25年後の教師像を考えてみました―7月14日「あすなろラボ」林修さん授業感想(12)

こんばんは。林修ナイトの時間です。

「あすなろラボ」授業の感想シリーズ、その12です。

学校の先生は大変という話から、「教師生活25年」でおなじみの「ど根性ガエル」町田先生になぞらえて、25年後の教師像、さらには学校像を考えてみました。

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学校の先生の機能

林さんは放送内の授業で、学校の先生は次の2つをやらないといけないから大変だと話されていました。

  • 生活指導
  • 学習指導

もっぱら学習指導だけ、自分であれば現代文1科目のみでいい予備校講師と比べると、負担が違いすぎるといった話でした。

結論

結論から述べると、現行の教員免許は無用になります。これから教師に求められる要件が大きく変わってくるからです。

方向性は逆だと思う

林さんは「いい学校にするかしないかのひとつのポイントとしては、生活指導でいかに先生に負担をかけないか」ということも話されていました。

未来の先生像、ひいては学校像を考えてみると、方向性はまったく逆だと思います。大事なのは、生活指導です。

教師への負担の配分を設計し直す

大きすぎるいまの先生の負担をどう再配分するかを考えてみます。

生活指導

学校での教員の役割は、生活指導中心になります。後述しますが、教員の学習指導のウエイトが下がる、極論を言えばゼロになるからです。

となると、生活指導の役割を担うのは必ずしも現行の「教師」的な人物でなくていいはずです。

具体像が明確にあるわけではないですが、デザインの方向性としては、教育を受ける側にとって、異なる世代、異なる階層との接点を増やすことです。たとえば7月28日放送分の「延長戦」で林さんが話されていた、小学校の半分を老人ホームにするのも一案だと思います。

林さんが提唱されていたように、「姿勢」を徹底的に指導するのもいいでしょう。それを行うのは、現行の教師である必要はありませんね。

学習指導

現行の教師への配分比率は、ゼロでいいです。

学習指導の役割を担うのは、次の2者です。

1.IT

前にも少し書きましたが、学習指導は大半をITにまかせればいいです。ちょうどいま、東進ハイスクールで行われているような形態です。

学習指導のうち、「学習コンテンツの提供」は、少数の優れた提供者からのコンテンツに集約化される「アルファ化」が不可避です。

現行でも、標準として文部科学省で定める学習指導要領があります。優れた学習コンテンツ提供者は、それプラス、こうすれば効果的に身につくといったような、有効なメソッドを含めての提供ができるでしょう。

で、いまのIT機器の性能であれば、「アルファ」の提供者からのコンテンツで学習が十分可能です。

極論を言えば、高校の現代文を教える人は全国に「今でしょ!」1人だけでいいわけです。

さらに極論を言えば、たとえば「シェイクスピアの素敵な悪口」といった講義なら、教える人は世界に1人でいいです。具体的に誰が適任かは存じませんが(林修さんではないと思います)、その方が世界共通語の英語で講義すればいいのです。

優れた提供者からのコンテンツの完成度は、並の教員には太刀打ちできませんし、そこで競うものでもないです。

2.学習者―ピアラーニング

役割を担うもう一者が、学習者自身です。「ピアラーニング」発想を組み込むということです。というのも、何かの理解を深めるのに効果の高い方法が、教えることだからです。

教える側が教えられる側より圧倒的に理解に差がある必要はありません。「圧倒的」な役割は、ITにより提供されるコンテンツが担います。

教えられる側に近い立場の人が教えるメリットもまたあります。新入社員の指導でも、適任なのはおっさんではありません。年の近い、この間まで新入社員だった社員です。

東進ハイスクールでも、少し前まで受験生だった大学生がスタッフとして活躍しているようで、彼らの働きや優秀さは、林さんもブログで何度となく高く評価されています。

後追いですが

ということで、ほとんど東進ハイスクール・東進衛星予備校でやっているスタイルの後追いですが、かなり最適化された形だと思います。

まとめ:25年後の学校の姿を夢想してみた

述べてきたような25年後の教師像に基づいて、その頃の学校がどんな形になってほしいか夢想してみました。

学習指導

  • ITベースで、優れた提供者からのコンテンツを利用して行う。
  • 学習者同士が互いに、ないしはごく近い年長者(たとえば、6才に対して7才だとか)が教えることで理解を深める。
  • 「教員」は進捗を見守るマネージャー、ないしはアシスタント的な役割。

生活指導

  • いろんな人がゆるくそばにいる。老人がうろうろしていてもいいし、誰かの仕事場があってもいいかもしれない。
  • 林さんの意見をいただいて、「姿勢」だけは徹底的に指導する。
  • 生活面でほかに何を教える、というのは特に決めない。いろんな人が、いろんなやっていいこと、いけないことを伝えればいい。互いに矛盾もあっていい。世の中そんなもん。

付記

集合して教育を行う「スクール」という形は、引き続きとりあえずは基本に据えたままでいいと思います。

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