『ニューロマンサー』「空の色」問題・外伝―原文フレーズがえらく文学的

こんにちは。用件はタイトルのとおりです。

この記事に書くこと

『ニューロマンサー』(ウィリアム・ギブスン 訳書1986, 原著1984)書き出しの一文に関するツイート:

を目にして、へえ、どうなんだろうねと思って原文から調べ始めたら、先に解明したい本題と別のことがわかってしまいました。

まずはサイドストーリーの「外伝」として、そいつを記事にしておきます。

要約:Executive Summary

『ニューロマンサー』の冒頭で日本語では「空きチャンネル」と訳されているフレーズは、原文では「a dead channel」でした。

このフレーズ、けっこうひねりの利いた文学的な表現みたいです。

というのも、『Neuromancer』以外での用例がほとんど見当たらなかったからです。

調査過程

調査の経過を順を追って書いていきます。

  1. ニューロマンサーってなに?
  2. 原文の表現は?
  3. dead channelってどんなの?
  4. 「dead channel」って言い方は普通?
  5. 普通でないならどう言えばいいの?

1)ニューロマンサーってなに?

私自身が「というか、ニューロマンサーってなに?」レベルだったので、まずは、その語句を検索してみました。

ニューロマンサー|ニコニコ大百科(仮)が最も簡潔なうえ必要にして十分な情報が網羅されていました。

2)原文での表現は?

そこに書き出しの一文とその原文が載っていました。

それぞれ引用しておきます。

港の空の色は、空きチャンネルに合わせたTVの色だった。

The sky above the port was the color of television, tuned to a dead channel.

3)dead channelってどんなの?

次に、「dead channel」と画像検索してみました。

空は「テレビをdead channelに合わせた時の色」だったってことなので、解明すべきポイントは、それは「砂嵐」と違うのか違わないのか、要するにそれはどんな色なのか? です。

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意外だった高シェア

この検索結果から「砂嵐」「空」の画像の元ページを見ていったところ、くだんの『Neuromancer』の冒頭の一文、またはそれに関連するフレーズが記されていました。

ほぼ全部がそうでした。

占有率がえらく高いです。「dead channelの空の色といったらこれでしょ」ぐらいの勢いです。

濃い情報の宝庫でもあった

調査の「本題」についても、この画像検索結果のリンクから多くの有益な情報が得られました。

情報として濃かったです。本題側でまとめます。

4)「dead channel」って言い方は普通なの?

あわせて、英文コーパスのCOCAで「dead channel」を検索してみたら、2例しかヒットしませんでした。

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しかもうち1例は、『ニューロマンサー』の冒頭を元ネタとした「本歌取り」のフレーズみたいです。

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著者情報、タイトルで検索すると、これもまた「濃い」情報が得られました。同じく別途詳述することにします。

dead channelは「普通でない」言い方

ともかく、コーパス(≒用例集)への出現頻度が低いということは、それだけ「言い方として普通でない」という話になります。

「dead channel=死んだチャンネル」とは、言わんとする趣旨は十分わかるにもかかわらず、決して日常的に使う言い回しではなさそうだということがわかってきました。

「文学的」というのは、その程度の意味においてです。

5)普通でないならどう言えばいいの?

だったら「dead channel」で意味することを普通は英語でどう言うのか? を探っていきました。

まず、テレビに使う「砂嵐」に相当する言い回しは、英語だと「snow noise」とか「snowy」のようです。砂ではなくて雪なんですね。

※画像は、ja.wikipedia.orgより

そして「dead channel」の普通の言い方は、deadではなくて「empty channel」みたいです。

参照:Wikipedia「スノーノイズ」「Noise (video)

日本語訳に採用されている「空きチャンネル」も、「empty」の方に近い表現です。

deadとのニュアンスの差

しかしempty(空き)だと、deadとは若干ニュアンスが異なるように思います。

emptyだったら、「元から放送局への割り当てがないチャンネル」という意味に聞こえます。deadはそういう恒久的なニュアンスではなくて、反対語の「alive」も念頭に置きつつの一時的な通信不良の意味合いのイメージです。

という具合に、「砂嵐」という事象は同じでも、それを「dead」とするのと「empty」とするのとでは、記述のしかたに加えて、その事象に対する受容の態度も違っています。

ただしこの点については、これ以上の情報を得られる前に調べを終えました。

まとめ

『ニューロマンサー』冒頭にある「空きチャンネルに合わせたTVの色」ってどんな色かを探るために調べると、次のことがわかりました。

  1. 「空きチャンネル」の原文は「dead channel」であること
  2. 「dead channel」というフレーズは、ほぼこの小説に限られた、非常に文学的な表現らしいこと
  3. Wikipediaなどで見られた日常表現なら「empty channel」であり、「空きチャンネル」も意味的にそちらに近いこと
  4. しかしそれだと「dead」とはニュアンスの食い違いがあること

本題の調査事項である「ここでの空の色って何色?」については、次の記事でまとめることにします。

次回予告(智恵子高村のあどけない話)

智恵子は東京に空が無いといふ、
ほんとの空が見たいといふ。
私は驚いて空を見る。

サイバーパンクなチバシティのほんとの空の色が見たいという

あどけない空の話である。

引用部出典:高村光太郎「あどけない話」(抜粋) 『智恵子抄』(1941刊行)所収 ※テキストは青空文庫版より

次の記事へつづく

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