マジで「恋愛」を語りたいなら絶対に外せない1冊―9月15日「あすなろラボ」林修さん授業感想(10)

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こんばんは。林修ナイトの時間です。

「あすなろラボ」授業の感想シリーズ、その10です。おすすめ本の紹介です。

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マジで「恋愛」を語りたいなら、まずこれ

マジで「恋愛」を語るにあたっての必読書とは、『翻訳語成立事情』(柳父章, 1982)です。

本書の「5」で取り上げられているのが、「恋愛」です。恋愛論の原点とするべき、非常に重要な議論です。

こう始まります。(下線は引用者)

 「恋愛」とは何か。(略)いろいろの定義、説明があるであろうが、私はここで、「恋愛」とは舶来の観念である、ということを語りたい。(略)
 なぜか。「恋愛」もまた、「美」や「近代」などと同じように翻訳語だからである。この翻訳語「恋愛」によって、私たちはかつて、一世紀ほど前に、「恋愛」というものを知った。つまり、それまでの日本には、「恋愛」というものはなかったのである。(p.89)

本書で展開されている議論をふまえずにどれだけ恋愛を論じようとも、ことの皮相をなぞっているにすぎません。

「恋愛」成立によるひとつの到達点

著者の柳父さんは、辞書や雑誌などの幕末、明治期の諸文献を丹念にたどり、「恋愛」という翻訳語の「成立事情」を解き明かされています。

そしてそのなかで、ひとつの到達点として「重要な論文」としているのが、北村透谷の「厭世詩家と女性」(1892)です。

引用されている冒頭部分をこちらでも引いておきます。テキストは青空文庫から取りました。

恋愛は人世の秘鑰(ひやく)なり、恋愛ありて後(のち)人世あり、恋愛を抽(ぬ)き去りたらむには人生何の色味かあらむ

「鑰」の字は「かぎ」の意だそうです。よって「秘鑰」というのは「秘密・謎を解明する手がかり」(明鏡国語辞典)という意味になります。

上の文は、要は「恋愛こそ人生。恋愛なくして何の人生か」みたいに言ってるわけですね。

連なる系譜

明治期に誕生したこの思想の系譜は、現代の林修さんにも連なっています。今回の恋愛論の授業で、林さんはこのように言われていました。

林「でもね、やっぱり人生において恋愛しないなんてありえないと思うんですよ。それがなかったらいったいなんのためか」

こういう思想の裏側に、「恋愛」という翻訳語が生まれ成立したという事情がある。それを『翻訳語成立事情』は教えてくれます。

裏を返せば、「恋愛」がなければこのような思想は生まれ得なかったとすら言えます。

「彼・彼女」の章もあわせてどうぞ

本書には全部で10の翻訳語の成立事情が述べられています。恋愛を論じたいならば、「恋愛」に加えて、「彼・彼女」の章もあわせて押さえておくのがよいでしょう。

こちらからは以上です。

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