進化しない進化論への反論―7月14日「あすなろラボ」林修さん授業感想(9)

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こんばんは。林修ナイトの時間です。

「あすなろラボ」授業の感想シリーズ、その9です。

この記事では、授業内の林さんの説明に対し2つカウンターを当てます。

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カウンター当てておきます

授業での林さんは、子供を躾けるいちばんのポイントは「姿勢」であることを伝えようとして、いろいろと進化論周りの話を持ち出していました。

持ち出してきた話が単線的すぎるなーと思いましたので、カウンターを当てておきます。

援用するテキストは、『新しい生物学の教科書』(池田清彦 2001, 2004)です。

1.ヘッケルの反復説に対して

まずカウンターを当てるのは、この部分についてです。

<林修さんの説明(7/14 あすなろラボ)>

林「そしてですね、ちょっとむつかしい話をしますけれども。(板書して)個体発生は系統発生をくり返す。というこれ、ヘッケルの反復説、と言われています」

林「ひとつの種が、進化していく過程が、実は、ひとつの個体、まあたったひとりの人間、が、こう成長していく過程と実は似てるんだと。こういうことを言ってるんです」

『新しい生物学の教科書』 第12章「個体発生と系統発生」での定義

「個体発生」と「系統発生」、どちらもなじみの薄い用語ですので、前掲の『新しい生物学の教科書』からまずは用語を定義した記述を引用しておきます。

個体発生とは生物の個体が卵から成体になるプロセスを指す。

系統発生とはある生物種が原始生物から進化してきて現在の状態に至る歴史のことだ。

反論:個体発生は系統発生をくり返さない

ヘッケルの反復説を検証すると、「だいたいそう見えてしまうだけ」という結論になります。

同じく、『新しい生物学の教科書』第12章「個体発生と系統発生」からです。

<系統発生をくり返さない例>

個体発生が系統発生の厳密な繰り返しでないことは今日では明らかである。(略)たとえば、子孫型が先祖型の幼形を保有しながら成体になるネオテニーという現象は、反復説に対する反証となる。

ネオテニーの訳語は「幼形成熟」です。本書の第17章では、ヒトもまた、ネオテニーであるとしています。

<もひとつ反例>

最近、直接発生するカエル、ウニ、ホヤが注目されている。直接発生とは、通常は幼生を経て成体になる動物のごく近縁の種が、幼生を経ないで直接成体になることを言う。ここでは初期発生プロセスの変更は成体パターンの変更をもたらさず、個体発生と系統発生の並行性は保たれない。

近縁種なのに、こっちは一部をすっ飛ばして個体発生してるけど、どうなの?と言っています。

<そもそも論>

単純に考えても、個体発生と系統発生はレベルの異なる現象であり、この2つを結びつける厳密な論理が存在しないであろうことは容易に想像がつく。

両者を同じレベルで論じることに無理があるという主張です。僕にはこちらの方が説得力があります。

<池田清彦さんによるまとめ>

個体発生が系統発生を繰り返すように見える現象は、個体発生の拘束性の下での確率の問題なのではないか、と私は思う。

いまの僕はこの説を支持する立場です。

まあ、林さんは「似てる」と紹介しているだけですけどね。

2.単線的すぎる進化論に対して

次は、このくだりです。

<林修さんの説明(7/14 あすなろラボ)>

林「今の人間がこういう形になったのは、直立で歩いて、重力がストレートに下にストンとかかる。だから脳が自在に、まあ自在にとまでは言いませんけど、脳が大きく成長したと」

反論:二足歩行が脳の成長を促したのではない

『新しい生物学の教科書』第17章「現代人への道」から、反論となる部分を引用します。

<説明への反論>

二足歩行をしていたのに脳が成長しなかった種の例です。

二足歩行をしていたアウストラロピテクスの脳容量は200万年以上もの間、ほとんど変わらなかったことを考えれば、二足歩行を可能にしたシステムの変更と、脳の巨大化をもたらしたシステムの変更は、とりあえずは別の出来事であったと考えねばならないだろう。

さらに、ちょっとむつかしいところを引用します。ダーウィン的進化論に対する重要なカウンターだと思うので、よく読んでください。

葉山杉夫は『ヒトの誕生』(PHP新書)の中で、手で細かい仕事を行えば脳が刺激されて、これが脳の発達を促したと述べているが、構造主義生物学の立場から言えば、これは話が逆なのだ。ヒトは脳が巨大になったので細かい手先の仕事ができるようになったわけで、細かい仕事をしたので脳が巨大になったわけではない、と私は思う。

上の続きです。大事なところに線を引きました。

構造は機能を変えるが、機能は構造を大幅に変えることはできない。ならば構造はなぜ変わるのか。脳の巨大化を促進するようなシステム上の変更があったのだと、とりあえずは言う他はないが、重要なのはシステムの変更は自然選択とは無関係に起こることだ。自然選択は定立したシステムの存亡に関与することができるだけなのである。

こちらの方がずっとセクシーな考え方だと僕は思います。

単純すぎるまとめ

生物学のこのあたりに僕は前から興味があって、ダーウィンまで立ち戻って学説を順にたどって勉強したいのですが、自身の生存にかまけて後回しにしています。

ダーウィンの原著がネットから無料で読める世の中ですから言い訳できないですけどね。しかしきっと、来世に持ち越しです。

その程度の浅学の徒である僕が欠陥を指摘できてしまうほどに、生物学に関する知見が20世紀の高校生レベルのまま進化していないのが、林さんのような文系人間の限界なのかなという気がします。

と、同じレベルの単純さで締めくくってみました。

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