「あまロス」なんて言ってる人とは、たぶん一生仲良くなれない

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こんにちは。用件は上のとおりです。

ヘイトスピーチのブルーオーシャンを目指します。

要約:Executive Summary

おのれの「あまロス」を公言して恥じない人とは、一生仲良くできません。

「あまロス」のいい悪いの問題ではありません。好き嫌いの問題です。嫌いです。

なぜ嫌うのかをひと言で言えば、どのような意味でも、言葉遣いが間違っているからです。

じぇじぇ! from あまちゃん

※画像は、NHKオンライン > あまちゃん

背景

去る9月28日に、NHKの連続テレビ小説「あまちゃん」の放送が終了しました。

ペットを亡くした喪失感などを指していう「ペットロス(症候群)」から派生して出てきたのだと思いますが、放送終了が近づいてきた時期あたりから「あまロス」という言葉がネットその他で散見されるようになりました。今日も見ました。

「あまロス」を見聞きするたびに、軽くイラッときます。アホだからです。しかも迷惑なアホです。

「あまロス」が嫌いな理由の3要因

なぜ嫌うのか。なぜイラッとくるのか。なぜアホだと思うのか。その理由を整理してみました。

大きく分けて要因は3つあります。

1)はじめからわかっていた話

そもそも、連続テレビ小説の放送期間は通常なら半年と決まっています。「あまちゃん」も例外ではありませんでしたし、これまでのテレビ小説同様、事前にアナウンスもされていました。連続テレビ小説を見ていない僕ですら知っていましたよ。

9月の末に終了することは、はじめからわかりきっていた話ではありませんか。

そのような自覚すらなく、漫然と見ていたわけですか?

2)防げたはず

わかっていたけど、ということでしょうか。

しかし、わかっていたなら予防はできたはずです。自分の「あまロス」を想定できるならば、すなわち、放送終了後に自分がどういう心境になるかを見越せるだけの能力があるならば、録画しておけばいいのですから。

録画して残しておけば、再生機器が生きている限り、あまちゃんも終わりません。死にません。好きなときに見られます。

彼我の寿命の違いから、いつの日かそれが生じうる状況の来ることが避けがたいペットロスとは、そこが大きく違います。

言葉遣いが雑です

ペットロスと構造的に大きく違うものを指して、それに似せた名称で呼びならわすのは、言葉遣いの雑な人がやることです。わかりますか?

3)対策はある

いざ終わってみると、喪失感が予想以上だった。ということでしょうか。

だったらその場合でも対策はあります。大別して「もう1回見る」手段が主に2つと、それ以外の手段です。順に紹介します。

3-1)DVDを買う

DVD、ブルーレイのボックスセットが、来年(2014年)にかけて3回に分けて発売されます。

あまちゃん 完全版 DVD-BOX1

B00D3J7OCC

関連商品
あまちゃん 完全版 DVD-BOX 2
あまちゃん 完全版 DVD-BOX3<完>
あまちゃんメモリーズ 文藝春秋×PLANETS
NHK連続テレビ小説「あまちゃん」完全シナリオ集 第1部
NHK連続テレビ小説「あまちゃん」完全シナリオ集 第2部
by G-Tools

あまちゃん 完全版 Blu-rayBOX1

B00D3J7O8G

関連商品
あまちゃん 完全版 Blu-ray BOX 2(Blu-ray Disc)
あまちゃん 完全版 Blu-rayBOX3<完>
あまちゃんメモリーズ 文藝春秋×PLANETS
連続テレビ小説「あまちゃん」オリジナル・サウンドトラック 2
NHK連続テレビ小説 あまちゃん 能年玲奈 featuring 天野アキ 完全保存版
by G-Tools

両者ともに、すでに第1集は発売中みたいです。買い揃えればいいじゃないですか。

3-2)「NHKオンデマンド」を利用する

NHKオンデマンドというオンラインのサービスがあります。すべてを利用するには受信料以外に月額の利用料が別途必要ですが、NHKの番組の多くが、放送日時を過ぎた後でもオンデマンドでいつでも見られます。

そして「あまちゃん」も、このNHKオンデマンドで視聴できます。

サイトに行ってみたら、特設の「あまちゃん」コーナーができていました。「あまロス」の受け入れ態勢もバッチリです。

あまちゃん

NHKオンデマンド > あまちゃん

3-3)自分でやる

そうじゃない。同じもののくり返しを見ているだけでは物足りないのだ。ということなんでしょうか。

だったらNHKや脚本の宮藤官九郎さんに続編を要望するなり、同好の士を集めて再現するなり、自分で続きを書くなり、ほんとうに海女になるなりして、何らかのアクションを取ればいいではありませんか。

以上、ここまで見てきたように、「あまロス」への対策は何通りもあります。これら以外にも幾通りもあるでしょう。

「あまロス」の耐えられない軽さ

そして実際、「あまロス」に甘んじていない人は、代表的な“処方”としては自分のお気に入りの回やシーンを何度も見返すのを筆頭に、上のどれかの手段、あるいはまたそれ以外の手段で、とっくに行動に出ているはずです。違うでしょうか?

それをしない人は、お金その他もろもろの要因で、アクションに移すのがためらわれるのでしょうか。

だったらあなたの「あまロス」の値打ちなど、それらのコストにすら及んでいないということです。

ずいぶんと安い内心をお持ちなんですね。

「あまロス」の耐えられないアホさ

自分のことを指して「あまロス」なんていけしゃあしゃあと言っている人は、アホにしか見えません。

なぜって、

  1. はじめから来ることがわかっていて、
  2. しかも事前に防げたはずで、
  3. さらには突発的な急性症例も含め、対応するための“処方”も複数用意されている。

にもかかわらず、これらに関わるアクションを何ひとつとして取らず、ただただ「あまロス」と言ってしまっているわけですよね。

なんなんですかそれ。迷惑です。アホは結構ですが、迷惑な部類のアホです。

何が迷惑かって、「あまロス」と言うに至るまでのそのようなありさますらをも一緒に見せつけられること、それが迷惑なんです。

やめてほしいわ。アホがうつるから。

そう言いたいだけなら、言い方が違う

もしかしてだけど、ただただ「あまロス」と言いたいだけ、そう表明することで、ちょっとした自己憐憫をひと様に見せたいだけってことなんでしょうか。

だったらそのような粗雑な言葉遣いなどせずに、「あまちゃんが終わって寂しい」と言えばいいのです。

「あまちゃんが終わって寂しい」と言われれば、僕はその言明には同意しませんが、言明に至るその気持ちは理解できます。

それでも「あまロス」ですか?

ここまでで「あまロス」の嫌いさ加減、ならびにそれが粗雑な言葉遣いであることを述べてきたつもりです。

ここで積み重ねてきた議論をふまえた上で、それでもなお「あまロス」などと言ってしまう人がいるとするならば、もう度し難いです。

ほんと、どこまで「あまちゃん」なんですか。

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