注解・「中辛」の日本史

こんにちは。

カレーの「中辛」と「辛口」って、どっちが辛いの?

とスーパーの売り場で混乱してしまう嫁のため、愛情たっぷりの甘~いカレーをつくる代わりに、日本の「中辛」史を調べました。

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※写真と本文は関係ありません

調査の結果、そこそこ中辛に詳しいブログになれたと自負しております。とはいえネット検索に終始しての調査の品質は大甘です。諸業界の諸姉諸兄による辛口のツッコミを歓迎いたします。

そんなデザイン芸人の自由研究です。

業界別・日本「中辛」史

5つの業界の事例から、本邦「中辛」史の解明を試みます。

  1. カレー
  2. 塩鮭
  3. 辛子明太子
  4. 麻婆豆腐
  5. 七味唐辛子

【調査結果】はじめての「中辛」

業界ごとの「中辛」初登場は、おおよそ次の年代です。

  1. カレー:1983年
  2. 塩鮭:1990年代(推定)
  3. 辛子明太子:※ネット調査では不明
  4. 麻婆豆腐:1978年
  5. 七味唐辛子:遅くとも大正年間(1910年代)

総評

日本の「中辛」業界の発展は事前の予想よりもずっと遅く、1980年代以降に本格化したことがわかりました。

「中辛」業界の発展は、需要と供給の両サイドでそれぞれ

  • (需要側)「味覚の多様化・細分化」
  • (供給側)「加工技術の進化」

が背景として整ったうえで生じたものと考えられます。

以下、各論に移ります。

1.カレー

まずはカレー業界です。

次の2つの資料が、1983年、ハウスバーモントカレー〈中辛〉の発売を、業界初としています。

(1つめ)

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出所:ゲットナビ編集部『ヒットメーカー100人の創る戦略売る戦略』(2013)p.078|Googleブックス

「ハウス食品の開発担当者」白水崇さんが登場していました。

(2つめ)

こちらは、ハウス食品の宮奥美行さんによる講演録からです。

…辛口を1972年、中辛を1983年に発売しています。中辛は今でこそ当たり前に使っていますが、それまでは甘口と辛口しかなく、1983年に初めて登場します。

出典:特別記念講演「商品創りの面白さ~バーモントカレーを事例に~」|大阪商業大学

肩書きは「事業戦略本部 食品事業一部長」でした。日付がはっきりしませんが、肩書きと講演内容に照らして2013~2015年のどこかと思われます。

補論1:カレー「中辛」前夜

ハウス食品 > ハウスのカレー物語の各コンテンツによると、

先にこうした環境整備があっての中辛カレーの誕生だととらえられます。

ちなみに、ハウスの辛味順位は5段階が基本ですが、

ただし、特別に辛いカレーの場合は、辛味順位は「5」以上の表示もあります。

となっており、「7」の存在まで確認できています。別途記事にしました。

ハウス食品・辛さランク「6」以上のカレー全集(2016/06/29)

補論2:カレー「中辛」1983年起源は本当か?

さて、中辛カレーの登場が1983年という調査結果には、中高年の諸氏から「そんな最近か?」「いや、もっと前からあったんじゃないの?」と訝る声も出るやもしれません。事実、私自身がそうでした。

たとえばWikipedia「ボンカレー」の「過去に発売されていた商品」には、こうあります。

ボンカレー ファイブスター(中辛、辛口)

1981年発売。CMには当時歌手の松本伊代を起用。「涙が、出ます」篇や「だってらっきょうが転がっちゃう」篇が有名。

1981年の時点で中辛が存在していたような書きぶりです。

しかしながら、こちらの映像を確認するとWikipediaの記述が誤っているようです。

CM 大塚食品 ボンカレーファイブスター 1982年(2014/10/13 公開)

ラインナップは「おお辛」「辛くち」「甘くち」となっていました。

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中辛は出てきません。

ということで、弊社調査ではハウス食品の社員/役員さんが自称する1983年のバーモントカレー〈中辛〉より古い事例は確認できておりません。

しばらく反例を待って、確定判断をします。

2.塩鮭

塩鮭業界では、「定塩加工」と呼ばれる技術が普及した1990年代に「中辛」が登場したと考えられます。

当記事では簡潔にビフォー&アフターのみ記します。

Before:塩引き鮭の製法

越後村上うおや > 塩引き鮭「鮭のまち・村上伝統の手作り製法」からです。

塩引き鮭は、選び抜いた最高の秋鮭(雄鮭)を、1週間ほど塩漬にした後、水出し塩抜きをして丁度良い塩加減に調製します。次に真冬の日本海の寒風に一週間陰干しにしてようやく完成します。これは鮭のまち村上の独特の製法です。
※鮭と塩のみを原料に、保存料・添加物を一切使用していません。

塩こそが何よりの保存料・添加物じゃねーの?というツッコミはさておいて、ともかく手間ひまかける伝統的な製法では、塩加減にバリエーションを付けるという発想はありません。

After:インジェクション

あいだの説明を目いっぱいはしょります。

「中辛」塩鮭の登場には、インジェクションと呼ばれる技術が貢献しています。

株式会社ニッコーのインジェクター「NSI-240」の製品紹介からです。※下線は引用者

味付け時間の短縮・調味液のロスが少ない・歩留りアップ・濃度コントロールが可能などの他にも製品が美味しくなるというメリットがあります。

定塩フィレの製造の他、調味液を注入して貴社だけのオリジナル商品の開発も可能です。

調味液注入装置 インジェクター|NIKKO公式チャンネル(2014/03/07付)

塩鮭業界では、供給サイドにおけるこうした技術的要素が整ったうえでの「中辛」登場と推定できます。

なお伝統と革新をつなぐ「塩鮭加工物語」は気が向いたら別途詳述します。

3.辛子明太子

結論を先に述べると、ネット検索では辛子明太子の「中辛」誕生時期はよくわかりませんでした。

「明太子」の草分けとされる、ふくや > よくある質問:明太子についてによれば、同社の「味の明太子」の場合、

  • レギュラー(辛口)が「発売当時からこだわり続ける、ふくやの明太子の基本の味」で、
  • マイルド(中辛)が「辛さが苦手な方に、辛さ控えめのまろやかな味」とのことです。

そして、ふくやヒストリーから参照できる、創業50周年(1998)を記念して制作された「漫画 博多明太子物語」(要Flash Player)には、明太子の「中辛」は出てきませんでした。

技術的には調味液の調製加減で「中辛」の実現は可能です。よって辛子明太子業界における「中辛」登場の決定要因は、「マイルド」ニーズ勃興時期の問題となってくるかと思います。

いずれにしろ「いつ?」が確認できていない現時点では、ふくや「味の明太子」を例に、

  1. 創業時からの味つけが「辛口」で
  2. その後、マイルドな「中辛」ができた

という誕生の順序だけをポイントとして押さえておくことにします。

4.麻婆豆腐

意外にも?、麻婆豆腐業界での中辛登場はカレーよりも早く、1978年のことです。

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1978年

甘口を新発売。従来の商品は中辛に。翌年、辛口を新発売。
3種類のラインナップに。

出典:丸美屋「麻婆豆腐の素」ヒストリー

甘口の登場により、既存のオリジナル(1971年発売)が「中辛」に衣替えしたパターンです。

補論:「素」の元祖は?

ちょっとした余談です。

今年(2016年)発売45周年を迎える丸美屋「麻婆豆腐の素」ですが、調べてみると「素」そのものはどうも「業界初」ではないらしいのです。

検索していてこんな記述が見つかりました。

日本で最初に「麻婆豆腐の素」を販売したといわれている丸美屋から
「実はうちが最初ではないかも?」という衝撃の言葉が飛び出し、

出典:この麻婆豆腐がすごい!|竹田あきらオフィシャルブログ(2015/04/21付)

この同人誌、その「麻婆と言ったら丸美屋」の麻婆豆腐の素が実は日本初じゃないということを教えてくれたわけです。え、マジ?また驚く。

出典:【C88】「この麻婆豆腐がすごい!5 FINAL」陳建民ありがとう!|エンディングの条件(2015/08/22付)

出典マニアとして、これは非常に気になります。

非常に気になりますが、中辛とは直接関係ないので本件はここまで。

5.七味唐辛子

下の2つの根拠からほぼ断言できますが、日本の「中辛」のルーツは、七味唐辛子なのです。

  1. 1916年に現今と同様の「中辛」の用例が確認できること
  2. 複数の辞書に「中辛=七味唐辛子の辛さの一つ」的に書いてあること

では順に、七味業界における「中辛」の現在・過去・未来を見ていくことにしましょう。

現在

現行の「中辛」用例は、創業が寛永二年(1635年)という老舗「やげん堀」のサイトから収集しました。「七味」を好みで配合する調合販売が売りのひとつになっています。※下線は引用者

「いらっしゃいませ!何にいたしましょう」
「七味の大辛で、ちょっと山椒効かせて…」
「私はぬり缶容器共で、中辛、麻の実抜きでお願い」(略)
と、このような楽しい買い物が近頃あるでしょうか?

(略)その辺りも「やげん堀の調合販売」が喜ばれる原因の一つではないかと…。

只、こういう買い方に慣れていないと「どういう風に注文したら良いのか分からない」と云う方がおりますが、そのような方には標準調合の「中辛」がお勧めです。辛さと香りのバランスが絶妙でファンも多い。とにかく辛くなけりゃ、という方には「大辛」を、刺激物はあまり、という方には辛みをグッと抑えた「小辛」をお勧めいたします。

というわけで、業界の語法としては、辛味が強い順に

  • 「大辛」(とにかく辛い)
  • 「中辛」(標準調合)
  • 「小辛」(辛さ控えめ)

というシステムとなっていることがわかります。

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七味唐辛子|商品説明 より

過去

このシステム、少なくともここ100年間は不変であるものと推定できます。ちょうど100年前、1916年の次の用例が存在するからです。

(根拠1:大正年間の用例)

大正5年(1916年)刊行の『東京生活 致富成功』です。用例として、現代と何ら遜色ありません。

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なゝいろとうがらし[原文傍点]を賣り歩く商賣である。大辛、中辛、小辛の三種を用意するのだが、孰[いず]れも三厘の元は一銭になる。

出典:大森春圃『東京生活 致富成功』(1916)|国立国会図書館デジタルコレクション
p.76 第十 無資本開業正攻法(ヌ)薬研堀七味とうがらし

原価率3割での商売ですね。それより何より「中辛」、そして「大辛」「小辛」を加えた3段階のシステムです。

ここに登場する「薬研堀」が、現存する「やげん堀」と接点を持つか否かはおいといて、七色(七味)唐辛子業界における「中辛」は、遅くとも100年前の大正年間には確立されていたものと考えられます。

当時の辞書にも載っていました。

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ちゅう-がら 中辛(名)

大辛(オホガラ)に對して、割合に唐辛の粉の少なき七色唐辛。

出典:大日本国語辞典. 第3巻(1917)|国立国会図書館デジタルコレクション

(根拠2:辞書にも書いてある)

さらに時代は下り、昭和11年の辞書「大辞典」にも同様の「中辛」がありました。

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チューガラ 中辛(ちゆうがら) 七色唐辛の唐辛の量の割合に少なきもの。大辛の對。

出典:大辞典 第十七巻(1936)|国立国会図書館デジタルコレクション

さらに広辞苑も、第五版(1998)はこれら2つの例とほぼ同じ内容です。引用します。

ちゅう-がら【中辛】
七色とうがらしで、辛さが大辛と小辛との中間のもの

第六版(2008)になってようやく、

ちゅう‐がら【中辛】 (チュウカラとも)
七色唐辛子やカレーライスなどで、辛さが大辛と小辛との中間のもの。

と、日本「中辛」史上における2つの新傾向「カレーライス」と「清音読み」が取り入れられています。

「小辛」は「こがら」

一点、地味に大事な話なので付け加えておきます。七味唐辛子業界での「小辛」の読み方についてです。

    七味の「小辛」は、

  • ×「しょうから」←ではなくて
  • ○「こがら」←が正解です。

広辞苑を持っている方は試しに引いてみてください。

未来

前項ではあえて触れませんでしたが、調査の結果、「中辛」登場年代とは別のところでまた厄介なことがわかりました。

そもそも、七味の「中辛」は「ちゅうがら」と濁って読んでいたのですね。これはやばい。

中辛の未来を語るためには、現今の中辛が「ちゅうがら」から「ちゅうから」に化けたカラクリの解明が必須になってしまいました。

これはガチでやばい。どうやばいかは、また後ほど。

まとめ

以上の検討をふまえ、日本「中辛」史を簡潔にまとめます。

    日本の「中辛」は

  • 七色(七味)唐辛子が元祖
  • その後、麻婆豆腐(1978)、カレー(1983)に受け継がれ、
  • 塩鮭、明太子など、その他加工食品全般へと至る。

こんなところです。新たな事実など、辛口のツッコミを歓迎いたします。

後記:元始、中辛はチュウガラであった。

さて調査の結果、「中辛」登場年代とは別のところで厄介な事実が判明しました。

そもそも、七味時代の「中辛」は「ちゅうがら」と濁って読んでいたというじゃありませんか。これはやばい。

連濁の問題きたよコレ。

「連濁」やばい!

「2語が複合して1語をつくるときに下に来る語の初めの清音が濁音に変ること」(広辞苑)を「連濁(れんだく)」といいます。

というのもこの連濁、起こるか起こらないかの発生規則や、その有無による複合語の性格などについて、大まかな目安や傾向めいたものはあるものの、体系だった学術的理論がまったく確立されていないのです。

参考としてならば、次のケーススタディも有用です。

しかしながら、

この疑問に、現在の日本語学は答えられません。非力ながらここに挑戦したいのですが、さっぱり糸口が見つかりません。

「否、答えられる」というなら、誰かに答えてほしいです。こちらもピリッと辛味の利いた碩学の知見を期待しています。

中カラまたは中ガラの話は以上です。ご静聴ありがとうございました。

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