吉本隆明最後の自筆連載から例証する、間違いの豊かさ

シェアする

こんにちは。

僕はつねづね、間違いは豊かだと述べています。この記事では、吉本隆明晩年の文章にある間違いを例にそれを示します。

2013-08-26_a0960_004867

吉本隆明の間違い

開店休業』(2013)という本に、こんな一文があります。帯によれば「吉本隆明、最後の自筆連載」だそうです。

 壮年のころ、「クック」という料理雑誌から自分でつくることができる家庭料理のことをと言われ、家人が考え出し、わたしもときどきつくっていた豚ロース鍋のことを書いた。 (p.25)

「クック」ではありません。「マイクック」です。

マイクックについてはこちらを参照

林修さんがテレビでとりあげたのをきっかけに、その豚ロース鍋のことが書いてある文章「わたしが料理を作るとき」について、このブログでも何回か書きました。

雑誌「マイクック」については、この記事で触れています。

豊かである理由

この間違いはとても豊かです。

なぜならこの間違いから、この時期(2007年ごろ)の吉本は、頼まれて豚ロース鍋のことを雑誌に書いたのを覚えてはいても、雑誌の名前はちゃんと覚えていない、確認もしていない。と、これだけのことがわかるからです。

間違いが間違いのまま公刊されていることに意義があります。

編集者はだれ?

同書の巻末に「担当編集者より」と題した一文があり、誰が担当されていたかがわかります。江部拓弥さんという方です。肩書きは「dancyu」編集長でした。

江部さんも同じ判断をしたか、自筆というだけでおそれ多くて手を入れられなかったか、そもそもチェックしてなかったのか、実状はわかりません。

いずれにしても、編集段階で直されなかったのは幸いです。

線引き基準の設定が課題

ならば、この世の文章のあらゆる間違いは間違いのままでいいのか。という疑問が出てきます。文章に限らず、「この世のあらゆる間違いは」と一般化もできましょう。

直感的には、それはちょっと困ります。なぜ自分がそう思うのか、だとするならば、どのような基準で線引きをすればいいかを考えています。

スポンサーリンク
Google AdSense
Google AdSense

シェアする

フォローする

スポンサーリンク
Google AdSense

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)