『最高の集い方』翻訳ファクトチェック(サンプル版)

スポンサーリンク

人の不足にだけ注目する下品な記事です。

電子書籍のサンプル版で、関美和さんの最新の訳書『最高の集い方』を原書と読み比べてみました。

関さんは前回ファクトチェックした『ファクトフルネス』の共訳者だったのですが、サンプルの範囲には関さんの訳したパートが入っていなかったためです。それぐらいの軽い動機です。

総評

『最高の集い方』の翻訳には、ごくごくベタな話を、なぜだか抽象的に書いてしまう傾向が認められました。ところどころで、その「抽象グセ」が顔を出します。

イントロダクション冒頭の2つめのセンテンス、

Gatherings consume our days and help determine the kind of world we live in, in both our intimate and public realms.

このGatheringsの訳語が「人と集うこと」となっていて「ん?」となったのが「抽象グセ」に気がついたきっかけです。誤訳とは言えません。けれど冠詞のない複数形なので、「集うこと」のような概念レベルの話ではなくて、もっとベタで即物的なニュアンスに感じます。私なら「集まり」にします。

どんな抽象グセが出てくるか、以下にご紹介します。

  • トピックごとに適当にタイトルを付けました。
  • 引用部の下線はすべて引用者によるものです。

イントロダクション

「メカニック」の解釈につまずく

訳書

人が集まるイベントを企画する際、わたしたちが相談する相手はほとんど、何かの分野の専門家です。

原書

When we do seek out gathering advice, we almost always turn to those who are focused on the mechanics of gathering:

コメント

「the mechanics of gathering」という比喩的な表現を読み切れなかった結果、ピントのずれた日本語文になっていました。

たしかに、mechanicを辞書で引くと

A skilled worker who repairs and maintains vehicle engines and other machinery.
(車両のエンジンその他機械を修理・保守する技能労働者)

lexico.com

と書いてあるんですけど、ここのmechanicsは比喩の一種で、「自動車レースなどで『メカニック』にあたるポジションの人」ぐらいの意味です。なのでそのまま「集まりのメカニック」となっていた方がまだ私には文意が通じました。

「メカニック」のワード自体を使わないで説明的にかみくだくと、こんなところでしょうか。

ファクトフルな日本語文案

人が集まるイベントについて相談相手を探すとなると、わたしたちはえてして、イベントを支える裏方仕事の人たちに向かいがちです。


ちなみにボウリング場の「あっち側」で働く人も「メカニック」というみたいです。メカニックを検索して今回初めて知りました。

シンプルに読めばいいのに

訳書

わたしはシェフでもなければイベントプランナーでもありません。対話と紛争解決の分野で経験を積んできました。その体験から人の集まりについて考えるようになったのです。

原書

I come to gatherings not as a chef or an event planner, but as someone trained in group dialogue and conflict resolution.

コメント

I come to gatherings as ~という現在時制のシンプルな構文を見失って、抽象グセが出ています。原文に、下線部のような文意はありません。日本語表現を練ったあまりか、文意を歪めてしまうのはいただけません。

ファクトフルな日本語文案

わたしはシェフやイベントプランナーとしてではなく、対話と紛争解決の分野で経験を積んだ人物として人の集まりに参加します。

そのままのベタな文章にしてみました。

第1章

「絆」は要らない

訳書

会社や学校やコミュニティのをつくるために。

原書

We gather to build companies and schools and neighborhoods.

ファクトフルな日本語文案

会社や学校やコミュニティをつくるために。

コメント

つくるのは「絆」ではなくそれらそのものです。目的語の名詞が全部無冠詞の複数形なので。もし万が一、これらの集まりに絆が必要と思っているなら重症です。

「一体感」も要らない

訳書

すると、意味のない集まりとなり、一体感も生まれない

原書

We end up gathering in ways that don’t serve us, or not connecting when we ought to.

コメント

後半が意味不明です。英文の骨格は、

We end up(1)gathering, or(2)not connecting

だから、こうですね。

ファクトフルな日本語文案

すると、意味のないやり方で集まったり、必要なときに連帯しなかったりする。

もっと小さな話

「反対に、集まって話し合った方がためになる場合」の例示からです。

訳書

友人の会社を再建するための策を練る

原書

to strategize with a friend and think through ways to help her struggling career,

コメント

訳のような大きな話ではなくて、もっとパーソナルな話に思います。

直訳だと「友人と一緒に戦略を練り、彼女の苦難のキャリアの助けとなる方法を考え抜く」ですから、こんなところですかね。

ファクトフルな日本語文案

悩める友人のキャリア形成に役立つ策を練る

目に見える話として読む(1)look

訳書

その目的に合うような裁判の仕組みとは、どんなものだろう?

原書

And what would a court look like if it were built according to that purpose?

コメント

ここも抽象グセが出ています。動詞がlook likeだし、主題はa courtと不特定ながら具体的だしで、ごくベタに、目に見える話として読めばいいのにと思います。

それと原文の仮定法が軽視され、「現実のcourtは、その目的に沿ったつくりになっていない」という情報が欠けているのも少しイヤです。

以上をふまえて、こうしました。

ファクトフルな日本語文案

その目的に合うように作られたとしたら、法廷はどんな姿になるだろう?

目に見える話として読む(2)adversarial

訳書

法廷では、お互いが敵を倒すために力を尽くす。法廷が敵対的なのは、真実を明るみに出すための場だからだ。

原書

A traditional courtroom is adversarial. That is a design that derives from its own very worthy purpose: surfacing the truth by letting the parties haggle over it.

コメント

これも抽象グセが出て「敵対的」と情景が浮かびづらい日本語になっています。adversarial って日本語にしにくいし、そういうニュアンスもあるにはありますけれど。

次のような用例があることに照らせば、システムの話としてより、むしろ目に見える意匠に寄せて読んだ方がわかりやすいかと思います。

なので説明的ですが、こんな感じです。

ファクトフルな日本語文案

伝統的な法廷では、当事者双方が向かい合って、または別々に座る。争議によって真実を明るみに出すという、それ自体とても価値のある目的から生まれたデザインだ。

法律用語2題

訳書

被告人を問い詰めて

原書

adversarially

ファクトフルな日本語文案

弁論により

訳書

この評価は、判事と地方検事と被告に渡される。

原書

defense

ファクトフルな日本語文案

被告弁護人

コメント

defenseなので、文字づらどおりなら「被告側」ですが、文脈からすると法曹かなと。裏は取ってませんが。

民事訴訟の被告ならdefendant、刑事被告人ならaccusedですね。

男女平等に配慮した誤読

ヒンドゥー教の結婚式で行われる「フェラ」というしきたりについて。

訳書

たとえば、一つ目の誓いの言葉では、花婿が花嫁に「食べ物を与える」ことを誓い、花嫁は「家庭と家事のすべてに責任を持つ」ことを誓う。

原書

The man directs his wife in the first vow to “offer him food”; the bride agrees to be “responsible for the home and all household responsibilities”;

ファクトフルな日本語文案

たとえば第一の誓いでは、花婿が花嫁に「食事を出す」ように命じ、花嫁は「家庭と家事のすべてに責任を持つ」と同意する。

コメント

前半、話のベクトルが反対です。offer himなので、食べ物を与える方向は、女性から男性へです。

ただ、次のようなネット情報から原文を読み替えている可能性はあります。「hindu pheras seven vows」で検索してみました。

The First Vow: The Groom vows to bride that he will be responsible for providing the nourishment, welfare and happiness to the wife and the children.
(第一の誓い:花婿は花嫁に、滋養と健康と幸運幸福を妻と子に与える責任を持つと誓う)

The Bride vows to the groom that she will take care of the family and household and will share his responsibility as her own.
(花嫁は花婿に、家族と家事の面倒を見るとともに、花婿の責任も自身の責任として分かち合うことを誓う)

Understanding Real Meanings of Seven Vows of Hindu Marriage! | Lovevivah Matrimony Blog

出典:Understanding Real Meanings of Seven Vows of Hindu Marriage!|lovevivah.com

他方で、原文の記述に近い情報もありました。

For the First Vow, the Groom promises: “om esha ekapadi bhava iti prathaman” meaning ‘You will offer me food and be helpful in every way.
(第一の誓いとして花婿は「om esha ekapadi bhava iti prathaman」と述べる。「私に毎日食べ物を出し、支えること」という意味だ。)

Importance Of Saath Phere In Indian Weddings
Seven vows form the building blocks of an Indian Hindu wedding.

出典:Seven Vows|Cultural India

2つのソースを比べてみると、前者の文言には現代的アレンジが加えられているニオイもあります。

これらネットの英語情報しか見ていないので確定的なことまでは言えませんが、どちらがより現代の感覚からかけ離れているかという点を考えれば、原文の記述のままでいいと思います。

なぜそっち?(1)

なんで主述の焦点をずらして訳しているのか、意図がわからないシリーズです。

訳書

あなたにも、新しいニーズや現実に合わなくなった古い形式の会議が思い当たるはずだ。

原書

Perhaps you, too, have new needs and realities that don’t fit into the templates of gathering that you know.

ファクトフルな日本語文案

たぶんあなたにも、今ある集まりの形式に合わない新しいニーズや現実があるはずだ。

なぜそっち?(2)as

訳書

月次のスタッフ会議なら、毎月同じことを繰り返すだけなので、これまでと同じやり方で問題はない。

原書

There is nothing terrible about going with that flow, about organizing a monthly staff meeting whose purpose is to go through the same motions as every monthly staff meeting before it.

ファクトフルな日本語文案

型にはまった流れに従う、たとえば前例どおりに進めることを目的に月次のスタッフ会議を開くことに、何も恐ろしさはない。

コメント

as every monthly staff meetingのasは「なので」ではなく、毎月の会議「と」同じ、の意味です。

about organizingは、前のabout goingの例示=具体的な言い換えと取ってみました。

なぜそっち?(3)

訳書

自分のニーズや目的に合った型をつくり出し、望んだ結果を手にするためには、実験を重ねるしかない

原書

If you don’t do the same and think of yourself as a laboratory, the way the Red Hook Community Justice Center and The New York Times have done, your gathering has less chance of being the most it can be.

ファクトフルな日本語文案

(レッドフックの司法センターやニューヨークタイムズがやったように、)自らを実験台として自分のニーズや目的に合った型をつくり出さなければ、あなたの集まりが最高のものになれる見込みは小さい。

原文を素直に読むと、こんなところです。

ロジックの歪み

訳書

わざわざみんなで集まるほどの意義のある目的だろうか。考えてみてほしい。この会はほかの会とどう違うのか? 強烈な主張があるのか? ゲストの(ホストの)心をザワつかせるような仕掛けはあるか? あれもこれも盛り込んで全員を満足させようとしていないか?

原書

These are purposes, but they fail at the test for a meaningful reason for coming together: Does it stick its neck out a little bit? Does it take a stand? Is it willing to unsettle some of the guests (or maybe the host)? Does it refuse to be everything to everyone?

ファクトフルな日本語文案

これらも目的ではある。だが集まるだけの意義があるかを検証する次のテストには合格しない。

この会は、少しでもリスクを取りに行っているか? 立場がはっきりしているか? ゲストの(またはホストの)心をザワつかせるような仕掛けはあるか? みんなにあれもこれもというあり方を拒絶しているか?

コメント

語句レベルでは

をおさえておきたいところです。

で、ここの文脈は、「前段に挙がっていた目的の例にダメ出ししている」です。引用部の疑問文1つずつが「テスト」のチェック項目になっていて、答えがイエスなら合格、ノーなら不合格です。

という、原文が持つ明快なロジックを、日本語にする段階でわざわざ薄めてしまうことの狙いがよくわかりません。そこがいちばん気になりました。

まとめ

翻訳者に正確な読解はさほど求められていないということがわかりました。

そんなところです。

コメント

タイトルとURLをコピーしました