「女性の社会進出」ってなんなの?

こんにちは。

ちょいと気になるいまどきの言葉を取り上げるシリーズです。「いまどきの」は老人の常套句ですが、その路線で進めます。

この記事で取り上げる言葉は「女性の社会進出」です。

なんなの、これ?

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※写真と本文は関係ありません

この記事で言いたいこと

2つあります。といっても、趣旨は同じです。

  1. 「おっさん社会」のことを、ただ「社会」と呼ぶのはやめてほしい。
  2. 修飾語のない「社会」は、最も広い意味で使ってほしい。

女性の社会進出って…

「女性の社会進出」が叫ばれています。

比喩的に言えば、永田町方面と霞が関方面からよく聞こえてくる印象です。

そこに乗っかって、騒ぐことが稼業の人たちも騒いでいる。ざっくり述べるとそんな構図に見えます。

使用例

「女性の社会進出」の代表的な用例として、平成6年(1994年)の中小企業白書(中小企業庁)から引用します。

女性の高学歴化,女性が働くことに関する社会全体の意識の変化等に伴い,女性の社会進出が進んできた。

出典:中小企業庁「平成6年 中小企業白書」 第5部 中小企業による21世紀に向けた「創造」 > 第4章 新たな産業フロンティアの開拓 > 第5節「女性の社会進出への支援」

亜種:「社会参加」「社会参画」

その「亜種」として、「女性の社会参加」とか「社会参画」とかいう言い方もあります。用例の引用は略します。

当記事では「女性の社会進出」と一緒くたに論じます。

もぞもぞする

僕は「女性の社会進出」という言葉を目に耳にするたび、もぞもぞします。なんともすわりの悪い心地がします。

なぜなら、その用例での「社会」が意味する範囲が、僕のとらえ方と大きく違うからです。

「女性の社会進出」の正体

問題点

「女性の社会進出」という言葉には、こういう問題があります。

  • そこでいう「社会」が、「おっさん社会」にすぎないこと
  • にもかかわらず、それこそが「社会」であるかのように装われていること

以下、順を追って説明します。

確認:「社会」の最も広い辞書的意味

まず、辞書で「社会」を確認しておきます。

「社会」にはいろいろな用法がありますが、いちばん広い意味としては、次のようなものでしょう。大辞林 第三版の解説からです。

生活空間を共有したり,相互に結びついたり,影響を与えあったりしている人々のまとまり。また,その人々の相互の関係。

「kotobank > 社会とは

「○○社会」のように修飾語で限定するのではなく、無限定の単体で「社会」だけを使うなら、そこでの「人々のまとまり」や「相互の関係」とは、想定しうる最大の範囲でないといけないはずです。

単なる「社会」は、そうした文脈の上で使ってほしいです。ただ「社会」としか言っていないのに、それが指す範囲をむやみに狭める使い方は、たとえ無意識でやっていても害悪です。

「女性の社会進出」への疑問

「女性の社会進出」というときの「社会」が、上のような最も広い意味でないことは明らかです。

こう問うてみれば、すぐにわかります。

現在、「女性の社会進出/参加/参画」が果たせていないというなら、じゃあ、女性たちは今、どこにいるわけ?

そこって、「社会」じゃないの?

正確に言えば「おっさん社会」

「女性の社会進出」というときの「社会」を検討してみると、この社会のごく一部を意味するにすぎないことがわかります。

永田町や霞が関方面の方々も属するその社会のことを、主要な構成員とその発想をもって「おっさん社会」と命名しておきます。

おっさん社会では「おっさん社会=社会」

おっさん社会の住人は、自分たちが属する限定的な社会をただ「社会」と呼んでいます。

実際には、この社会には「おっさん社会」以外にも数多くの社会が実在し、最も広い意味での「社会」はそうした数多くの社会によって構成されています。しかしおっさん社会の住人にとって、自分が属する以外の社会は、そもそも眼中にというか、発想の中に存在しないようです。

その「社会」とは、「おっさん社会」では?

ですから、彼らが使う「社会」を「おっさん社会」に置きかえてみると、実にしっくりくるのです。

女性が働き続けられるおっさん社会

たとえば

育児休業した労働者の円滑な職場復帰を支援し、「女性が働き続けられる社会」を目指します。

首相官邸 > 女性が輝く日本へ

を正確に言えば、「女性が働き続けられるおっさん社会」です。

男女共同参画おっさん社会

また、内閣府の男女共同参画局がWebで公開している「男女共同参画社会」って何だろう?など、文言の「社会」を「おっさん社会」に置き換えてみただけで、意味内容のわかりやすさが格段にアップします。

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こちらが、元のテキストです。

男女共同参画社会とは、「男女が、社会の対等な構成員として、自らの意思によって社会のあらゆる分野における活動に参画する機会が確保され、もって男女が均等に政治的、経済的、社会的及び文化的利益を享受することができ、かつ、共に責任を担うべき社会」です。(男女共同参画社会基本法第2条)

文中の「社会」を「おっさん社会」に置換すると、こうなります。

男女共同参画おっさん社会とは、「男女が、おっさん社会の対等な構成員として、自らの意思によっておっさん社会のあらゆる分野における活動に参画する機会が確保され、もって男女が均等に政治的、経済的、おっさん社会的及び文化的利益を享受することができ、かつ、共に責任を担うべきおっさん社会」です。(男女共同参画おっさん社会基本法第2条)

あとは一切手を加えていないのに、あら不思議。「社会」を「おっさん社会」に置き換えただけで、実にしっくりくる文言となります。

そしてこういう理念が通用するのは、おっさん社会の中だけということも、よくわかるのであります。

女性も使う「おっさん社会」的「社会」が残念

ひとつ残念なのは、こうしたおっさん社会から疎外され、「社会=おっさん社会 である」的思想に対して批判的であるはずの当の女性までもが、同じような「社会」の使い方をしている例があることです。

目にした範囲で、2つ例を出しておきます。

こじつけると、表面的な論調とは裏腹に「おっさん社会こそが社会のすべて」的な思想を追認しているかのようにも見えます。

かえすがえす、残念です。

まとめ

「女性の社会進出」という言葉がさす実態は、ほぼ「女性のおっさん社会進出」です。そう置きかえてみると、だいたい正体が見えてくる気がします。

このように、日本語社会で流通する「社会」の用例の多くは、現今の「おっさん社会」を意味するにすぎません。おっさん社会発の「社会」は、ほとんどがこのパターンだと言っても過言でないほどです。

しかしおっさん社会だけが、社会のすべてではありません。また、少なくとも僕は、おっさん社会を社会の代表にした覚えもありません。

そうした用法に、安易に追従すべきではありません。

ご静聴ありがとうございました。

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