「学歴」の用例が、2000年前後に質的転換を遂げた仮説

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こんにちは。雑な仮説を立てました。

要約:Executive Summary

  1. 同じ大卒者でも、大学によって「高学歴」「低学歴」と差別する用例があります。
  2. 調べてみると、僕がそのような「学歴」の用例に気づいたのは、ちょうど大学進学率が5割に届く時期と重なります。
  3. 以上から、「普及率が5割を超えると階層の分化が起こる」という雑な仮説を立てました。
  4. 人は時代状況の変化に伴って新たな差異を見つけるので、差別は永遠になくならないと思います。

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大卒なのに低学歴

就職活動の掲示板などを見ていて、

  • 低学歴なのに○○(企業名)志望

のような用例があるのに気づきました。詳細な記憶はあいまいですが、だいたい今から12~13年前ごろの話です。

企業側の募集要項は単に「4年制大学卒業予定者」であるにもかかわらず、同じ4年制大学でも大学によって学歴の高い低いが分かれるということです。

初老の僕自身は、このような「学歴」の使い方はしません。しかし一定年代より下の年齢層では、むしろこちらの方が「学歴」の普通の用例なのかもしれません。

「学歴」は量的概念だった

僕としては、どの大学であれ、卒業する(した)のであれば学歴は同じ大卒だろうという発想でしたので、当時そうではない「学歴」の用例に接して新鮮に感じました。

ここでは、「学歴」という言葉は量的概念であった、ということを説明していきます。

たとえば「高学歴化」という用語をざっくり定義するならば、

  • 義務教育を修めたあと、義務ではない高等学校へ、さらに大学、大学院へと進む人の割合が社会全体で高くなること

と言えます。

「高学歴化」を語る文脈では、「義務教育」「高等学校」「大学」「大学院」といった各教育課程の区分が大事なのであって、同一課程内での学校の質は問われません。

つまり、もっと雑駁に定義してしまうと、学歴が高い低いという場合、従来は何年学校に行っていたかという「量」を指す言葉でした。

しかし、「大卒なのに低学歴」といった用例では、大学という教育課程内の「質」を問うていることになります。質が「学歴」の判定基準になってきたということです。

辞書的には

「学歴」の辞書での語義は「学業に関する経歴」(広辞苑)です。この語義からすれば、行く大学によって学歴の高低を分ける使い方がおかしいとは言えません。

ちょうど大学進学率が5割に届いた時期

そのころの大学進学率がどうだったのだろうかとネットを探してみますと、平成20年版の男女共同参画白書(概要版)に、文部科学省の学校基本調査のデータを元にしたグラフがありました。転載します。

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※画像は、www.gender.go.jp より

これを見ますと、2000(平成12)年前後はちょうど短期大学を含めての大学進学率が50%に届こうかという時期です。

大学へ行くのが特別でなくなり、従来の「学歴」では差がつかなくなったから、細分化して質を問うてくる用法が生まれてきたということなのでしょうか。

まとめ:雑な仮説

「普及率が人口比の5割を超えるとカテゴリーの分化が起こる」。雑な説ですが、ほかではどうなのかを今後探ってみます。

付記

むろん、従来より学習の到達度や在校生・卒業生の社会的評価といった点で、高校なら高校、大学なら大学同士、同一課程内での学校間の格差は歴然として存在しました。

述べたかったのは、もともと「学歴」という言葉には、たとえばA大学なら高学歴、B大学なら低学歴といったような、同じ課程同士での学校の比較にもとづいた差別をする役割はなかったということです。

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