「なぜ二重国籍の豪議員は辞職したか?」日本一丁寧な説明

こんにちは。

表題の件、そんなヒマもニーズもないからでしょうが、日本語ネット世間では粗雑な論議ばかりが行き交っており、見るに堪えない惨状を呈しています。まったくもって、丁寧な説明を欠いております。

そんな切ない世の中へ、自称国内トップクラスのヒマなおっさんがあえて逆張りをかけ、日本一丁寧な説明を試みた記事でございます。

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Ding Ning(2010) from commons.wikimedia.org

要約:Executive Summary

「二重国籍と判明した豪(オーストラリア)議員が辞職」のニュースに関連してひとつ。

豪州の「憲法で禁じられている」の記述は短絡です。結論へ至る回路が非常に短絡的であり、粗雑な認知と評さざるを得ません。

もっと丁寧に説明すると、当該の議員が辞職したのは

  1. 国会議員の欠格事由を定めたオーストラリアの憲法第44条の規定に対し
  2. 「二重国籍を含むのか?」という議論があり、
  3. 「含む」が通説であるためです。

せめてこの程度の事実認識をふまえたうえで、話を進めてもらいたいものです。

類似問題:バナナはおやつに入りますか?

この問題はちょうど、「遠足のおやつは300円まで」の規定に対し、バナナをどう扱うかという「バナナはおやつに入りますか?」問題と同種と解せます。

「バナナはおやつに入る」というのが、オーストラリアでの通説です。

しかし承知のとおり、遠足のおやつにおけるバナナの扱いは大きなグレーゾーンであるため、「本当に『入る』でいいのか?」の議論は当然ありえます。知らんけど。

なお、二重国籍を遠足のバナナに置き換えてより厳密に対比させるなら、オーストラリアの遠足は「おやつ持参禁止」です。

今一度、事実関係の確認

今一度、おさらいしておきましょう。比較的穏当な書きぶりに思える日本語ニュース記事から引用します。伝えられているこれらの事実関係に関して、異存はありません。同様の認識です。

オーストラリアの野党「緑の党」のラリッサ・ウォーターズ上院議員は、18日、オーストラリア東部のブリスベンで記者会見し、オーストラリア国籍のほかに、カナダ国籍を持っていたことを明らかにしました。

ウォーターズ議員は会見で、(略)責任を取るため議員を辞職すると発表しました。

オーストラリアでは、今月14日にも同じ党に所属するスコット・ラドラム上院議員がニュージランドの国籍も持っていたとして議員を辞職したばかりです。

出典:豪で二重国籍判明の国会議員の辞職相次ぐ|NHK NEWS WEB(2017/07/19付)

問題にしたいのは記事冒頭のここです。とはいえこの書きぶりなら、容認はできますが。※下線は引用者

二重国籍の人が国会議員になることを憲法で制限しているオーストラリアで、野党の上院議員2人が、二重国籍だったことが相次いで判明し、いずれも議員を辞職しました。

丁寧さに欠ける印象は否めませんけれども、「憲法で制限している」はまだ「まあいいか」水準です。

粗雑な記述の例

一方、こういうのはいただけません。

移民国家の豪州では二重国籍は珍しくないが、議員の二重国籍は憲法で禁じられている

豪議員、二重国籍で辞職=帰化時に手続き済みと誤解|時事ドットコム(2017/07/14付)

二重国籍のオーストラリア人がどの程度「珍しくない」かが示されていないのもアレですし、「憲法で禁じられている」の書きぶりも粗雑です。

原典で確認しておきましょう。

遠足のおやつ

オーストラリア憲法の「遠足のおやつ」規定は、第44条にあります。引用します

44. Disqualification

Any person who:

(i) is under any acknowledgment of allegiance, obedience, or adherence to a foreign power, or is a subject or a citizen or entitled to the rights or privileges of a subject or a citizen of a foreign power; or
(略)

shall be incapable of being chosen or of sitting as a senator or a member of the House of Representatives.

(後略)

出典:The Australian Constitution|Parliament of Australia

拙訳です。見やすく整理しました。読み違いがありましたらご指摘ください 。

【拙訳】(再整理版)

(欠格事由)

第44条 次のような人物は、上下院議員として選出され、また就任する者として不適格とする。 

    (i)

  • 外国勢力に対し、どのような形態であれ忠誠、服従の意を示す、もしくは支持すると認められる者
  • 外国勢力の臣民または市民である者
  • 外国勢力の臣民または市民の権利ないしは特権が与えられている者

(後略)

という話です。

豪州の「バナナはおやつに入りますか?」問題

半ば当然に、「じゃあ二重国籍保有者はどうなの?」という議論が起こるわけです。

Ian Holland「Section 44 of the Constitution」(2004/03)|Parliament of Australia

による議論のポイントを、簡潔に述べます。

1999年、前年に当選したHeather Hill上院議員に対し、イギリスとの二重国籍保有が憲法44条の(i)に抵触することを理由として、当選を無効とした判決が出ています。

詳細はこちら:

Heather Hill was elected to the Senate in 1998. Her election was challenged in the High Court on the grounds that she held dual citizenship of Australia and the United Kingdom. The High Court in its 1999 decision, Sue v Hill ([1999] HCA 30), agreed that the dual citizenship made Heather Hill s election invalid because it contravened section 44(i.) of the Constitution.

よって、

It is generally considered that people with dual citizenship cannot stand for parliament, because of subsection (i.).

と、「バナナはおやつに入る」、すなわち「二重国籍保有者も欠格事由に含む」が通説であるようです。

他方で、豪上院議会は2003年に、二重国籍保有者に国会議員の被選挙権を与えない憲法44条の規定を改正するよう求める議案を可決しています。↓

On 30 October 2003, the Senate passed a motion moved by Australian Democrats Senator Andrew Bartlett, expressing the Senate s view that sections 44(i.) and 44(iv.) of the Constitution should be amended to remove the current prohibition on dual citizens and public sector employees being able to nominate for election to the Commonwealth Parliament .

その他関連資料

若干の補足として、関連資料を集めておきます。

当事者からのツイート

2件いずれも、当人と思われるアカウントから告知がありました。参照用として付しておきます。

「バナナはおやつに入るか?」問題・詳細な検討

上掲のレポートで、憲法第44条に関して詳細に検討した論文が紹介されていました。これも備忘として。

日本語界では当面無用でしょうが、より詳細な議論になれば必要になるかと思います。

おわりに

ということで、「日本一丁寧な」と大きく出てみました。その割に大して丁寧でないので、上回るのは簡単です。

ところで、論題は違えど、粗雑さ加減で言えばこのヘッドラインも同類です。

誰に向けてかわからんけど、ヒマなおっさんによる当記事を上回る丁寧な議論を期待しています。

おわり

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