日本語公安警察が選ぶ「今年の新語2019」が発表。大賞は「いつぶり」【選評】

発表します。

日本語公安警察が選ぶ「今年の新語(ジラ)2019」大賞は、「いつぶり」です。

以下、第9位までの一覧です。

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全体に「今年」感は低め。上位から順に短評を加えていきます。

大賞:「いつぶり」に見られる「意味移り」現象

「いつぶり」は、こういう使い方をします。

「いつぶり」の新しさは、意味の側から見ることでクリアに理解できます。その(私の)理解のクリアさが主な大賞の理由です。

早わかり「ぶり」の歴史

まず

コトバンク>精選版 日本国語大辞典の「振り」の解説から抜粋し、古来「ぶり」が何を意味してきたかをたどっておきましょう。

  1. 曲調・調子
  2. 古代歌謡の曲名
  3. その物事の様子、状態
  4. 数量を表す語に付いて、それに相当する意
  5. 時間を表す語に付いて、それだけの時間が経過した意

元は「音楽用語」だったらしき「ぶり」が、いったん「物事の様子、状態」を表す意に拡張され、そこからさらに「数量」さらに「時間」の語句と併用することで、新たな、しかし「様子、状態」よりは限定された意味を獲得してきた経過が見て取れます。

「いつぶり」の新語ぶり

さて「いつぶり」です。

「いつぶり」の意味構造は、「いつ」(から)「それだけの時間が経過した」となっています。

従来の「ぶり」では「それだけの時間」の数量は、「時間を表す語」の側が担っていました。しかし「いつぶり」型のぶりでは、「それだけの時間」という数量部分も「ぶり」の側が持っています。

意味の側から言えば、「それだけの時間」という数量的意味が「ぶり」という言葉へ移ったという話になります。

といった方面への嫌われぶりも、大賞にふさわしいです。

「以来」で代替できるのに代替しない、この事実に日本語話者という集合体の強い意志を感じます。

「ぶり」への意味移り現象

チープな色もの衣類と一緒に洗濯すると染料が移るように、言葉も一緒に使っているうちに意味が移るのです。この現象を、私は「意味移り」と呼ぶことにしました。

「久方ぶり」「何年ぶり」型のぶりを数世紀使っているうちに「いつぶり」型が生まれたのも、意味移りの一例です。

探すとこんな記事もありました。全文は読んでません。

(ことばの広場)「いつぶり」 柔らかさ求め 広がる誤用|ことばマガジン|朝日新聞デジタル(2019/03/06付)

「以来」で代替しないという事実から「柔らかさ求め」には同意しますが、「誤用」とするのは異議ありです。偏狭なものの見方です。詳しくはまたどこかで。

第2位:疑問符のユニークな用例です「よ?」

第2位は「よ?」です。

この日本語が新しいところは、?(クエスチョンマーク)の使われ方です。代表として終助詞「よ」とのコンビで第2位を授賞しました。

実のところ、やっと、この「?」の新しさが整理できたという裏事情もあっての第2位です。

「文脈」に疑問符を付けるのが新しい

架空の用例で示しますと、近年

男はつらいよ?

のような「よ?」が台頭してきました。

これのどこが新しいかというと、疑問符の「?」が、文ではなく文脈に対してついているところです。

「男はつらいよ?」単体を疑問文とは評価しづらいです。しかし相手に問いかける文脈ではあります。

詳しく読みとくと

  • まず「男はつらい」という発話者の見解があり、
  • そして発話として表明したその見解を支持するかどうかを問う、

そういう構造になっています。文脈に対して疑問符がついている、というのはそれぐらいの趣旨です。

意味の側から言えば、「男はつらいよ?」的な「よ?」は、それ単体はダイレクトの疑問文じゃないけど問いたい文脈だから「?」によって疑問の意味をのせたい。そういう意志の現れに見えます。

自明の事実にすら「疑問符」ですよ?

そこからさらに進化した形態に

今日は日曜日ですよ?

のようなパターンがあります。このパターンは、「今日は日曜日」を問う疑問文でないのみならず、そこはもはや論点ですらありません。この発話の時点が日曜日であったなら、「今日は日曜日」という言明について事実関係を争いようがないからです。しかし「?」の存在から、この文脈には何か別の論点があることが示唆されます。

「?」が付いているのに文章自体は疑問文じゃないんですよ?

日本語以外にこうした表記法を取る言語が世の中にあるんだろうか、と探してみましたがうまいこと見つけられませんでした。よって日本語だけとの断言はできませんが、この用法が「?」トレンドの最先端であることは間違いないでしょう。

第3位:情報も「渋滞」しだした

近年、いろいろな何かが混み合うさま、さらには情報量が多い(多すぎる)さまを「渋滞」と表すようになりました。

比較的よく見かける新しい渋滞は、「推し」だったり「カワイイ」だったりです。

ふつうの「渋滞」も、歴史的には新顔

従来の「渋滞」は道路交通に使うのが一般でした。そちらの「渋滞」にしても、歴史的に見れば非常に新しい用法です。

検索してみると、その経緯をNHKのテレビ番組「ネーミングバラエティ 日本人のおなまえっ!」が調査し、「大型連休のおなまえ」(2019/04/25 OA)の回で紹介したようです。

放送自体は未見なので、「渋滞」は警察だけの“専門用語”だった? 伝説のアナウンサーが下した決断|レタスクラブニュース(2019/06/06付)の記事を頼ると、1963年以降に、ニッポン放送の中村義則アナウンサーがラジオの交通情報で使い始めたとのこと。

ちなみに、「東京オリムピック噺」と副題の付いた大河ドラマ「いだてん」に、阿部サダヲさんの「だったら渋滞何とかしてくれよ」というセリフがありました(第41回「おれについてこい!」2019/11/03 OA)。

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5分で「いだてん」第41回【おれについてこい!】 | NHK(2019/11/03付)より

筋違いを承知で野暮をいうと、1960年代初頭という時代考証的に、その渋滞はダウトです。

2019年の新ラベルたち

第4位から9位までは、ピックアップした用語同士を、Googleトレンドで比較して順位をつけました。

  • ASMR
  • 上級国民
  • サブスク
  • カスハラ
  • フィルターバブル
  • 子供部屋おじさん

については、Googleトレンドが示した検索ボリュームの順位です。

それはそれとして、どの語にも共通する特徴は「新ラベル」であることす。

「新」には

  1. ネットスラングでいうところの「ほにゃららな現象に名前を付けたい」パターンの「新」
  2. 従来あったラベルを貼り替えたパターンの「新」

があります。

第4位「ASMR」

「現象に名前を付けた」パターンの「新ラベル」です。

よそでさんざコスられた内容のくり返しになりますが、ASMRとは、Autonomous(自律)Sensory(感覚)Meridian(絶頂)Response(反応)の略語です。

Oxfordの辞書サイトlexico.comには、既にASMRの項があって、

‘I’ve often experienced ASMR when having a haircut’

という例文が載っています。例文ですが、髪を切ってもらうと起こることがあると。

自身が認知したきっかけは、YouTubeのムーブメントを取り上げていたテレビ番組を見てでした。なので世間的タイミングは相対的に遅めです。ASMRと付いた動画をいくつか再生してみてもまだ、わかったようなわからんような、わからん概念です。

ひとつのジャンルを表す用語としては残るでしょうけれど、アルファベット4文字という応用の利きにくい語形なので、拡張される見込みは薄いとみています。

私の場合、PPAPと同じ引き出しに入れてあります。

第5位「上級国民」

貼り替え型の「新ラベル」です。

上流階級とか、古風にはハイソとかラベリングされていたポジション、その近くのすき間に収まった印象があります。

と、2010年1月時点でのツイート用例が存在することから、ワード自体は、2000年代末までには登場していたと推定されます。

私自身が「上級国民」を認知したのは、2015年9月、東京2020オリンピック・パラリンピックのエンブレムが白紙撤回された時点で、会見のもようを伝えるネット記事が使っていたことからです。

デザイン界は「上級国民」!?  エンブレム撤回会見での「一般国民は理解しない」発言が一部で反発を呼ぶ|ガジェット通信 GetNews
デザイン界は「上級国民」!?  エンブレム撤回会見での「一般国民は理解しない」発言が一部で反発を呼ぶ

そんな「上級国民」が2019年になってにわかに注目を浴びるようになったのは、4月に東京・池袋で起きた自動車による死傷事故が最大の要因でしょう。

報道で伝えられた事故発生直後の行動のクズぶりにもかかわらず、加害者の高年男性に対するその後の処遇は「上級国民」たる経歴ゆえでないかと、一般クソ国民のあらぬ臆測をあまた生みました。

Googleトレンドで見ると、ピーク時は2015年比で実に9倍の検索ボリュームを示しています。

その「スパイク」のとがり方で、第5位です。

第6位「サブスク」

貼り替え型の新ラベルです。

英語由来のサブスクリプションが「サブスク」にまで縮まったところで、入選確定しました。

従来「定期購読」あるいは「定期購入」と言っていたところのポジションに、装いを変えて収まった新語と言えそうです。

なので、かつて一般家庭に牛乳や新聞が毎日届いていたのもサブスクって言っていいはずですけど、たぶんそっちに使われることはないでしょう。サービス内容によって、新旧のラベルを使い分けしていきそうです。

第7位「カスハラ」

「客」によるいやがらせを意味する「カスタマーハラスメント」略して「カスハラ」。

Twitterを検索しますと2016年あたりから用例が収集できますけれども、経過を追っていくと、2017年度に厚生労働省が開いた「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会」が普及の起点となった「官製プロモーションワード」であることがわかりました。

あえて言おう。「カスハラ」であると

2018年の議事録から抜粋します。※下線は引用者

○原委員 
 私は、職場のパワーハラスメントとは全くの別枠にして、ただ、報告書に盛り込むことは重要だ、と感じました。(略)こういう問題を社会にアピールしていくときに、言葉の持つ意味は小さくはないと思っておりまして、カスタマーハラスメントという言葉をまず流行らせることが大事だと思うのです。

○野川委員 
 原委員の御意見によると、カスハラというのですか。カスハラはちょっとはやるかどうか、わからないですけれどもね。

 それはともかくとして、皆さんから出ているように、私もパワハラの一環としてのカスタマーハラスメントの防止ということはあると思います。

出典:2018年2月21日 第8回「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会」議事録|雇用環境・均等局雇用機会均等課

「原委員」「野川委員」って誰?なんですが、第1回の議事録(2017/05/19開催分)を見てみますと、それぞれ成蹊大学法学部教授の原昌登さん、明治大学法科大学院専任教授の野川忍さんみたいです。肩書き・氏名の表記は議事録どおりです。「あの人は今」は追っていません。

意を酌んだ御用メディア(笑)たち

でもって「官発信」のワードはすべるパターンが過半の印象なんですが、その後2018年から2019年にかけて

と、いくつかのテレビ番組で複数回特集が組まれて、普及に一役買いました。

この「カスハラ」、前は「クレーマー」とか「モンスタークレーマー」とか言われていたワードの貼り替え新ラベルに思えます。

その点で新鮮味は一見薄そうなんですが、しかし従来の「クレーマー」という語は存在に焦点が当たった名称だったのに対し、カスハラではそのフォーカスが「ハラスメント」という行為に移っているのがちょっと面白いです。

実際、くだんの議事録でも、原昌登さんが

クレームと言うと、それは聞かなければいけないものみたいなイメージがありますよね。そうではなくて、よいクレームもあるけれども、やはりやってはいけないハラスメントもあるのだということを示すことが、意識を変えることにつながっていく

出典:2018年2月21日 第8回「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会」議事録|雇用環境・均等局雇用機会均等課

と発言していました。

第8位「フィルターバブル」

人は自分が興味を持っている情報や企業の薦める情報ばかりを見るようになり、
「フィルターバブル」に閉じこもることになる――。

イーライ・パリサー(@elipariser)さんが2012年の著書『The Filter Bubble』で提唱した「フィルターバブル」。

今までなかった「ほにゃららに名前を付けた」型と貼り替え型、両方の中間的な位置づけです。「エコーチェンバー現象」とか、近いところを指すラベルはありますし。

単行本刊行時点での邦訳の書名は、『閉じこもるインターネット』でした。

2016年に文庫になる段階で、原著のカナ書きタイトル『フィルターバブル』に改題されています。その時点で下地はできていたと言えそうです。

一般人への普及度は今ひとつの印象ですが、メディア関係者には「刺さる」ワードだったようで、

といったツイートが採集できました。自身も今年認知したという極めてパーソナルな理由でランクインです。

日本語で「バブル」というと、「バブル経済」を代表に、あぶく銭、澱みに浮かぶうたかた的イメージがメジャーですが、「フィルターバブル」のバブルはちょっと違っていて、外界との交流を遮断する結界のような意味あいになっているのが、面白いです。

第9位「子供部屋おじさん」

これもラベル貼り替えのパターンです。

これはこれでごもっともな批判なんですけれども、侮蔑するための言葉も使い続けているうちに鮮度が薄れ、そのぶんエッジも利かなくなるので、その都度新ラベルが必要になるのかなという感想です。

選外

「令和」と「タピる」の2語は、次の理由によりノミネートから外しました。

約束されていて面白くなかった新元号「令和」

既に1年前の時点で、4月に発表され5月に切り替えられる新元号の名称が「2019年の新語」の代表的存在の座に就くことは約束されていました。

約束されているものは面白くないので選外です。

余談ですが、元号発表前の3月にこんなツイートも目にしました。

流行ったけれど語誌として面白くない「タピる」

世間にはタピオカドリンクのブームがありました。

流行ったことは認めますが、タピオカを「タピ」と縮めて、動詞活用語尾「る」をつなげるつくりが月並みで面白くないので選外です。

そんなところです。ご静聴ありがとうございました。

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