英語の冠詞のちょっとした話―なぜ楽器は「play the piano」で、球技は「play baseball」なのか?

こんにちは。用件はタイトルのとおりです。

ン10年という時を隔てて、自分が中学生の頃抱いた疑問に対して自身で答えるという、著しい時間差の自問自答をやってみました。

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大したことではありません。ちょっとした話です。

結論

先に結論として「答え」を書いておきます。

キーワードは「具体性」です。

    I play ~ に続けるとき

  • pianoは楽器という具体的な事物の名称なので、冠詞が必要
  • 「the piano」であって「a piano」でないのは、(文脈上)a にするほど具体性が高くないから
  • baseballとは事物ではなく、言わば事態。抽象性が高い(≒具体性が低い)から、無冠詞で使う。それが英語のルール

序:中学の時にわからなかった違い

確か中学校の英語の授業だったと記憶しています。

    (例文)

  • I play the piano.
  • I play baseball.

という具合に、

  • 「楽器にはtheを付ける」(piano, guitarなど)が
  • 「スポーツには付けない」(baseball, basketball, soccer, tennisなど)
    ※動詞playに続くのは主に球技

と教わりました。

より正直に述べれば、当時は「そういうもんか」と思って大して深く追究しなかったのですが、

いったいどういう基準でtheが付いたり付かなかったりするのだろう?

という疑問に、中学生だった僕が答えられるだけの器量はなく、また、困惑の気配が広がる教室で英語の先生から満足いく説明のあった記憶もなく、ただのまる暗記以上にまったく理解を進めることができずにいました。

いまならわかる

しかし老人になったいま、明確に理解できています(つもり)。

何をもって英語が「できる」とするかは意見が分かれるでしょうが、自己評価としては、老いを迎え始めたこの10年ばかりで、自身にOKを出せるレベルで「できる」ようになりました。

いま、中学生当時の自分に教えられるなら、この記事のようなことを説明します。

付記:問いの立て方もわかってなかった

ちなみに、後に『日本人の英語』(マーク・ピーターセン, 1988)を読んで、「名詞に冠詞を付ける」という発想自体が、そもそもの間違いだったと知りました。

詳しくは同書、もしくは過去の記事で引用して言及していますのでこちらをご参照ください。

中学生だった自分に教えてあげたい冠詞のポイント

中学生の頃の自分に、英語の冠詞に関して次の2つのことを教えてあげたいです。

  • 冠詞の本質的な役割とは、「あとに続く語句の具体性を高める」ことにある
  • したがって、冠詞を使うかどうかは、続けようとする語句の「具体性」の程度を基準に決まる

1.冠詞の本質的な役割

theにしても、a(an)にしても、英語の中では「続く語句の具体性を高める」役割を果たします。

それが冠詞の本質的な役割・機能です。

『日本人での英語』に登場する誤用2例

そこを感じ取ってもらいたいため、前掲の『日本人の英語』で取り上げられている例を2つ紹介します。いずれも冠詞の有無を間違った例です。

You ate a chicken ??

I ate a chicken.

これは、無冠詞の「I ate chicken」でいいところに余計な冠詞がある例です。

a chickenになると、「ニワトリ1羽をまるごと食べた」という意味になります。なんなら「逃げるニワトリをとっ捕まえて絞め殺してそのまま食った」みたいな、まるでステージに立つパンクロッカーのようなイメージが浮かんでくる…かまでは定かではありませんが。

無冠詞のchickenは(定まった区切りがないという意味で)具体性の低い「鶏肉」を指しますが、a chickenにしてしまうと、より具体性の高い存在者である「1羽まるごとの(なんなら生きた)ニワトリ」がイメージされるのでしょう。

なお、本当に1羽まるごと食べたのなら、間違いではありません。

Song for U.S.A ??

また同書には、チェッカーズのシングル曲《Song for U.S.A.》(1986)に怒っている記述もあります。アメリカ合衆国を意味する「U.S.A.」に定冠詞theを使っていないからです。

USAに冠詞が必要なのは、国家というつかみどころのない存在ながらも、まったくの抽象概念ではない、一定程度は具体的な存在者だからです。そしてaではなくtheになるのは、それが1つのインスタンスに特定できるからです。

理屈ではおかしさがわかってきた

いずれの例も、僕自身、その気持ち悪さを体感できるところへ到達できる気はしませんが、理屈のレベルでは理解できるようになってきました。

2.冠詞を使うかどうかの基準は「具体性の程度」

英語という世界で冠詞を使うか使わないかは、あとに続く語句の具体性の程度がどうか、または、その程度をどうしたいかを基準に決まります。

具体的な事物に対して、また、話し手が具体的にしたい対象については、冠詞を使います。

記事タイトルの例で言うと、pianoは楽器という具体的な形ある物体の名称です。よって、冠詞が必要です。

チェックポイントは「数えられるか?」

では、冠詞の使用基準となる、後に続く語句(主に名詞)の「具体性の程度」をどう判断すればいいのでしょうか。その大きなチェックポイントが「数えられるか?」です。

可算/不可算についてもいろいろ検討していきたいところですが、当記事での話はここまでにします。

具体性の程度は、a > the

数えられるものに対しては、文法上「a(an)」も「the」も使うことができます。

では、どちらがより具体性が高くなるでしょうか?

結論だけ述べます。「a(an)」です。

以下を、その理由の説明に替えます。

「具体性の程度」の2つの意味

説明を後回しにしていましたが、「具体性の程度」には、次の2つの観点があります。

  1. 特定しきれるか? という観点での程度
  2. 「一般論」か「個別論」か? という観点での程度

 

ですからその意味で、2種類の冠詞それぞれを、さらに2つに細分化できると言えます。

2種類の「the」

theの方だけ説明します。

1.「特定のthe」

前述のUSA、すなわち「the United States of America」の例では、事物が特定しきれています。だからtheでないといけません。

こういうときに使うtheを、僕は「特定のthe」と呼んでいます。

2.「代表のthe」

英語では「特定には至らないが、抽象概念ではなく確かに存在するもの」についても、theを使います。

これを僕は「代表のthe」と呼んでいます。

簡単に言ってしまえば「一般論」の文脈に出てくるtheがこれに相当します。

I play the piano.

は、この「代表のthe」のパターンです。

冠詞の使い分け基準も「具体性の程度」

先ほどの「具体性の程度」の2つの観点をくり返します。

  1. 特定しきれるか? という観点での程度
  2. 「一般論」か「個別論」か? という観点での程度

実はこれが、英語の2種類の冠詞、「the」と「a(an)」を使い分ける基準でもあります。

つまりこういうことです。

1.特定しきれるか? という観点

  • the:具体性が高い(=特定できている)とき
  • a(an):具体性が低い(=特定されない、特定の必要がない)とき

2.「一般論」か「個別論」か? という観点

  • the:具体性が低いとき(=一般論、総称)
  • a(an):具体性が高いとき(=個別論、特称)

ややこしい「ねじれ」

以上でわかるように、その具体性が「抽象」←→「具象」のスケール上のどのあたりか?という点を検討すると、定冠詞theと不定冠詞a(an)両者の適用ルールが、2つの観点である意味ねじれている格好になっています。

ややこしいです。

a pianoでは具体性が高すぎる

ここまで整理すると、I play a piano. とはならない理由もわかってきます。簡単に述べれば、そこまで具体的だと困るからです。

I play ~~ という文脈は、「このピアノ(楽器)は弾くがあのピアノは弾かない」といった話ではないからです。

baseball(球技)の場合

一方、同じplayに続ける場合でも、

  • I play baseball.

のように、スポーツ、特に球技の名称になると冠詞のtheは必要ありません。

具体化しきれていない事物の名称、すなわち、具体性の低い(一定基準に満たない)名詞に対しては、冠詞を使わないのです。

反対側から述べると、抽象度の高い名詞には冠詞を使わないと言えます。

「球技の名前」の抽象性

それはスポーツ、とりわけ球技の名称は抽象度の高い名詞だからです。

baseball(野球)の場合で言えば、具体的な存在者である球場・選手・ボールやバット、グローブといった道具などなど、どれもbaseballを形作る一構成要素ではありますが、baseballそのものではありません。

それらを含め、そこで巻き起こるあれやこれや全体をひっくるめた総体が「baseball」と呼ばれる球技です。抽象的です。

よって、I play baseball. のように冠詞無しで使われます。

後記:「具体性の程度」が英語を知るカギかも

といったことを、この歳になってようやく整理ができるようになりました。

なお「具体性の程度」とは、英語の名詞に限らず、「英語」という言語そのものを知るカギでもあります。いつか記事にしたいです。

考えを進めていくうち、英語とは「抽象的な基本パーツにいろいろ足していくことで、具体性を調整して記述を進める」、そんな構造を持った言語ではないか、といった着想を得るようになりました。

得られた着想を展開させていけば、冠詞のほか、動詞・助動詞の活用、時制といったところも体系的に整理・説明できるのではないかとの感触があります。検討を進めます。

こちらからは以上です。

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コメント

  1. たろちん より:

    この問題については諸説あるのでなかなか難しいですが、代表のtheは次の点で異論があります。
    1.代表のtheは、a+名詞、複数名詞でも表現される。
    2.また、学術的な文章で主語として使われるケースがほとんど。
    3.なぜ楽器に代表のtheを使うのかが説明されていないので、結局何も説明できていない。
    私が一番しっくりきているのは、抽象名詞化です。
    つまり、演奏しているのは物質としてのピアノ(a piano)というよりも、ピアノのメロディ(the piano)ということです。

  2. day_diamond より:

    大変勉強になりました。ありがとうございます。
    ただ、やはり、”play the piano” の “the piano” は、代表というより、抽象名詞化してると表現するほうが、実態に近い感じしますね。
    言う人の意識によっても変わってくるのかもしれませんが、日本語でしゃべるときも、「ピアノを弾いた」といえば、機械のピアノをイメージすることより、ピアノ演奏っていう一つの抽象的な「行為」をイメージすることのほうが多いような気がします。
    “The piano is heavy.” だったら、「ピアノってものは重い」と、ピアノって機械を代表的に言ってるかんじですから、これと比較すると理解しやすいかもしれません。
    通常の用法では、”play the piano” は、代表的に見た機械を、play する、とは意識してないかんじです。
    いずれにしても、ありがとうございました。