結論ですが、こちらからは以上です。

コメント

  1. 朝バスか より:

    なんか可哀想な人だね。
    人生楽しめてる?
    つまらない事に対して無闇にヘイト貯めてストレス抱えて、悲しいね。