「24時間テレビはチャリティー」という、ひどい誤解を正します。

こんにちは。

日本テレビ系列8月の恒例番組「24時間テレビ 愛は地球を救う」を肯定するおっさんが、延々とくり返される無間地獄のような議論に終止符を打つべく、頼まれもしないのによくある批判に答えます。

そんな、誰も得しないチャリティー記事です。

当該の番組について、以降「24時間テレビ」と表記します。

この記事で言いたいこと

世の中の多くの人が誤解しているので、正しておきます。

  • 「24時間テレビ」はチャリティー(慈善事業)ではありません
  • 「24時間テレビ」はビジネス(営利事業)です。
  • 「24時間テレビ」とは、直接間接に「寄付を呼びかける」目的のコンテンツを提供する、そういうビジネスです。

何事であれ批判することは自由ですが、正確な事実認識に基づいて行ってほしいものです。

よくある誤解を正す

「24時間テレビ」に対してよくある批判の代表的なものの1つに

  • チャリティーなのに出演者にギャラが発生するのはおかしい

というのがあります。

題材にしたニュース記事の一例です。

日テレ24時間テレビ「チャリティーなのにギャラおかしい」 週刊誌が出演者のギャラ金額を報じ、議論が再燃|j-cast.com(2013/08/09付)

ひどい事実誤認

このよくある批判は、まず最初のボタンを掛け違えています。

「チャリティー」が事実誤認だからです。

「24時間テレビ」は、ビジネスです。日本テレビ放送網(株)による放送事業のいちコンテンツなのですから疑いようがありません。

ここを取り違えないでほしいです。

放送で(いつもどおり)儲けているダベア

事実、「24時間テレビ」の番組のなかに、同社はいつもどおりCM用の広告枠を設け、いつもどおりに(いや、たぶんいつも以上に)収益を上げています。日テレ絶賛「通常営業中」です。(古いダベア)

ntv.co.jpより

どう見ても、ビジネスです。

ビジネスの一環で、寄付という「チャリティー」を呼びかけています。「24時間テレビ」はそういう構造になっています。

紛らわしいのは認める

「チャリティー」を前面に出していて紛らわしい。そこは認めます。

けれどくり返します。ビジネスです。

ゆえに寄付金全額を活用できる

番組で集められた寄付金の管理執行をする公益社団法人 24時間テレビチャリティー委員会のトップページには、こういう文言があります。

皆様からお預かりした寄附金は、経費を一切差し引くことなく、
全額、支援活動に活用
させていただきます。

なぜ、そんなことが可能なんでしょう? つまり、なぜ寄付金まるごと全額を支援活動に回せるのでしょうか?

広告収入によって、番組制作コストをまかなえているからです。

メモ:2014年の実績データ

ちなみに同委員会の寄附金総額ページによると、昨年(2014年・第37回)の寄付金額は

936,955,640円
= 9億 3695万 5640円[漢字を入れて補足]でした。

同ページのデータから求めてみると、この成績は

  • 歴代17位
  • 過去最高(2011年)比で、47%
  • 偏差値49.8

です。

4年ぶりに10億円を割っていますが、平均寄付金額が9億4000万円あまりですから、成績としては平均的です。

今年はどれぐらいになるのでしょう。予想してみたいところです。気が向いたら別の記事でやります。

【追記】書きました。

【メモ】2015年の「24時間テレビ」の寄付金総額を「10億円台」と予想してみた。(2015/08/21)

「チャリティー羊の狼ビジネス」への疑問はあっていい

実際、24時間テレビは「チャリティー」をかなり前面に打ち出しています。なので24時間テレビ自体もチャリティーだと誤認してしまうのは致し方ないところでもあります。

ですが再三述べておりますとおり、「24時間テレビ」とは、集められた寄付金自体に手は付けず、別のルートでしっかりと収益を上げられている、そんなチャリティービジネスです。

ですから、そんなビジネスのあり方、口悪く言い換えると、「チャリティーの羊の皮をかぶった狼ビジネス」というあり方に、疑問を持つ人はいていいです。

代表例

たとえば、障害者日本代表クラスのこの方、もしも障害ジャパンが編成されれば、間違いなくエースナンバー10を背負うであろうこの方は、2012年の時点で次のように述べています。

連番を付与された一連のツイートがまとめられていました。

「障害者の扱いが一面的である」「ビジネス」に違和感を抱き、オファーを「断る」「出ない」というのもひとつの見識です。

我ら時代の風雲児です。

報酬を批判する的外れ

「24時間テレビ」からの出演オファーを断って出ないというのは、ひとつの見識ある態度です。

しかし、だからといって、ギャラをもらって出演する側を不見識と批判するのは的外れです。

だってビジネスなんだもん。

ビジネスなのですから、相応の対価が発生するのは当然です。

「無償が当然」という危険思想

むしろ私には、

  • チャリティーなんだから無償が当然

という思想が怖いです。

そういう思想こそが、「24時間テレビ」の偽善どころでない、まぎれもない悪に思えます。

だってそれって、巷でちょくちょく耳にする

  • 「宣伝/ちょっとだけ/etc. なんだからノーギャラが当然」

とかいう発注サイドや、

  • 「赤字/正社員/年俸制・裁量労働制/etc.なんだから時間外の残業代なしが当然」

とかいう企業経営者の言い分にそっくりじゃありませんか。お仲間、ないしは隣人に見えますよ。

カネを絡ませなければ、何だか気高く高尚になるかのように思っているのが、大間違いです。

もうそういうの、やめませんか。

想像するだに地獄絵図

ひとつの思考実験として、批判にあるような主張が通り、「24時間テレビ」のすべてが無償の行為によって成立するようになったと想像してみました。

24時間務める司会者も、ランナーも、ドラマ出演者ももちろん、裏方のスタッフもみな、隅から隅まで全員が無償労働です。

だったら会場の日本武道館も、きっとタダで貸してくれることでしょう。だって「チャリティーなんだから無償が当然」なんでしょ?

吐き気がします。

さながら地獄絵図です。

「愛は地球を救う」も嘘。でも許す

ついでに述べておくと、スローガン的に付けられている24時間テレビのサブタイトル「愛は地球を救う」も嘘です。

もし「愛は地球を救う」が真実なら、もうとっくに私の愛で地球を救えているはずです。けれども実際は、このとおりの地獄です。おかしいですね。

真実はこうだ

正確に述べるなら、こうなるはずです。

× 愛は地球を救う

金があれば困っている人(障害者・難病患者・被災者 etc.)を助けられる

でも嘘を許す

ですが、そんな「つまらない真実」を示しても、金は集まらないでしょう。金を集めるには「愛は地球を救う」という「心地よい嘘」の方が、きっと効果的なんだろうと思います。誰か検証してみてください。

「目的のためならどんな嘘をついてもよい」には反対しますが、ここでの私は「愛は地球を救う」の嘘を許容します。

まとめ

「愛は地球を救う」は嘘だけれど、それでも私は「24時間テレビ」を肯定します。

人を動かせるのも、人を助けられるのも金です。金だけではありませんが、まずは金です。

この世の問題のほとんど(持論では9割)は、カネで解決します。そしてこの世には「24時間テレビ」で集められたカネによって解決された、ないしは改善された問題が、確実に存在します。

「無償は尊い」という思想こそが、卑しく唾棄すべきものです。

そんな思想は、指定の袋に入れてゴミの日に出しておいてほしいです。集めて廃棄しておきますから。もちろん、回収も有料です。

だからお金ください。

コメント

  1. 名無し より:

    自分が怪我をしたり、悪い状態になった時にそっと手を差し伸べてくれて
    いろいろ助けてくれた後、そのまま去っていく人に感動するでしょう。
    一生、忘れないでしょう。
    助けてやったんだから、対価としてこれだけ貰えるのが当然、と
    相手が主張して来たらほとんどの人が嫌な想いをするでしょう。偽善だったのかと。

    無償の愛は尊いものです

  2. ヤシロタケツグ より:

    名無しさま
    読んでいただきありがとうございます。コメント拝読しました。

    それではひとつお願いがあります。
    その尊い無償の愛とやらで、お金に困っている私を助けてくれませんか?
    冗談で言ってるんじゃありません。お金ないんです。困ってるんです冗談抜きで。
    このままでは年内に生活資金が底をつきますよ。

    一生忘れられないようなお申し出を期待しております。

  3. 名無し より:

    24時間テレビサイドが当番組はチャリティではなくチャリティビジネスであり、ボランティアとしてではなく資金集めのプロとして制作していると明言していれば何も問題ありません。
    が、公式には高額なギャラの支払いを否定し出演者は謝礼の伴うボランティアであると言っています。
    募金した人も中には無償で頑張っている出演者の姿にに共感して協力した人もいるでしょう。そういう人にとっては詐欺以外の何物でもなく、訴えを起こされた場合返金等の措置を講ずる必要が出てくるかと思います。
    崇高な目的の為に使うお金なら嘘をついて集めてもいいという考えは極めて危険です。
    社会に健全なチャリティやチャリティビジネスを根づかせるためにも説明責任は果たさなければならないと思います。