問題は、ソーシャリストとファンダメンタリストの相互無理解―「小保方さん問題・STAP騒動」から思う


世界とは、その場に起こることのすべてである。

ウィトゲンシュタイン『論理哲学論』(1922)(山元一郎訳) ※以下同じ

こんにちは。

はじめに:この記事で述べること

この社会は、大別して2種類の人間で構成されています。ソーシャリストとファンダメンタリストです。

これら2種類の人間によって構成される社会では、さまざまな問題が起こります。社会問題です。そして社会問題のなかには、こじれるものが少なくありません。

社会問題がこじれる大きな要因として、両者の相互無理解があるのではないか。そう思うようになりました。

昨今の「小保方さん問題」「STAP細胞騒動」を観察しての結果です。

再説:ソーシャとファンダメ

「ソーシャリスト」と「ファンダメンタリスト」は、当方が従来の「文系・理系」の分類に代えて提案している用語です。従来の区分法で見られた欠点をカバーしているものと自負しています。

重複をいとわず、過去の記事で述べたエッセンスだけくり返しておきます。

  • ソーシャリストは、人の人です。見ている先は人です。人が物事に優先します。
  • ファンダメンタリストは、物事の人です。見ている先は物事です。物事が人に優先します。
  • 「100%完全にこっち」という人はめったにいません。誰もがみな、両方の要素をあわせ持っています。
  • しかし「ソーシャ」「ファンダメ」のどちらかが優位かは、人ごとに一定した傾向がありそうです。
  • 互いの優劣を論じているのではありません。述べているのは、世界のとらえ方の違いです。

詳しくはこちらをご参照ください。具体例などをまじえて説明しています。

(2015/08/10追記)同じ意味を表すのに、現在は「ひと系」「コト系」の2つを使っています。

事態:「小保方さん問題・STAP騒動」の例から

2.01
事態とは、諸対象[ことがら、事物]の結びつきである。

一連の事態を自分なりにまとめて記述してみます。

***

理化学研究所の研究ユニットが「STAP」手法による多能性細胞の作製に成功したとする論文が、英国の雑誌『Nature』に掲載されたことで、大きな話題となりました。記者発表(1/28)以降、なかでも研究ユニットリーダーである小保方晴子さんが一躍脚光を浴びる存在となります。

しかし当該論文について数々の不備が指摘され、論文の正当性、ひいては研究成果にも疑惑が向けられます。

理化学研究所は調査委員会を設け、論文に不正があったと認定します。調査の最終報告(4/1)では、不正を行ったのは小保方さん一人であった旨、見解が示されました。

これに対し、小保方さんはとても承服できないとし、理化学研究所に対して不服申立(4/8)した後、翌日に代理人の弁護士とともに記者会見を開き(4/9)、反論を行いました。

今ココです。(4/11現在)

事実の絵:対照的な視点の違い―会見を例に

2.1
私たちは、私たちのために、事実の絵を描く。

これら一連の事態に対しても、「ソーシャ」と「ファンダメ」の両者のとらえ方は互いに対照的です。

たとえば9日の小保方さんらの会見に対しても、これだけ違います。代表例を述べます。

ソーシャリスト

ソーシャは、「誠実に答えている」「反省している」という印象から、論文には不備があったかもしれないが「STAP細胞はある」との主張を信じます。

人を見ています。人の信頼性で判断しています。

ファンダメンタリスト

ファンダメは、作製のコツは「出せない」、他に実験に成功した第三者の名は「言えない」との回答から、「結局、STAP細胞が作られたことを示す証拠はどこにもない」と再確認します。

物事を見ています。物事の合理性で判断しています。

もちろんそれだけではない

もちろん、誰しも両方の要素を持ち合わせているので、それだけではありません。

ソーシャリストも「STAP細胞は作れるか?」は知りたいでしょうし、ファンダメンタリストも「かわいそうに」とか思ったりもするわけです。

ここでは、傾向としてどちらが優位かを述べています。

事態の呼称からして違う

そもそもが、上にまとめたような事態をどう呼称するかにも「ソーシャ」と「ファンダメ」の違いが表れています。

ソーシャリスト

ソーシャはこれを「小保方さん問題」や「理研問題」のように呼びます。見ている先は、人です。

ファンダメンタリスト

ファンダメはこれを「STAP問題」や「STAP論文不正問題」のように呼びます。見ている先は、物事です。

データ(参考)

Google検索でのヒット件数です。(概数・単位:件) ※4/11実施

    (ソーシャ的名称)

  • 小保方さん問題 約380,000 件
  • 小保方問題 約43,900 件
  • 理研問題 約4,770 件
    (ファンダメ的名称)

  • STAP細胞問題 約1,670,000 件
  • STAP細胞論文問題 約743,000 件
  • STAP問題 約600,000 件
考察

後者のファンダメ的名称が多数派であるのは、報道機関のサイトがおおむねそちらを採用しているためと考えられます。このレベルでは、客観的に「物事」優先で書かれるからでしょう。

言いたいのは「違い」

念のため強調しておきます。両者の優劣・是非・善悪・正邪etc.を言っているのではありません。

僕が言いたいのは、「ソーシャ」と「ファンダメ」では、それぞれ世界の記述のしかたが違うということです。

思考:対照的な受け取り方の違い


事実の論理絵とは、思考のことである。

記述の受け取り方についても、それぞれ優位となるポイントが違います。特定の面だけを取り出して対比させてみます。

ソーシャリスト

ソーシャリストは「人の人」です。人が物事に優先します。

ですからSTAP細胞論文に対して呈されている疑義を、著者という「人」への攻撃と受け取ります。「やっかみ」「バッシング」「いじめ」といった言葉に、その世界観が表れています。

ファンダメンタリスト

ファンダメンタリストは「物事の人」です。物事が人に優先します。

ですから本件の場合で何より重要なのは、STAP細胞研究の実態です。そこから外れた議論を「レベルが低い」と受け取ります。

かみ合わない両者の議論

両者による議論は、えてしてかみ合いません。たとえばこんな具合にです。

ファンダメ「やっぱりインチキじゃないか」
ソーシャ「証拠もなく決めつけたら名誉毀損で訴えられるよ」
ファンダメ「証拠、もう出てるじゃん」
ソーシャ「どこに? 本人はあるって言ってる」

そこにあるのは、相互無理解です。

まとめ:よりよい世界のために

僕自身、このようなことを書いていることからおわかりでしょうが、ファンダメ側の人間です。

正直に告白すれば、かつては人を見てばかりでいっこうに物事を見ようとしないソーシャを、バカにしたり蔑んだりしたこともあります。そうした経験や意見を公表すれば、中には共感して溜飲を下げる人もいることでしょう。

しかしそれで世界がよくなることはありません。ソーシャ側の世界のとらえ方はまた違うからです。老いを迎えるにつれ、徐々にわかってきたことです。

社会を構成する「ソーシャリスト」「ファンダメンタリスト」両者の存在、そして両者の差異が認知されないまま、相互無理解が維持されていること。僕の目には、そこが社会問題がこじれる大きな構造要因としてあるように映ってきました。

両者が互いにわかりあえることはないのでしょうか。決してそんなことはないと思っています。完全ではなくとも、少なくとも現状よりも相互理解を進め、協力を図ることは可能なはずです。

まずはこの記事にも書いた

  • 「社会は大別してソーシャ・ファンダメの2種類の人間で構成される」こと
  • そして「両者はこんなふうに違う」こと

この2点が知られることを目指します。「互いに違う」が知られるだけでも、よりよい世界に近づけると思うからです。

文系理系に代わる区分法としての「ソーシャリスト」「ファンダメンタリスト」の提案がその第一歩であります。

ご静聴ありがとうございました。

コメント

タイトルとURLをコピーしました