それは期待「値」・経験「値」なのか?

こんにちは。

近ごろ、期待と経験が感じているに違いない憂鬱を、彼らに成りかわって書いてみました。

この記事で言いたいこと

「期待値」「経験値」

と言ったり書いたりしているそこのあなた。

ただの「期待」「経験」じゃダメなんですか?

それ、本当に「値」ですか?

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※写真はイメージです

数値じゃないなら、やめてほしい。

語句の“デジタル化”に関する小考―「期待」「経験」の用例から

近ごろちょいと気になるのが、無駄にデジタル化されている「期待値」と「経験値」です。

はじめに:接尾辞の「値」

何かの語句の後ろに「値」が付いたことばは、数値を表します。

たとえば、血糖です。血液中のブドウ糖濃度が数値化されています。

あるいは、偏差です。偏差(標準からのずれ)の度合いが、一定の計算方法で数値化されています。

血糖値なら、70、110、150 etc.

偏差値なら、40、55、60、75 etc.

など(取り得る値の範囲で)いくつでもいいのですが、「○○値」は、ある数値を持っています。または、持っていることが期待されます。

「○○値」は、数値が想起される言葉です。

疑問:そこでのそれは「値」なのか?

しかし一部の「期待値」「経験値」の用例では、そうした何かしらの数値の存在が意識されているのか、非常に疑問です。

それらの用例では、「値」を取り除いて単に「期待」「経験」に置き換えても、何ら差し支えないからです。

なのに「値」が付いている。

無駄に「デジタル化」されています。

検討用のテキスト

そこを検討するためのサンプルとして、次の2種類のテキストから「期待値」「経験値」を抽出して検討していきます。

1.「期待値」を考える

まず「期待値」を検討していきます。

期待値とは

私が「期待値」ということばをはじめて聞いたのは、高校の数学の時間でした。

広辞苑ではこう説明されています。

きたい【期待値】
(数)離散する確率変数のとる値に、対応する確率をそれぞれ掛けて加えた値。平均値。

たとえば、

  • 正六面体のサイコロ(各面の目は1~6)を1回振ったとき、出る目の期待値は3.5
  • 300円の宝くじ1枚を買うといくら当たるか?の期待値は、だいたい140円弱

というように、確率・統計の文脈のなかで出てくる用語です。

この意味で使われている「期待値」については、何も問題ありません。

拡張された「期待値」

「期待値」の意味が拡張され、確率の世界を離れて「期待の度合いを示す数値」ぐらいに使われる例もあります。

※下線は引用者 以下同じ

このため、平成十五年五月期の業績は、増益は確保できるものの、市場の期待値を下回りそうです。

(産経新聞 2002/06/07 朝刊)

この例における期待値とは、利益額のことと思われます。

この例ではどうでしょうか。

招致前までは辛うじて過半数に届くくらいだった招致賛成票、いざ決定してしまえば世論の期待値はたちまち高まり、招致決定後には「開催地が東京に決まったことを『良かった』と思う人は八三%に上り、『そうは思わない』の一三%を大きく上回った」(『読売新聞』二〇一三年九月一五日)というのだから、

―『紋切型社会』03「ニッポンには夢の力が必要だ」p.039

ここでの「期待値」は「世論の期待ぶりを示すアンケートの数値」、具体的には「良かった」と思う83%を指すのでしょう。

検討結果

これらの用例に「値」は必須ではないです。ただの「期待」でも意味は通じますから。

とはいえ、どちらも数値である点で、数学の時間に聞いた意味とは違うものの、了解はできます。

数値とつながっているので、「期待値」になっていてもいいかなとは思います。

少しの期待

ただ少しだけ、前者なら「期待額」、後者なら「期待度」を使ってくれないかなと期待もします。

拡張されすぎの「期待値」

一方こちらの用例では、期待「値」である必然性がまったく見出せません。

自民党への「挑戦者」として国民の期待値が高かったといえるだろう。しかし、政権政党たる「実力」には疑問符が消えない。

―(産経新聞 2004/07/14 朝刊)

安倍氏は公の場では「私自身はまだその任にあらず、と思っている」と繰り返す。反発や期待値ばかりが膨らむのを回避する狙いがあるようだ。

―(新潟日報 2005/10/15 朝刊)

どちらも「期待」でいいです。

無駄なデジタル化です。

2.経験値を考える

同様に、「経験値」を検討します。

経験を数値化した「経験値」

「経験値」というのは、ロールプレイングゲーム(RPG)の世界から一般に広まった言葉と理解しています。Wikipedia「経験値」でも、

元々、世界最初のRPGと言われる『ダンジョンズ&ドラゴンズ』(Dungeons & Dragons) で導入されたシステム

とされています。国産RPGの「ドラゴンクエスト」発売が1986年のことですから、一般に定着してだいたい30年ばかりの言葉です。

キャラクターの「成長」の度合いを表すための数値のこと。

(同)

ということで、とらえがたい「経験」というものを何らかの基準で数値化して表現したもの。そう理解しています。

それは経験「値」なのか?

『紋切型社会』には、「経験値」が2回出てきます。

あくまでも個人的な経験値でしかないけれど、「→」が見えてこない。

(10「なるほど。わかりやすいです。」p.139)

企業から[成城大学卒業生が]「使いやすい」と評判を呼んでしまうのは、この控えめな自意識を、企業が経験値として把握していたからなのだろう。

(16「誤解を恐れずに言えば」pp.216-217)

これらの「経験値」は、「値」なのでしょうか?

私には、どちらも「値」が感じられません。誤解を恐れずに言えば、「値」は無駄です。

経験から言えば、「経験」で十分です。

あるいは、単なる「経験」だと言い足りない部分があるということでしょうか。

ならば、「経験からの実感」なり「経験から得て」なり、「経験」に数語補って述べればいい話です。そこを「値」と言ってしまうのは乱暴です。

まとめ:やめて

それこそ定量表現ではありませんが、近ごろこの種の「期待値」「経験値」が目立つように思えてなりません。

それを「値」というのなら、どういう単位でもってどう測定されどう算出して、そいつをどう比較考量しているのか、ある程度そこらのイメージを共有させたいのですが、まったく伝わってきません。

特に数値を念頭に置いていないなら、ただの「期待」「経験」としてほしいです。

むやみやたらに「期待」「経験」に「値」を付けてデジタルぶるのは考えものです。

憂鬱です。

かえ歌による要約

♪やめて 数字じゃないなら

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