くるり《京都の大学生》のための講義ノート

の声に応えて、誰も頼んでない講義をすることにしました。

今回マンスプレイニングするのはこちら。

京都の大学生(2008)
くるり
¥255

先日イヤホンにYouTube Musicを流して写経してたら耳に留まりました。まるで5分弱の短編映画を観たような、映像が喚起される1曲でした。

けれどもいつもの悪い癖です。自らが思い浮かべた映像に対して、ほんまにこの「画」でええんやろか?と気になってしまいました。ある種の心の病気かもしれません。自覚はあります。

大きな問題は「ナラティブの人称」でした。簡単に言うと、この歌詞の語り手は誰か?の問題です。

結論:この記事で言いたいこと

先に結論から述べます。

くるり《京都の大学生》の歌詞をすべて

  • 主人公による一人称の語り
  • 日和見する観察者による三人称の語り

の一種類にとらえる解釈は、どちらにも無理があります。

両者の視点の「ブレンド」が最適解への道です。

当記事でひとつの近似解を提示します。

準備作業:歌詞のラベリング

話を進める前に下ごしらえです。

《京都の大学生》の歌詞は、8つのブロックに分かれています。先頭から順に1から8の番号を付けます。呼び方は映画になぞらえて「シーン」にしました。

「くるり 京都の大学生」でググると出てくるものをはじめ、だいたいの歌詞サイトはほぼこの書き方になっています。

シーン1
シーン2

シーン3
シーン4
シーン5

シーン6
シーン7
シーン8

映像用語に沿った厳密な分け方でないとは思いますが、そこはテキトー。


はじめ私は、《京都の大学生》の歌詞を主人公のモノローグ、つまり一人称の語りととらえていました。

なのでドライなカラっとした歌、というのが第一印象でした。別れはたしかに悲しかったけれど、せんど泣いて人心地がついたところでパチッと切り替わった。そんな感じですね。

けれどもテキスト全部を一人称に読むと冒頭、シーン1のつじつまが合わないという問題がありました。「鉾町生まれのお嬢さん」が誰やねんとなるからです。

先行研究はそこをどう処理してるのか探すと、作詞作曲された岸田繁さんが2018年にこんなツイートをされていました。

(中略)

なるほど。日和見するその辺のオバちゃんの目線ですか。

けれどもこれもまた、全面的には採用しづらい説でもあります。

というのも、具体的な存在としての第三者を規定しようとすると、歌詞の中で主人公に起こる一連のあれこれをみんな把握してるって、私立探偵かストーカーなん?なにゆえ?となりますので。

仮にそこを措いても無理は出てきます。どの辺がそうかは後ほど具体的に触れます。

シーン別《京都の大学生》語り手一覧

というところで両方の視点をブレンドするプランを取って、あらためてナラティブの人称を検討し直しました。

それぞれ

―三人称の語り―
(一人称の語り)

で表記すると、私の結論はこうです。

くるり 京都の大学生(2008)
作詞・作曲:岸田繁

―シーン1―
―シーン2―

(シーン3)
(シーン4)
―シーン5―

(シーン6)
シーン7 ―前半―(後半)―ジュテーム―
シーン8 (前半)―後半― ~コーダ(ラララ シャンゼリゼ)

全体の構成として、曲が進むにつれて視点交替のサイクルが短くなり、最後は「かけ合い」に近いリズムとなる点が気に入ってます。完全主観ですが。

むろん別解もあるでしょうけれども、わりあいに精度の高い読みができたものと自負しています。

といった声に対しても、ロバストな設計になっております。

決してその集団の最大公約数ではなくとも、こんな”京都の大学生”がおって全然ええし、当記事で「なんとなく」でない、それなりの根拠を持って良さも示せているはずですから。

この読み直し作業によって、歌詞テキスト全体も当初よりだいぶウェットな、後ろ髪引かれてるような印象となりました。読みを変えることに連動して描き出される世界もリアルタイムで変わってゆくのが面白かったです。

「歌枕」の基本情報

講読に入る前に、歌詞に登場する主な「歌枕」について少し触れます。

このへん、将棋にたとえると9×9のマス目位置の表し方や駒の動かし方といった基本的な情報に相当します。

四条烏丸

「京都人にとっての京都の中心」の代表として採用されたスポットだと理解しています。

たとえば祇園祭の山鉾巡行は、四条烏丸の交差点からスタートします。

参考:祇園祭「行ってみよう!」|京都観光Navi

京都の住所表記ルールについては、こちらの記事がわかりやすかったです。

難解な京都の住所表記。3パターンを抑えればとても分かりやすいです!|tenant-plus.com(2016/01/08付)

北区

簡単に言えば、岸田繁さんにとって北区は「ふだん着のまち」、隣の左京区は「よそいきのまち」みたいです。2017年のインタビューにこう答えていました。

あと僕は北区出身で、周りはやんちゃな人が多かったんです。原チャがとんがってて、ジャージ着ていて。高校出て、そのまま就職する人も多かったし。

くるりの岸田 繁さん2―大学生エトセトラ編― | コトカレ
大学生時代の話に移ろうとすると、「ロクな話出来ないと思いますよ(笑)」と岸田さん。くるりの楽曲「京都の大学生」

出典:くるりの岸田 繁さん2―大学生エトセトラ編―|コトカレ(2017/09/17付)

文字どおりの「京都の大学生」によるインタビューでした。

左京区

前掲のインタビュー記事からです。

北区出身の僕は、左京区のオシャレな感じが羨ましかったですね。

出典:同上

いろいろ貴重な証言をされているインタビューです。随所で参照することにして記事後半でも引用します。

206番

京都の中心市街地を取り囲むように循環する、京都市バスの路線番号です。Googleマップで検索すると、こんな感じ。

Screenshot_20220320-104726

時計の文字盤にたとえると、12時が北大路バスターミナルで6時の位置がJR京都駅にあたります。

中心市街地の四条烏丸(グレーの鉄道路線が十字に交わっているとこ)を通っていないのがポイントです。詳しくは後ほど。

おことわり

上記はじめ、当記事での記述は2022年に調査して得た情報を元にしています。《京都の大学生》リリース当時(2008年)と状況が変わっている場合も十分あり得るのであらかじめご了承ください。

くるり《京都の大学生》講読

では本題です。歌詞8、曲2ぐらいの割合で語ります。

曲に対しては数えてわかる範囲に収めます。メロディーやコードの音程やら進行やら、そこらになると私の手に余るので。

イントロ

曲はピアノソロから始まります。さっそくカウントにつまずきました。3拍子と4拍子が混じったようなメロディーで、どう数えていいか正直よくわからん。

途中でギターとベースとドラムが加わり、4ビートでリズムを刻んでゆきます。そこを起点に数えると8小節イントロがあります。

これら楽器でのカルテットでピアノがリードとなるスタイルのコンボって、先例がパッと出てこないです。Pf, Gt, Bs, Dr という編成だけに注目すれば、ウェス・モンゴメリーのアルバム(The Incredible Jazz Guitarとか)も同じですけど、そっちはギターが主役ですし。

《京都の大学生》はヴォーカルも1パートに数えたクインテットと取るべきかも。余談でした。

シーン1

先述のとおり、全編を主人公のモノローグととらえると矛盾が出てくる部分です。冒頭の「お嬢さん」が別人になってしまいますからね。

ですから岸田さんが述べられていたように、アレコレを日和見するオバちゃんの目線と取るのがよさそうです。


視点を修正すると同時に、ん?もしかしては京都人の得意な「ハイコンテクストな悪口」やろか、と警戒してしまう私がいました。

なにせ、えらい「おしゃれ」でも「おめかし」でもなく「ちゃんとしたカッコして」、ですから。

もし私が京都の誰かにこう言われたら、これを「ちゃんとしたカッコ」ゆうことは普段のカッコを一体どない思てはんねやろ?ってなります。こわ。

けれどもストーリーの後半で回収されるわけでもなかったので、いささか警戒がすぎたようです。

シーン2

ここもオバちゃん目線にするとうまくいきました。

シーン1ほど不自然でないにしても、主人公のモノローグと解釈すると、次のような問題が出てきます。

  1. 「夢にまで見た」というわりに、描かれるフランス像がステレオタイプそのままで薄っぺらいこと
  2. 「パリジャンと待ち合わせ」とあるのだから、少なくともこの時点ではアゲ気分のはず。ところがあとのストーリー展開に落差がありすぎて、情緒不安定か?と思ってしまうこと

どちらの問題も、無責任な傍観者であるオバちゃんの視点だととらえ直すことで解決できました。

三人称の語りと解すれば、このくだりが「オバちゃんが持っている最大限のフランス情報」となるからです。オバちゃんは、歌の主人公がフランスに憧れていることだけは知っていて、あとはオバちゃん自身の想像力maxの産物ってとこですね。


ここに8小節間奏が入ります。冒頭の四条烏丸から次のシーン、すなわち左京区の喫茶店までの移動時間に相当すると考えていいように思います。場面転換のための、いわば「動」の間奏です。

シーン3

シーン3,4の語り手は主人公の「京都の大学生」と解釈しました。オバちゃんが語り手だった冒頭2シーンとの対比にもなります。

「うち」とありますので、主人公による一人称の語りと読むのが最も素直でしょうし。

また、「彼氏は」以降の区切り方によって

  • 「北区」の「役所づとめ」の(=北区在住)
  • 「北区の役所づとめ」の(=北区在勤)

両方の意味に取れますが、これも前者の方が素直でしょうね。

次、精読が必要なところです。

えらい旅行書買いこんで はりきったはった

私の結論を述べます。ここは、主人公によるハイコンテクストな彼氏への悪口です。なぜなら後のストーリー展開からひとつひとつ逆算していくと、こうした彼氏のさまが主人公にとってはズレた行動になってないといけないからです。

読解のための「補助線」として、「ヴルカヌス・イン・ヨーロッパ」を取り入れることにしました。簡単に説明すると、語学研修と現地企業のインターンがセットとなった1年間の留学プログラムです。

「京都の大学生」の体験記事もありました。参考まで。

異文化に触れ自らを相対化する ーヴルカヌス・イン・ヨーロッパプログラムによるインターンシップ | 京都大学 欧州拠点
京都大学は全学海外拠点のひとつとして、ドイツ・ハイデルベルクに欧州拠点を設置しています。欧州拠点は、本学の欧州地域における研究教育活動の支援、本学教職員・学生の国際化の推進および広報・社会連携・ネットワークの形成を推進することを目的としてお...

異文化に触れ自らを相対化する ーヴルカヌス・イン・ヨーロッパプログラムによるインターンシップ|京都大学 欧州拠点(2019/03/05付)

「都市景観とBIMの融合」とか、それっぽければテーマは何でもいいと思いますが、主人公がたとえばそういう学びを志向したフランス「ガチ勢」だと想定すれば、旅行書を買い込んで張り切る彼氏のさまが、「そんなんやおへんえ」となります。

で「ヴルカヌスに応募して1次の書類審査は通過したが、2次または3次(最終)の審査で落ちた」が、主人公に対する私の裏設定です。審査のスケジュールと季節感もわりと符合します。独善のご批判は承ります。

シーン4

前のシーンから引き続き、主人公の一人称と解しました。「左京区」、「大学」は主人公の通っている左京区の大学と読むのが素直で自然でしょうね。

はよ大人になってくれ 原チャで来はったわ

これを三人称の語りとするには無理があります。「なってくれ」は当事者のもの言いだからです。この彼氏が大人になろうがなるまいが、無責任な傍観者であるオバちゃんには関係のないことですので。

ちなみに私のイメージを述べると、2人は高校の同級生です。同級生なので同い年とみなされがちなのだけれど、実際のところは彼女の方が遅生まれのぶん年上で、歌の時点で彼氏は20歳ですが主人公は4〜6月あたりに誕生日が来ていて既に21歳になっている。そう想定しています。自由に解釈できる部分なので異論も認めますが。


あとここだけ、次のシーンの歌詞の始まるタイミングが早いのがいいですね。最後の小節の4拍目に次の「冷めた」がカットインしてきます。そこが好きです。

シーン5

一人称だった第一印象を改めて、無責任な傍観者であるオバちゃんの目線ととらえ直すことで、味わいが増したシーンです。

  • ひとつは、先述のとおり食い気味に、というか実際に前のシーンの末尾を食ってシーンが始まっていることで、この語り手が「語りたくてたまらん」描写になっていること
  • もうひとつは、冒頭から一転して、ここでの語り手が主人公の内面を正確に捉えていることです。

言わずもがなですけど、「冷めたブレンド」はダブルミーニングですね。不粋な説明を続けると冷めたのはブレンドだけでなく、恋もです。

けれど彼氏にしてみれば、旅行書の件が大きなマイナスポイントだったにしても、いつもの喫茶店で待ち合わせるのも、そこに原チャで来たのもきっと普段どおりの行動だったはずで、それで冷められるのには少し同情してしまいます。逆境を迎えた主人公から半ば八つ当たりを食らった形になってますよね。

「カフェラテの泡にうずもれて」って、オバちゃんのもの言いにしては詩的すぎますが、そこは目をつぶります。

大学生の問題設定が、別れるor別れない ではなくて、「いつ」別れを切り出すかっていうのもポイントです。

それゆえの「ちゃんとしたカッコ」だったのかしらんと思いつき、嫁にこう聞いてみました。

「今日別れ話する」と決めて会うときに、あなたなら「ちゃんとしたカッコ」しますか?

「ああ。女ならするね。メイクもキッチリして」とのことです。

私が演出する時が来たら(来ない)、このシーンのふたりを終始無言にします。けれども酸いも甘いもかみ分けた(?)オバちゃんには、主人公の内面なぞお見通しってところでしょうか。


ここにも8小節の間奏があります。間奏の後も同じく喫茶店の場面なので、「ため」の役割をしています。いわば「静」の間奏です。

シーン6

このシーンは主人公のモノローグと読みました。

いくら世事に通じたオバちゃんでも、このように描かれた、この大学生独自の「タバコ占い」のルールまでは把握できないだろうからです。

「タバコ占い」を検証してみた

タバコで占うからには何かしら結果に違いが出ないといけません。私がわからなかったのは、歌われた結果のほかに、どんなパターンがありうるかです。

紙巻きタバコにライターで点火したら、煙は必ずや出るでしょう。とすると消去法で、結果が違ってくるのは「ちりちりと音立て」るかどうかとなります。でもそのへんって、変わるもんなんですかね?

と考えても、私はタバコを吸わないのでまるでわかりません。下手の考えなんとやらです。なのでこれも嫁に聞いてみました。

マルボロって、火付けるとちりちりと音がしたりしなかったりするんですか?

「あ-。あたしのはタール8mgだからだいたいする。けど、4mgとか1mgとかだとしないこともあるかも。巻きが細いし」

同じ紙巻きにもタール量で太い細いあるんですか

「あるね」

お寿司みたいですね。でも巻きの太い細いで音のするしないって変わるんですか?

「巻きが細いと、葉が詰まっとるからね」

どういうこと?

「化学(ばけがく)的にどうなんかようわからんけど、8mgだと巻きが太くてゆるめで葉と葉の間にすきまがあるから、葉が燃えるときそこで音がするんかなー」

空気が入るからかね

「太巻の海鮮巻も食べるとぽろぽろってなるやん」

そら寿司の話やがな

「あと巻いてる紙の音もあるかもしれん。雨ふりの日に箱から出すと微妙によれとるからね」

というと雨の日はちりちりしない?

「いや、8mgはだいたいいう」

ということで、《京都の大学生》のマルボロは、巻きの具合と天候によってちりちりと音がしたりしなかったりしそうな、4mgの「マールボロ・ウルトラライト・メンソール・ボックス」で、歌のこの日の天候は曇り、ないし曇り時々晴れと推定するに至りました。


ひとつまったくの余談です。私は《京都の大学生》の物語の舞台とおおかた同時代に生きているゆえ、ここに登場するタバコ占いが主人公の「独自ルール」であることがわりあい簡単にわかります。けれども500年後の日本人がこのテキストを読んだら、どうでしょうね。ちょうど現代のわれわれが、500年前の文書で火起請(リンクはWikipedia)に関する記述を読んだときと同じような感覚なんでしょうかね。そもそも「マルボロ」と「ジッポ」って伝わるんかしらん。500年経つと喫煙のスタイルも大きく変わっていそうですし、喫煙の習慣自体もどうなっているか。

という具合に、私には現代のコンテンツに対して、しばしば1000年スパンのフィルターをかけて見る癖があります。「シン・ゴジラ」の初見時もそうでした。500年後の日本人が「シン・ゴジラ」を観たとして、議員や官僚がだいたい何者かはわかるやろけど、官僚の持ってるキングファイルがなんなのかはわからんやろな。わかるのは史学科の学生レベル以上かなあ、とか。

インテンポでのスローモーション

話を戻します。カウントのことを言うと、各シーンの詞は全部8小節に収まってるなか、このシーン6だけが違っています。詞の一語一語に総じて長い音が付いてことばが引き伸ばされ、さよならの「ら」が13小節目のあたまです。さよな「ら」の音が残るのと重なって、数えて8小節ぶん間奏があって、シーン6のあたまからカウントすると合計20小節あります。

曲のテンポが一定なところで他のシーンよりも相対的に歌詞の進みが遅くなっていますから、映像的にはスローモーションの手法と言えますね。私が演出する時が来たら(来ない)、きっとスローを入れます。

シーン7

これ以降は、1つのシーンの中で語り手が交替します。

「せんど泣いたら笑顔で」までのシーン前半はオバちゃん目線と解しました。無責任だけど温かいのがいいですね。「せんど」ってワードチョイスも利いてます。

「せんど」を補足しておくと、意味は「ひどく。たいそう。」(大辞林4.0)です。大辞林4.0も広辞苑(第七版)も、せんどを「近世上方語」としていましたが、コトバンク>精選版 日本国語大辞典「千度」の解説には15世紀の用例が載ってました。

現代でも京都大阪ではわりと常用するし、兵庫県の、旧国名で言うと播磨と淡路地域では久しぶりの意味で「せんどぶり」って言ったりします。逆に他の地域ではほとんどなじみなさげなので、日本語警察として興味深いタイプのワードの1つです。

その後ろは一人称と解しました。

メロディーには標準語アクセントベースの音程が付いてますが、私の頭の中では、京都アクセントでの「凍えそう」が聞こえます。

これも余談ですが、トータルすると数年にわたって月1,2回ペースで京都に通い、時にはバスも待っていた経験から言うと、京都でこうなるのは晩秋の夕方です。昼間暖かくても日が落ちるときゅっと冷えてくるんですよね。

「ジュテーム」の謎を解く

で、この後ろの「ジュテーム」に少し引っかかってました。歌詞サイトには載ってないワードです。載ってない以上に「Je t’aime」、英語だと「I love you」です。なんでこのタイミングでジュテームなんやろか?って。

これもオバちゃん目線の導入で解決しました。

結論だけ述べますと、これはオバちゃんの軽口ですね。「知ってるフランス語言ってみた」ぐらいのノリです。意味を考えすぎると袋小路に入るパターン。

私が演出する時が来たら(来ない)、「やかまし。黙りよし」みたいにオバちゃんとかけ合いさせたいです。

とはいえ主人公に生身のオバちゃんを終始つきまとわせるのはあまり現実的でないので、主人公が高校生の時からカバンに付け続けている謎キャラクターのチャームぐらいに擬して語らせます。愛用品が10代の時のままであるのを示すことで、「はよ大人になってくれ」と彼氏に独りごつ自身もまだ子供っぽさを残していることも描けますし。

最大の課題

でもって目下最大の課題として残っているのが「喫茶店からバス停までの主人公の足取り」です。細分化するとこういう謎があります。

  • 待っていたバス停はどこか
  • そこにたどり着くまで、どこでどう「せんど泣い」て過ごしたのか
  • そのバス停は、ふだんの通学ルートと重なっているのかいないのか

ここの解釈が次のシーンの読みにもつながってくるためです。しかしどうとでも想像できるぶん、どうにも難解です。

シーン8

これもかけ合いのリズムです。「206番来たから…」が大学生の一人称で「バス巴里まで 飛んでゆけ」以降がオバちゃんパートです。

実際に飛んでゆけるわけないところが、温かいエールになっていていいですね。フランスの夢も破れて、高校からの彼氏とも結局別れてまったけど、まだまだ人生これからやで。みたいなとこでしょうか。「ラララ シャンゼリゼ」の薄っぺらさが、いい癒しになっています。

その余韻を残すように、曲はさらに「ラララ シャンゼリゼ」をあと2回、5小節目あたままで合計3回くり返します。

私が演出する時が来たら(来ない)、最後の「ラララ シャンゼリゼ」を主人公につぶやかせたいですね。

そこからシーン6と同じスタイルで後奏がオーバーラップして、アウトロ8小節+コーダ4小節で終わります。たいへん結構な1曲でした。

補足情報いろいろ

隙があったら講義に差し込むためのネタあれこれです。

206番情報

「206番」に関しては、岸田繁さんが非常に興味深い証言を2つされています。

1つは先述のインタビューの中でです。

★「206番来たから とりあえず後ろに座った」の歌詞についてのウラ話

実は、最初に歌詞を書いたときは、”206番のバスが団子になって来て、1番後ろの誰も乗ってへんバスの、1番後ろに座った”っていう歌詞がついてたんですよね。でも曲のサイズもあるし、語呂が合わへんし、全部はしょりました。

出典:くるりの岸田 繁さん2―大学生エトセトラ編―|コトカレ(2017/09/17付)

「夕方のバスあるある」ですね。面白い。

206号系統の時刻表|京都市バスを見ると、昼間から夕方にかけてだいたい7〜8分に1本の間隔でバスが走っています。十分起こりうるシチュエーションです。

もう1つは、2016年のこちらのツイート。

なので、どこのバス停でどの方向のバスを待っていたかがとりわけ重要なのです。先述のとおり、土地勘もっとつけてはじめて、ひとまずの暫定解が出せそうなレベルの難問です。

といったところで京都市交通局の情報をいろいろ見ていると、オリジナルグッズの「京都市バスオリジナルサウンドバス」が、206番でした。

京都市バスオリジナルサウンドバス | 京都市交通局協力会

京都市バスオリジナルサウンドバス|京都市交通局協力会

くるりのファン層を意識してるんですかね。

在庫は全然あるみたいです。買うたりーな。

京大生説への異論

補遺としてのオブジェクションです。

《京都の大学生》の主人公が左京区のどこの大学生なのか。どうとでも想像できる範疇なので明確に否定できるわけではないんですけど、ネットによくある京都大学説ってあまり賛成できないんですよね。

なぜなら、京大生なら入学からこの日の彼氏との別れに至るまでが遅すぎるからです。ひととおりパターンを洗い出してテストしましたが、細かい説明は省略。

けれども

――歌詞に出てくる喫茶店って、進々堂のことかなと思っていました。

出典:くるりの岸田 繁さん2―大学生エトセトラ編―|コトカレ(2017/09/17付)

と「大学近くの喫茶店」とセットでそこそこ支持されているようです。ネットには聖地巡礼まがいの報告をされている方もみえました。

自由に解釈していいところなので諸説の1つとして扱うなら全然いいですが、それが通説みたいになることには、強く異を唱えておきます。

だいいちその店、食べログ情報やと全面禁煙やん。

岸田繁さんの答えはこうです。

(歌詞を見ながら)ああ~、せやねえ。女の子はみんな進々堂とかに行きたがるけど、でも男はスポーツ新聞が置いてある、タバコ吸えるとこ行くみたいな、そういうイメージがありました(笑)。

出典:同上

受け手のとらえ方を大事にしつつも「僕がイメージしてたんは別んとこやけどね」な雰囲気を醸し出してるように私には感じられましたが、どうでしょう。

ちなみに現時点での私のランキングはこうです。

先述の「煙草でうらなってた」に、「女子大とか芸術系の大学生がやりそう」と嫁がコメントしたのも反映したランキングとなっております。

参考音源

トンネルぬけて(1989)
BO GUMBOS
¥255

歌い出しは「風が騒ぐ夜は うちへ帰りたくないよ」です。

京都の大学生にも「風が騒ぐ夜」の予感があったのかも。

この曲、実は、ストックホルムで散歩してる時に書きました(笑)。

出典:くるりの岸田 繁さん2―大学生エトセトラ編―|コトカレ(2017/09/17付)

へえ。《Dear Old Stockholm》のイメージもあったんですかね。

Dear Old Stockholm
エディ・ヒギンズ・トリオ
¥255

おわりに

《京都の大学生》は、岸田さん的にはむしろ珍しい過程を経て出来上がった1曲みたいです。2018年1月にこんなツイートがありました。

でも寝言メソッドは学校じゃ教えにくいですね。

♪み~んな~ ねごと言ってる夜は~
ヘイヘイヘーイ

おわり

楽曲リンク

YouTube Music

コメント

  1. 狸熊猫 より:

    高卒の地方初級だけど、政令指定都市の公務員という堅実な地に足ついた彼氏と
    ふわふわとパリとかわけわからん妄想と見栄に基づく文句しか言わないFランっぽい
    女子大生がもっと彼氏に寄生して甘い夢みたいのにという、彼女の冷めかけた関係と解釈してました。
    おばちゃん目線は彼女本人の妄想ですね。自意識過剰ってやつです。くそ女(ぁ)ですからw

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