「リエージュ劇場とIOCの裁判」と「支配されたがる人たち」と

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こんにちは。2つの話をします。

1.リエージュ劇場とIOCの裁判

9月22日が第1回期日だと伝えられていますので、訴状の内容もろくに把握しないまま、リエージュ劇場とIOCの裁判の行方をものすごく雑に予想しておきます。

予想されるシナリオは次の2つです。

  1. 訴えを却下して終了(原告が訴えの利益を失っているので)
  2. 著作権侵害事件として審理継続(訴えの変更手続きを経て)

ことわっておくと、「日本ならこうだろうな」という観点での予想であり、ベルギーの民事訴訟事情についてほとんど考慮に入れていない雑さ加減なので、あらかじめご了承ください。

(1)原告が訴えの利益を失っているので終了

既に元の五輪エンブレムが使用中止となっているため、訴訟を進める利益がありません。終わりです。

たとえば今の日本で「20歳以上のすべての男女に選挙権を!」と提訴しても無意味です。もう実現されているから。

構造として、リエージュの事件も同じです。原告の求めていた使用差し止めは実現されました。

著作権侵害の有無も判断しません。本件には無用です。

(2)(訴えの変更手続きを経て)著作権侵害事件として審理継続

ここで原告が「著作権侵害がある」と主張することは可能です。これを主な訴因に据え直して継続するというシナリオです。

私見を述べると、このケースで侵害があったことを立証する責任は原告にあって、かつ、有効な証拠を出せる見込みがなさそうなので、リエージュ側に勝ち目はないと思います。

陪審制でないことだけ確認

本件の審理に陪審制が採用されるかだけ確認しました。結論から述べると、陪審員は入らないみたいです。

The cases that are tried by the Hof van Assisen are crimes for which the maximum penalty is at least five years imprisonment.

Googleブックス >『Democracy in the Courts: Lay Participation in European Criminal Justice Systems』(Marijke Malsch, 2013)Chapter 3

ほか

を参照しても民事事件についての記述は見当たらなかったので、ベルギーで陪審員がつく裁判は刑事(の特定の事件)のみと判断しました。

2.支配されたがる人たち

これも雑に語ります。

今回の件で引っかかるのは、Twitterなどで

  • ベルギーの王室を敵に回した

とか

  • リエージュ側の弁護士は、これこれこういう人物だからうんぬん

とかいった投稿が少なからずあることです。

利害の対立する相手を「敵」と称しているのにもざわつきますが、そこはこれ以上触れません。

私がものすごく引っかかるのは、

なんで、自ら支配されたがっているのだろう?

という点においてです。

日本国憲法第14条にも定められた「法の下の平等」を自ら放棄しているからです。

相手が誰だろうと、法の下では平等です。

人類がこの見地に到達するまで、どれだけの犠牲を払ってきたか知らないのでしょうか。よく知らないけど。

なのにそうした歴史をまったく無にするかのような発想で、悲しくなります。いみじくもラ・ボエシが16世紀に看破した「自発的隷従」そのままです。

考え方が500年前のままです。

これでは、あれほど支配から卒業したがっていた尾崎豊も浮かばれません。


ひとつ付け加えておくと、本件でIOCの相手方となっているリエージュの劇場やひいてはベルギー王室の重ねてきた歴史に対して払う敬意とは、次元の違う話です。

また、少し話のポイントは違いますが、訴訟となっている事実を必要以上に重く評価してしまう人たちがいるゆえ、SLAPPと呼ばれる恫喝目的の訴訟が有効になってしまうのだろうなとも思います。

まとめ

人は平等ではありません。そこは私も知っています。その伝でいけば、「法の下の平等」もフィクションです。

だからこそ、全力で守らなければならないフィクションだと私は思います。

以上です。

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