国語辞典たちが「漫才」に課すムダ条件、「二人」

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辞書には変なことも書いてある。ムダ話もまじえつつのそんな話です。

要約:Executive Summary

手元で見られる国語辞典すべてで、「漫才」は「二人」と指定されていました。

え?と思ってさらに他を探しても、どれも「二人」でした。

国語辞典業界の「漫才」って「おふたりさま限定」なの?

いくらコンビ=2人が漫才のデファクトスタンダードであろうと、心に残る古今のトリオ漫才が何組も挙がる私には、実に奇妙なことです。実質無害っちゃ無害だけど、ヘンなの。

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※トリオ・ザ・テクノ 『40 ymo 1979-2019』より

「二人」づくしの国語辞典「漫才」

突然ですが、みなさんは辞書で「漫才」を引いたことがありますか?

たぶん世間の9割以上の人は、ないと思います。必要に迫られることもないだろうし、それほど物好きでもないでしょう。

一方、物好きの私は、これも物好きとしか言いようのない事情で必要に迫られ、手元で参照できる辞書すべての「漫才」を引くこととあいなりました。

その語釈から抜粋します。※強調・下線はヤシロ

  • 二人が掛合いで滑稽な話をかわす演芸。(広辞苑 第七版)
  • 二人で滑稽な問答を中心に演じる寄席演芸。(大辞林 4.0)
  • ふたり一組みの芸人がこっけいな話を言いあう演芸。(三省堂国語辞典 第七版)
  • 二人の芸人がこっけいなことを言い合って、客を笑わす寄席演芸。(コトバンク>デジタル大辞泉)
  • 寄席演芸の一つ。二人の芸人がしぐさや言葉で観客を笑わせる演芸。(コトバンク>精選版 日本国語大辞典)
  • 二人の芸人が滑稽(こっけい)な掛け合いを演じて客を笑わせる寄席演芸。(明鏡国語辞典)

驚きました。全部が「二人」限定です。え?と思って、他の辞書もそうなのかTwitter検索からさらに探してみました。正味の話、孫引き。ごめんちゃい。

  • 二人でおかしい事を言い合いながら客を笑わせる演芸。(新明解国語辞典 第八版)
  • 万歳から発し、ふたりの芸人が、こっけいな話を交わす興行物。(岩波国語辞典 第七版)
  • 二人の芸人がこっけいな掛け合い話をして客を笑わせる演芸。(旺文社国語辞典 第十一版)
  • 二人一組みとなって滑稽な対話をする寄席演芸。(講談社日本語大辞典)

そんななか、漫才の「人数要件」に私が賛同できたのは、見た中ではWikipediaだけでした。

漫才(まんざい)は、2人ないしそれ以上の複数人による寄席演芸の一種目。通常はコンビを組んだ2人によるこっけいな掛け合い、言い合いで客を笑わすものを言う。

漫才 – Wikipedia ※太字原文。下線は引用者

コトバンク>世界大百科事典 第2版「漫才」の記述がベースである由。

ともあれ、妥当だと思います。

漫才が「コンビ限定」な国語辞典たちへの違和感

まずは手紙文スタイルでつづります。

前略 国語辞典たちよ、聞こえますか。

漫才の人数について、2人が最適解であることに私も異論はありません。「コンビ」が漫才の圧倒的マジョリティであることも事実です。実際、2001年の第1回大会以来、歴代のM-1グランプリチャンピオンもすべてコンビ=2人組です。

ところで、そのM-1グランプリ2021の出場資格が「2人以上の漫才師」となっていることをご存知でしょうか。2人「以上」ですから、論理的には100人でもいいのです。

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※画像は2019「使い道2倍」ネクスタウィズ編|YouTube(2019/09/12付)より

M-1グランプリの参加料は「1組2,000円」(参加規定)なので、100人でワリカンしたら1人たったの20円! さすがイナバ!

よし。100人でやる「イナバ物置漫才」のためのネタ、書いてみるか。書くぞ。

参加規定だとふむふむ、1回戦のネタ時間は2分か。となるとオチはやっぱり「100人乗っても大丈夫!」ですな。

ん?ちゅうかまず予選会場のステージに100人上がれるんか? ギリいける? いや、人がいけても物置があかんか。って、物置の上でやるつもり? そりゃ「イナバ100人漫才」のそこは譲れんでしょ。となると外?野外?フェス?フェス漫才?

などなど、森山みくりみたいな妄想はこれぐらいにして。

実際100人とはゆかずとも、かつてM-1グランプリ2006決勝ではザ・プラン9が5人による漫才を演じたこともありましたよね(実験的な色合いも多分にあったのは確かですが)。


さて、そこそこ長く生きてきた人生をふり返ってみますと、3人ないし4人での漫才は古今東西何組も浮かびます。

昭和期ならば、レツゴー三匹、かしまし娘、チャンバラトリオ。

1980年代から90年代にかけてならば、トリオ・ザ・テクノ、アンドレカンドレチンドレ、妖怪人間。

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※妖怪人間(1993-1994)

そして令和の当代ならば、四千頭身、ぼる塾。などなど。

もしもこれらのトリオないしカルテットを組む古今の漫才師たちに、「わしら/うちらでやってんの、漫才とちゃいますのん?」と詰め寄られたなら、国語辞典たちはどう申し開きするつもりなのでしょうか。

ご自愛ください。かしこ

大阪の国語辞典イベントでもツッコミなし?

Twitter検索していると、2019年のイベント「国語辞典ナイトin大阪」で「漫才」の語釈比較をやっていたことを知りました。

先ほど孫引きした語釈の一部も、こちらから頂戴しました。

国語辞典の「漫才」をいじるイベントが実際あったわけですね。となると突き止めたいのは、国語辞典たちの「漫才」をムダに2人と縛っている、その自覚が当の国語辞典界隈にあるかどうかです。

結論だけ述べますと、わかりませんでした。当時のレポート記事も少し探してみましたが、不調に終わっています。

ただ副次的情報として、こんなツイートがありました。

そうなんですね。「苦手分野」が事実ならば酌むべき事情ではあります。蛇足ながらこのツイートは、漫才ネタ内の呼称に関するツッコミも、細かすぎますが的確です。

ただ私も細かいのでツッコんでおきますと、「夢路いとし喜味こいし」じゃなくて「夢路いとし先生」「喜味こいし先生」です。

気がかりな国語辞典の「漫才コンビ」ショービニズム

国語辞典たちの「漫才」がことごとく、むやみに2人に限られているという話でした。

こんなことでは、「広辞苑にそんなことは書いてない」「漫才は二人」などと呼号しながら、漫才無産階級が国語辞典を片手に束になってトリオやカルテットの漫才を否認し排除する。そんな事態の出来も危惧されます。

国語辞典が毛主席語録だったら、まんま紅衛兵です。

遠くない将来、ほんの些細なきっかけで現代の紅衛兵が台頭し、漫才文化大革命よろしく、反動勢力による弾圧すら起こりかねません。

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1967年的红卫兵 from commons.wikimedia.org

造反有理! マヂカルラブリー! (←なぜか韻が踏める)

これも妄想が過ぎました。

こと「漫才」に限ればそんな危惧は戯言の類、まさに杞憂でしょう。紅衛兵、いや、ふつうの一般人は「漫才」を辞書で引きはしないからです。けれども、ひとたび辞書の中に排除の構造が温存され隠れ潜んでいることを知ってしまうと、どうにも引っかかります。

仄聞するに、M-1グランプリ2020を勝ち取ったマヂカルラブリーの漫才に「あれは漫才じゃない」の声もネット世間から上がったとか上がらなかったとか。一種のストレス反応が引き起こした現象にも思えますが、詳しい話はまた今度したりしなかったり。

付記:私が「漫才」を辞書で引いた理由

おしまいに、私がなぜ「漫才」を辞書で引く必要に迫られたかを述べます。

もうそろそろ、日本語警察も「一人で斉唱」を認めてもいいのではないか。近ごろそう考えるようになりました。その旨を書いた記事がこちらです。

人民よ、「一人で斉唱」警察どもを追い返せ!【前編】
右や左の日本語警察のダンナ、 もう、「一人で斉唱」認めていいんじゃないですかね。 「国歌斉唱するMISIA」 これが一般人民のリアルな言語感覚なのですから。

なぜ認めるに至ったかのロジックを順に説くと長くなりそうだったので、一度区切って前後編に分けました。そして後編へ続けるべく考えを詰めてゆく中で、「ひとりではできないこと」の例として思い浮かんだのが「漫才」でした。

世の中に「ひとりコント」はあっても、「ひとり漫才」は今のところありません。

先述のM-1グランプリ2021の出場資格も「1名(ピン)での出場は不可」となっています。

でもなんで?

なぜ、ひとりで漫才はできないの?

考え出すと実に不思議です。

しかし一応の答えは出せました。実はそこがコントと漫才の最大の違いだったのでした。その話も、いつかどこかで。

そんなところです。

コメント

  1. 庄内拓明(tak-shonai)と申します。
    この件に関して、当ブログでも少々考察させていただきましたので、よろしければご覧ください。

    https://tak-shonai.cocolog-nifty.com/crack/2021/07/post-d3a390.html

    • ヤシロタケツグ より:

      庄内さま
      コメントありがとうございます。

      ご紹介の記事拝読しました。
      “「トリオ芸」は「漫才」の範疇からはみ出すのではないか”
      なるほどそういう見方もあるわけですね。

      2人が漫才の王道なのは同意しますが、それに限られてもなあと、
      記事本文のくり返しになりますが、そんな心持ちです。

      千秋万歳にも触れながらの上方漫才90年史を講義する計画もひそかに温めていますが、いつになるか。

  2. ながさわ より:

    はじめまして。楽しく拝読しました。

    私も手元の辞書を引いてみました。唯一『学研現代新国語辞典』が
    「二人以上で、こっけいな掛け合いを演じる寄席演芸」としていました(改訂第6版)。

    また、『三省堂現代新国語辞典』は、語釈では「二人ひと組みの」としていながら、
    用例で「トリオ漫才」を挙げています(第6版)。

    • ヤシロタケツグ より:

      ながさわ様
      コンタクトははじめましてですが、
      藪医者の嘘語源以来、「四次元ことばブログ」などのお噂はかねがね目にしております。

      “唯一『学研現代新国語辞典』が”
      貴重な情報提供ありがとうございます。ながさわ様の「唯一」には、重みがありますね。

      本文に書いたとおり、「二人」に限定してしまってる辞書ばかりで驚いたのが記事の発端です。
      うっかり相互参照してしまってるんですかね。
      かつての「爆笑」のように、ムダな人数指定を是正するかしないか、遠巻きに見守っていきたいと思います。

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