人の結婚・離婚に「電撃」と付ける頭の悪さが嫌い

こんにちは。ヘイトスピーチのブルーオーシャンを目指します。

大きなお世話でしょうが、20年来「嫌い」が継続しているので書いておきます。

「電撃結婚」「電撃離婚」という言い方の頭の悪さ加減についてです。嫌いです。

※写真と本文は関係ありません。

この記事で言いたいこと

世の中には、いろんな言い方で間接的に「私は頭が悪いです」と公言する人がいます。

たとえば、人の結婚や離婚に「電撃」と付けて、「電撃結婚」「電撃離婚」と言ってしまう人がそうです。

かわいそうな人です。やめた方がいいと思います。

頭が悪いことに罪はないですが、なにも好んで自分の頭の悪さを公表しなくてもいいのになと思ってしまいます。

「電撃結婚/離婚」の頭の悪さ:その理由

「電撃結婚」「電撃離婚」という物の言い方を頭が悪いとする理由は、大きく2つあります。

  1. 世の結婚・離婚は、ほぼすべて「電撃」ではないこと
  2. その結婚・離婚が「電撃」であるかは、究極には当事者しか知り得ないこと

したがって、人の結婚・離婚に「電撃」と付けるのは、どちらの意味でも99.9%的外れです。

そうでないものをそうであるかのように言いつのるのは、頭のいいふるまいではありません。

記述プラン

何かを「電撃」というとき、

  1. 急速であること
  2. 衝撃的であること

この2つが要件になっているとしてよいかと思います。

しかし、

  • 結婚は、急速に行えるものです。
  • 離婚は、総じて結婚よりも急速には行えません。
  • 世の結婚・離婚については、ほぼすべてのケースで、当事者にとって衝撃的でもなんでもありません。

以上を詳しく述べていきます。

理由1.世の結婚・離婚は「電撃」ではない

世の結婚・離婚は、総じて「電撃」ではありません。

出会って○秒で合体

突然ですが、人は、出会って何秒で合体できるのでしょうか?

「出会って○秒で合体」と題するAVシリーズがあります(18歳未満の人は検索しちゃダメですよ)。

ざっと見た範囲では、○に入る数字は5、4あたりが多かったです。3はまれで、3未満は見当たりませんでした。あまりに値が小さいとリアリティがなくなるからでしょうか。

出会ってからだいたい4~5秒で合体できるというのが、業界での落としどころのようです。

(2015/01/15 追記)のちに「2.5秒」というのを見かけました。コンマの領域に入ってきました。

出会って○秒で結婚

それでは、人は出会って何秒で結婚できるのでしょうか?

究極には、0秒、または、マイナス秒です。すなわち、

  • 出会った時点で、既に結婚が決まっている

というケースです。2、3世代前までなら、極端に珍しい話でもありません。写真だけで、時には写真も見ず、親の決めた相手と結婚するというのも、よく聞いた話です。

結婚して○秒で離婚

「成田離婚」という言葉もありますが、人は結婚して何秒で離婚できるのでしょうか?

それを探るための最も信頼できるデータとは、恐らく厚生労働省の人口動態統計でしょう。

秒単位ではなさそう

しかし残念ながら、そこでは、離婚統計のうち「結婚生活に入ってから同居をやめたときまでの期間」の区分の最小が「1年未満」となっています。
※「別居までの期間」なので、厳密には離婚の前段階です。

ちなみに、2013年の総離婚件数(231,383件)のうち、6.6%(14,333件)が「結婚から別居まで1年未満」に該当します。
※出典:人口動態調査 > 人口動態統計 > 確定数 > 離婚 > 年次 > 2013年 表10-5(e-stat.go.jp)

粗い推論ですが、別居まで「1年未満」でも全体の1割に届かないのですから、離婚はなかなか秒単位でできることではない、としておきます。

小まとめ1

  1. 結婚は、急速に、短時間でも行えます。したがって、急な「電撃」であろうと、大して衝撃はありません。
  2. 離婚は、結婚よりも時間がかかります。したがって、そもそもが「電撃」とはなりえません。

理由2.その結婚・離婚が「電撃」であるかは、当事者しか知り得ない

「電撃」の持つ意味のうち、今度は「衝撃的」の側を検討します。

その結婚・離婚が「電撃」であるかは、究極には当事者にしか知り得ない事柄です。

結婚・離婚は、たいてい衝撃的でない

まずは当事者目線で考えてみます。経験者なら承知のことでしょうが、その当事者にとって、結婚・離婚というのは、衝撃的でもなんでもありません。

結婚にしろ離婚にしろ、そこへ踏み切るには、本人の中で一定の確信と決断があるはずです。

それを第三者が「電撃」と呼ぶというのは、とりもなおさず、その第三者が当事者の内的プロセスを共有できていないからにほかなりません。

無責任かつ無礼な態度とも言えます。

「電撃」となるケースもあるが

むろん、中には当事者自身が「電撃」と呼びたい結婚・離婚もあることでしょう。

何か大きな流れにでも巻き込まれたかのように事態が急展開をみせ、「自分でもなんでこうなったかわからない」ような結婚や離婚、そんなケースです。

その「電撃」は、当事者のみぞ知る話

しかしそれも、「当事者のみぞ知る」類の話です。

第三者が、その結婚・離婚を指して「電撃」と称せるレベルにまで、彼ら彼女らの内的プロセスを共有できているかもまた、きわめて疑わしいです。

小まとめ2

したがって、当事者しか知り得ない衝撃的な事柄を知る由もないところで、第三者が「電撃」と言えるはずがありません。

「電撃」の翻訳

以上から、「電撃結婚」「電撃離婚」というものの言い方で、本当は何と言っているかを翻訳してまとめておきます。

「驚きました」

それは単に、その結婚・離婚の知らせを聞いた第三者が「驚いた」と言っているにすぎません。

「あなたに関心を持っていなかったからです」

そしてなぜそれが「電撃」になるか、すなわち、その結婚・離婚に驚くのかというと、ふだんその人物(結婚・離婚の当事者)について、ほとんど関知していないからです。

ふだんまるで関心を持っていないから、そこへ至るまでの一切を検知していたはずもなく、「電撃」になってしまうのです。

「なのに驚いて騒いでいます」

驚くのは当然です。なのに驚いた結果騒いでいるのです。

騒ぐ資格はあるんでしょうか。アホっぽいです。

付記:有名人とマスコミのケース

芸能方面を中心に、マスコミも人の結婚・離婚に「電撃」をよく使っています。

これは、同様に頭が悪いからか、わかっていてもあえてやっているかのどちらかです。

マスコミの人は騒ぐのが仕事です。芸能人・有名人は、騒がれることが仕事につながります。事態を大きく見せたい点で、利害が一致しています。

商売で騒いでいるケースも含め、一般人がその頭の悪さまでまねしなくていいです。

まとめ:「電撃」とは、あなただけの話

つまり「電撃結婚」「電撃離婚」といっても、聞いて驚いたその人にとって「電撃」であるだけで、まったく普遍性がありません。

誰かの結婚や離婚に驚くことは、まったく悪くありません。

しかし自分の目線だけで、他人事の結婚・離婚のことを、さもその結婚・離婚自体がそうであるかのように「電撃」を付けて呼んでしまうのは、頭の悪いふるまいとしか言いようがありません。

というわけで私は「電撃結婚」「電撃離婚」の用例を見聞きするたびに、

ああこの人、自分の頭の悪さを晒しているのに気づかないんだなあ。かわいそうな人だなあ。

と、あわれんでいるのでした。

ご静聴ありがとうございました。

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