「ゲーム」VS「親」の不毛な対立を解消させたい―7月14日「あすなろラボ」林修さん授業感想(10)

シェアする

こんばんは。林修ナイトの時間です。

「あすなろラボ」授業の感想シリーズ、その10です。「ゲームとの付き合い方」に対してです。

最初に自分のポジションを示しておきます。中年です。既婚です。子供はいません。なので子育てに関しては、育てられた側の経験しかありません。

(再録)ゲームをめぐる代表的なやり取り

番組内で話はいろいろ出ていましたが、ゲームを与えている親と、林さんとの代表的なやり取りを再録しておきます。

「まあ変なこと言えば、親は、外に行ってほしくないから、鍵をかけて、まあいわゆる安全な家の中でいてほしいって」

林「いまの状況ではそういう、そのへんもよくわかるんですけど、だからといって僕やはり、全面的にゲームいいよとは言いにくいですね」

ここでゲーム(機)は、できれば使わせたくないが、いろいろ事情があって与えているという、必要悪的存在に扱われています。

30年の堂々めぐり

僕は聞いていて思いました。「いつまでこんな議論続けてるんだろう」

任天堂から、初代のファミリーコンピュータが発売されたのは1983年。いまから30年前のことです。

2013-07-24_a0011_000229

30年のあいだに、親も子も当事者が入れ替わっていることもあるでしょうが、ファミコン登場の当時からくり返されてきている、既視感ありありの議論に思えてなりませんでした。

対立を解消するための雑な私案

僕はこう思います。「ゲームで宿題出せばいいのに」

ゲームと学習の親和性

「学習にゲーム機を活用する」という思いつき。特に習得までに反復練習を要するものは有効だと思うのです。

たとえば九九とか、漢字の書き取りとか。

たとえば英語でも、音声を聞かせて、いまのは「flute」「fruit」どっち? とか、できそうです。

RPGみたいに、一定の「経験値」を積んだらレベルアップするようにゲームを作っておけば、レベルを見て宿題をやっているかもチェックできます。

レベルアップのとき、すぎやまこういちさんのあのメロディーが鳴りでもすれば、意欲もぐんと上がりそうなものです。

誰かやっていないのでしょうか。それとも既に誰かがやりかけて、しくじったのでしょうか。

学習コンテンツの提供はITにまかせよう

少し、ゲームの話から離れます。未来の話をします。

現在の学校教育が受け持つ機能はいくつかあります。

そのうち「学習コンテンツの提供」はIT化が進み、そこで提供されるコンテンツは、少数の優れた提供者からのものに集約されます。この流れは不可避です。

現に、林修さんが講師を務める東進ハイスクールの場合、講師が生徒を前にして対面で講義を行うのは東大特進コースなどごく一部です。

それ以外の大半の生徒は、講義動画をオンラインで視聴して学習を進めています。現代文の大学入試対策なら「今でしょ!」視ておきゃいいわけです。

このように、現在の予備校の学習スタイルは、ひと世代前の「予備校」のイメージとはすっかり様変わりしています。

学校というのは時間の進みが非常に遅い空間なので、まだ何十年かかかりそうですが、いずれは高校も、さらには義務教育も、東進ハイスクールのような学習スタイルになりますよきっと。

まとめ

いまのゲーム機ならば、学習用プラットフォームに活用できる性能は十分あると思うのですが、違うのでしょうか。

外野の人間としては、ゲーム(機)を白眼視したままでいるよりも、うまく使いこなして仲良くやりゃあいいのにと思います。

スポンサーリンク
Google AdSense
Google AdSense

シェアする

フォローする

スポンサーリンク
Google AdSense

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)