「ヒトラーの『握手』を拒否したアデナウアー」に誤訳の疑い

こんにちは。

入り用でドイツの政治家コンラート・アデナウアー(1876-1967)の資料にいくつか目を通しておりましたら、Wikipediaの一文に疑問を覚え始めて、少し調べてみました。

結論だけ先に述べると、ドイツ語版から移植した際、誤訳している疑いが濃厚です。

20170416_Bundesarchiv_Konrad_Adenauer

Konrad Adenauer(1952) from commons.wikimedia.org

きわめて微細な話ですが、記事化することにしました。

要約:Executive Summary

Wikipedia「コンラート・アデナウアー」に、こんな記述があります。※強調・下線は引用者

…1933年にナチスは政権を掌握。その年アデナウアーはケルンを訪問したヒトラーとの握手を拒否したため、ケルン市長とプロイセン枢密院議長の座を追われた。

このくだりを書いた人は、元のドイツ語「Handschlag」を誤訳しています。

1933年、ケルン市長時代のアデナウアーが拒否したのは、ヒトラーとの「握手」ではありません。

アデナウアーの拒否した「Handschlag」というのは、歓迎とか協力とか、そっちの意味です。たぶんね。

よくわかる?ドイツ語講座

どこのドイツだお前はとお思いの向きもありましょうが、無謀にも語ってみます。

「Handschlag」とは

ドイツ語「Handschlag」の主な意味は、「握手」ではないようです。

ドイツ語のオンライン辞書「DUDEN」では、こう説明されていました。

  1. (selten) mit der Hand ausgeführter Schlag
  2. das Sich-die-Hand-Geben
  3. in »keinen Handschlag tun«

出典:Handschlag, der|duden.de

【拙訳】

  1. (まれ)手を叩いて鳴らす音
  2. 手を貸すこと
  3. 「keinen Handschlag tun(関係するな)」の形で

ですから問題の文脈では、2.の

das Sich-die-Hand-Geben=手を貸すこと

の意味に取るのがよさそうです。

なお「Handschlag」で画像検索すると「握手」の写真や絵が出てきましたから、その意味もあるにはあるようです。ですがどことなく「主流派」の用法ではない感触がします。

ドイツ語版Wikipediaでは

ドイツ語版「Konrad Adenauer」では、対応するとみられる記述はこうなっています(2017年4月時点)。

Die NSDAP enthob Adenauer, der unter anderem einem nationalsozialistischen Führer bei dessen Besuch in Köln den Handschlag verweigerte, seines Amtes als Oberbürgermeister

先ほどの「Handschlag」に関する議論をふまえて日本語に訳してみます。こんなところでしょうか。

【拙訳】

NSDAPは、党指導者のケルン訪問時に歓迎を拒んだ市長アデナウアーを、公職から追放した。

補注

  • 「NSDAP」とは、「Nationalsozialistische Deutsche Arbeiterpartei」の略語です。日本語では「国民社会主義ドイツ労働者党」、要するに「ナチス」です。
    【9/26訂正】政党名修正しました:ソース
  • そしてそのFührer(指導者)とはもちろん、総裁アドルフ・ヒトラーのことです。

20170416_240px-NSDAP-Logo.svg

NSDAP logo from commons.wikimedia.org

「握手」なら「Hän­de­schüt­teln」のようだ

なお「握手」の意味で使うドイツ語としては、「Hän­de­schüt­teln」の方がより一般的みたいです(Wikipedia, DUDEN などを参照)。

以上、違ってたらすまん。

アデナウアー市長「そもそも会ってない」説

なぜ誤訳を強く疑っているかというと、そもそもこのとき、アデナウアーはヒトラーと会っていないからです。

複数の日本語書籍、英語、ドイツ語サイトを参照していますが、日本語版Wikipedia以外に「握手を拒否」と書いていたものが見あたりません。よって総合的な判断により「会っていない」と言い切ってみました。

見過ごされてきた間違い

日本語版Wikipedia「コンラート・アデナウアー」の変更履歴を見ると、「握手を拒否」の記述は

2007年11月6日(火)11:17

の版にはじめて登場し、以降、現時点まで存続しています。未確認ですが、途中の削除→復活とかいうのもなさそうです。

誤訳に由来するとはいえ、誤った情報が長期間にわたり掲載され続けていることになります。

記述として不誠実

というわけで、事実関係として「握手していない」のは同じですが、そもそも相手と対面すらしていないケースで「握手を拒否」と書くのは、とても質の悪い表現に思えます。不誠実です。

誤訳のコピペも誤訳

そして当該のWikipediaを元にしたのでしょう。ネット世間には

「ヒトラーとの握手を拒み追放されたアデナウアーは~」

的な記述がちらほら見られます。

事実関係が当記事での指摘どおりであるならば、これも誤りです。正しくは「ヒトラーの歓迎を拒み追放」となるはずです。

「オン・オフ」比較対照で浮上した不整合

記述に疑問を覚えた経緯を書いておきます。

アデナウアー資料が入り用になったとき、最初に読んだのは当該Wikipediaです。「まずは手っ取り早いところで」という方針です。「握手を拒否」にも「ふ~ん」ほどにしか思わず特に違和感はありませんでした。

しかし、そのあと中公新書の『アデナウアー』(板橋拓己, 2014)に目を通すと次のように書いてあって、「ん?変だな」となりました。

引用します。

一九三三年一月三〇日、ヒトラーが首相に任命される。アデナウアーとナチスの衝突はすぐに訪れた。三月の議会選挙および地方議会選挙に向け、ナチス支持者たちがケルン市庁舎に鉤十字旗を掲揚せよと求めたが、アデナウアーはこれを断固拒否し、黒・赤・金の共和国旗を押し通した。(p.47)

大事なのはこの後です。つづき。

また、この選挙戦の一環でヒトラーが二月一七日にケルンを訪問したとき、アデナウアーはヒトラーを空港まで迎えに行かず、市道に飾られたナチスの旗も撤去してしまった。(p.47)

えっ、「握手を拒否」どころか、会ってもいないってこと?

他の資料を見ても同様でした。

具体的な紹介は省きますが、私が見たなかで、アデナウアーがケルンでヒトラーと会見した(そして握手を拒んだ)と受け取れる記述はひとつもありませんでした。

余談:「歓迎拒否」の理由

当記事の本題からややそれますが、ケルン市長だった1933年のアデナウアーがナチス総裁ヒトラーの歓迎を拒否した理由が、なかなか含蓄がありました。つづくくだりを紹介します。

首相の市訪問に市長が出迎えることは恒例だったが、アデナウアーの言い分は、ヒトラーは選挙応援のために党人として来訪したのであり、首相としてではないというものだった。(p.47)

しかし、ナチスは当然これらを侮辱と受け取る。(p.47)

「選挙応援」に、首相への「侮辱」――近ごろ森友学園の周囲で聞こえたキーワードと共通しています。余談でした。

まとめ

偶然にも、日本語版Wikipedia「コンラート・アデナウアー」を見ていただけでは発見できない不審点を見つけられました。

日本語Wikipedia以外に記載のない「握手を拒否」は、

  1. シンプルに「ドイツ語版を日本語化した際の誤訳」に由来する間違い
  2. または、控えめに言っても「事実が大きく歪曲された記述」

このように結論づけました。

また、同項の変更履歴を追った結果、誤りを含んだ記述が10年近くそのまま掲載されていることも判明しました。

とはいえ感覚的に見積もってみても、正確性を担保しきれないコンテンツでありながら、「ほんとかよ」と気にしていた人はこれまで年間1人、累計でも10人いたかどうかぐらいの話でしょう。早い話が、重箱の隅の隅です。

反論お待ちしてます。

もしも、

  • いや、そうではない
  • 「握手を拒否」でよい
  • ヒトラーと会っている

などの異論・反論がありましたら、相応の根拠とともにお知らせください。歓迎します。

当記事の内容が誤りと判明すれば、適宜撤回・訂正する用意はあります。

わが「間違い」闘争

もう1点。あるいは

  • Wikipediaは誰でも編集できるのだから、間違っているなら修正して更新しておけばいいのに

といったご意見が出ることも予想されます。

本件の場合、異論があります。

このケースでは、むしろ間違いを「間違い」の形で保全しておくことの方が、社会的福祉の観点からより有意義ではなかろうかと判断するところであります。

整理しておくと、本件においては、

  • 日本語Wikipediaに掲載されている「握手を拒否」という記述
  • 「それは誤訳」という当記事の指摘

のうち、少なくともどちらか片方は間違っています。しかし本件に含まれる「間違い」の量もその影響も比較的小さく、無害と言えます。なにしろ先述のとおり、10年近く「放置」されてきた事案です。

よって本件については、間違いを正すことにより得られる便益よりも、間違いをいったん顕在化させたうえで、その「間違い」を適切に取り扱うための教材として活用する方向で進めてゆく、そのことによる効用の方が大きいものと考えます。

このような、まずは小さくて比較的無害なレベルで「間違い」を取り扱う経験が、やがては重要な公共の財産になると確信しております。

なぜならこの経験は、小さくも、あるいは無害でもないような「間違い」を扱う場合にも、きっと役立てられるはずだからです。知らんけど。

こちらからはひとまず以上です。ご静聴ありがとうございました。

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