こんにちは。デザイン芸人「デザインや」です。
今さらですが、似てるか否か、模倣・盗用か否かの論議に入る前の、周回遅れの議論をします。
例のエンブレムの原案とヤン・チヒョルト展のアレの話です。
画像は、五輪エンブレム:「オリジナルと確信」…組織委、原案公表|毎日新聞(2015/08/28付)から
この記事で言いたいこと
疑問です。
ヤン・チヒョルト展のアレは、「ロゴ」なんでしょうか?
ダイジェスト
以下、当記事のダイジェストです。
- 「ヤン・チヒョルト展のアレ」 → 主に「会場外ディスプレイ」「ポスター」「図録」の3種
- 「ロゴ」の辞書的意味 → 個性的で独特な字体
- ヤン・チヒョルト展の「J. T.」→〈Waddem Choo NF〉(2009)、または〈Transito(Transit)〉(1931)
- 〈Transito〉には、類似のタイプフェイス〈Futura Black〉(1926)あり
- 再び問う:アレは「ロゴ」なの?
ヤン・チヒョルト展のアレ
「ヤン・チヒョルト展」は、2013年11月(1日~26日)に、ggg(ギンザ・グラフィック・ギャラリー)で開かれました。
用例を見ると、アレはだいたい3種類あるようです。
会場外のアレ
ニュースリリース > 【ggg】Jan Tschichold ヤン・チヒョルト展 会場写真アップしました。(2013/11/02付)
ポスターのアレ
スケジュール > 第327回企画展 Jan Tschichold ヤン・チヒョルト展
図録のアレ
ニュースリリース > 【ggg】Jan Tschichold ヤン・チヒョルト展 図録(2013/12/01付)
監修:白井敬尚 デザイン:白井敬尚形成事務所
チヒョルト展カタログできました。 pic.twitter.com/SRktDqXhoN
— 白井敬尚 y.shirai (@yskeisei) 2013, 11月 13
ということで、チヒョルト展のアレのデザインは、どれも白井敬尚形成事務所によるものと言えそうです。
辞書で「ロゴ」って引いてみた
国語辞典の「ロゴ」の説明です。
社名やブランド名の文字を個性的かつ印象をもたれるように,デザインしたもの。ロゴ。(大辞林「ロゴタイプ」)
社名・商品名などの文字を個性的な書体でデザインしたもの。(明鏡国語辞典「ロゴ」)
会社名・商品名などを独特の字体・デザインで表したもの。ロゴ。(広辞苑「ロゴタイプ」)
「個性的」「独特」な「字体・デザイン」というあたりが共通項みたいです。
となると、原案とアレとの類似が取りざたされているのは、「T.」の部分となりそうです。
ヤン・チヒョルト展の「J. T.」
- オリンピックロゴとヤン・チヒョルトのWaddem Choo NFのこと|美術博士 純丘曜彰教授のドイツ大学講義日誌(2015/08/30付)
によると、ヤン・チヒョルト展の「J.T.」の字体(タイプフェイス)は「Waddem Choo NF」らしいです。
www.myfonts.com/fonts/nicksfonts/waddem-choo-nf/
で任意の欧文テキストを入れられるので、試しに作ってみました。
それっぽいです。
NFの意味
同じく「オリンピックロゴとヤン・チヒョルトのWaddem Choo NFのこと」からです。
Waddem Chooの後についている"NF"だが、これは、Nick’s Fontのこと。ニック・カーチスという1948年生まれのじいさん、じつはこの業界ではものすごい。
先見の明があって、1997年から、図書館や博物館で調べまくり、これまでの世界中の歴史的著名フォントの数々をデジタル・リデザインした。
純丘曜彰さんというと、前にアレな記事を書いていた方ですので(参照:五輪エンブレムは超弩級の傑作!―全力応援!プロジェクト(3)(2015/08/30))、他のサイトの情報とも照合してみました。
www.myfonts.com/person/Nick_Curtis/
と突き合わせてみると、記述内容はだいたい合っているようです。
Waddem Chooは誰の命名?【未確認】
ただ、
Waddem Chooは、ペンギンブックスのリデザインなどで世界的に著名なヤン・チッヒョルトが、ムダの無い機能美モダニズム・タイポグラフィーを提唱し、自分のTransitoフォントを改良して発表した1931年の超古典的フォント。
は怪しいです。
「Waddem Choo」がヤン・チヒョルトの命名か、ないしは1931年に存在していたかは、確認できませんでした。
Transit and Transito (1931). Transito has been remade by Nick Curtis in 2009 as Waddem Choo NF, and by Paulo Heitlinger in 2008 as Transito
出典:Jan Tschichold|luc.dvroye.org
という記述からすると、系譜上「Waddem Choo」はCurtisさんが名付けたようにも受け取れます。
現段階では正否の判断を保留します。
続「J.T.」:〈Transito〉と〈Futura Black〉
チヒョルトの〈Transito〉
(Transito: luc.dvroye.orgより)
と類似したタイプフェイスに、〈Futura Black〉がありました。
(Futura Black: MyFonts.com > Futura(R) ND Black より)
よく似ています。
初出は1926年
fontsinuse.com/typefaces/7655/futura-black
によると、〈Futura Black〉のオリジナルは1926年のリリースのようです。Designersは、「Josef Albers」「Paul Renner」となっていました。
記述を信じるなら、1931年の〈Transito〉よりこちらの方が早くから存在したことになります。
使用例
サンプルとして挙げられていた〈Futura Black〉の使用例です。
TETRIS(1989)www.nintendo.co.jpより
チヒョルトの〈Transito〉との関係についてまでは調べきれていません。現在のところ不明です。
まとめ:再び問う。「ロゴ」なの?
- ヤン・チヒョルト展のアレを「ロゴ」と呼ぶこと
- アレと原案の両者を「酷似」、あるいは「パクリ」「模倣」「盗作」「剽窃」と評すること
人の認知の枠組みってそういう感じなのね、という感慨はあります。ただ私はものわかりが悪いので、話についていけてません。
原案とヤン・チヒョルト展のアレとの類似が問題視されるなら、次のそれぞれについても、相似形の疑問が起こります。
すなわち、
- 白井敬尚形成事務所のデザインと、チヒョルト(Transito)の「J. T.」は?
- 〈Waddem Choo NF〉と〈Transito〉は?
- 〈Transito〉と〈Futura Black〉は?
それぞれどうなのよ? という疑問です。
確かにヤン・チヒョルト展の「J. T.」の字体は「独特」で「個性的」ですが、既存の文字セットの一部であり、(適正な使用条件はあるでしょうが)独占的に使われる性質のものではないはずだからです。
それと、もし私がデザイナーだとして、「原案がヤン・チヒョルト展のアレと激似だけど、どうなの?」に答えるならば、「パクったけど、パクったからなに?」です。
ことの是非はその先の議題ということで。
パクリに対する私の考えは、過去記事:ヒット曲を例に「パクリ=悪」という世の認識を変えたい件【五輪エンブレム問題】(2015/09/08)をご覧ください。
とりあえずそんなところです。
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