傍ら痛い日本語「共感性羞恥」にさよなら

シェアする

こんにちは。

8/24のテレビ放送をきっかけに俄然盛り上がった「共感性羞恥」。しかし嫁ともども話題に乗りきれず、なぜしっくりこないのか夫婦間で話し合いを重ねてきました。

付随するいろんな説明はぜんぶ後回しにして、まず結論を述べます。

いらねー。

20160831_bsSAYA160312110I9A3798

※写真と本文は関係ありません

結論:さよなら「共感性羞恥」

一般庶民レベルの日本語に、「共感性羞恥」などという言葉はまったく必要ありません。

傍ら痛い(または、片腹痛い)とはこのことです。

テレビ・ネットで話題だからと(←決めつけ)さして考えもせず「共感性羞恥」に飛びつき、(決めつけ→)喜々として使っている。そんなネットのありさまを見聞きすると、いたたまれなくなります。

見てるこっちが恥ずかしいです。

いらなかった(n=1)

必要なかった業界の例です。n=1だけど。

代案が全然イケてないけど、いまはスルー。

フツーの日本語で言いたい「あの気持ち」

なにも「共感性羞恥」なんてわかったようでわからないようで実際わからない用語を持ち出さなくても、既存の日本語語彙を適切に用いれば、こうした心情は十分言い表せるし、十分伝わるのです。

いや、ほんとにほんと。

具体的には、これらでまかなえます。

  1. 傍ら痛い(かたはらいたい)
  2. いたたまれない
  3. こっちまで恥ずかしい
  4. こっち恥ずかしい

しかもこれらには、「他人が失敗して恥をかいている(かきそうな)のを見るとき」限定という、謎だらけの使用条件もありません。

類似の表現として、水曜日のダウンタウンでは「地獄」と言ってますね。この説明は最後に。

(1)「傍ら痛い」

新しい言葉はいりません。そういう感興は、かたはらいたい(傍ら痛い)と言い表せば済みます。

指摘するツイートがありました。

「それな」でした。

かたはらいたい(かたわらいたい)とは

weblio古語辞典>『学研全訳古語辞典』かたはらいたしの説明を引用します。

▽他人の言動を、自分がそばで見聞きして気に入らないと思っているときの気持ち。

▽そばにいる人のことを思いやる気持ち。

キャプチャも貼っておきます。赤枠で囲ったあたりがポイント。

2016-08-29_0124

かたはらいたし|weblio古語辞典より

「傍ら痛い」が今日あまり使われていないのは、実にもったいないことです。どんどん試していきましょう。

(2)いたたまれない

より日常語に近い言葉もあります。いたたまれない です。漢字まじりで表記すると「居た堪れない」です。

その場にそれ以上じっとしていられない。(明鏡国語辞典)

という意味ですね。

「いたたまない」ともいうみたいです。広辞苑での見出し語はそっちでした。初めて知りました。これでほぼオッケー。

「いたたまれない」感情は、「他人のざま」に限らずさまざまな要因で生じます。何に由来する「いたたまれない」かは、文脈で理解できるかと思います。

(うすうす)気づいていたツイート集

「共感性羞恥」の正体が「いたたまれない」と勘づかれていた方も少なからずいらっしゃいました。「いたたまれない 共感性羞恥」の検索結果からいくつかツイートをピックアップします。

そのとおりです。日本語世界で改めて定義するまでもありません。

プレースキックの精度を高めるために行っているプレパフォーマンスルーティンの一部を取り出して「五郎丸ポーズ」と呼んでいるようなもので、無意味です。

もうひとつ。

それもきっと「共感性羞恥」の範疇です。「行為者の態度」を指標の1つにしてアンケート調査したレポートがありました。リンク先でPDFが閲覧できます。

P1-09 なぜ、人の行為を見て恥ずかしくなるのか : 共感性と行為者の態度を指標に(ポスター発表)|桑村幸恵|cinii.ac.jp(2010)

なお桑村さんは「共感性」ではなく「観察者羞恥」の用語を使っています。

しかしいずれにしても、当記事でるる述べておりますとおり、「そこ」だけを取り出して呼び名を付けることの意味は見いだせません。よしんばあるとしても、「他人が」恥をかくシーン限定の名称にその名称は不適切です。

「他人」限定にすることが不適切である例証として、自身の「黒歴史」に対して湧き起こる感情を想起してもらえればよいかと思います。

(3)こっちまで恥ずかしい(4)こっちが恥ずかしい

会話表現では、次の2タイプがあります。

  • こっちまで 恥ずかしい
  • こっち 恥ずかしい

両者からなる体系を、暫定的に「まで・が」システムと呼んでおきます。

まで・がシステムの決定要素:「恥ずかしい」測定

こっち「まで」「が」のどちらを採用するかは、自分と相手の「恥ずかしい」を比べた結果で決まります。

  • こっち「まで」恥ずかしい:自分の羞恥 ≒ 相手の羞恥
  • こっち「が」恥ずかしい:自分の羞恥 >> 相手の羞恥

という関係です。

あくまでも主観での測定

相手の感じているだろう「羞恥」の測定量は、最終的には話し手の主観で決定されます。本質的に、話し手の認識が反映されたものです。

この点留意しておきましょう。

あらゆる感情に適用可

「まで・が」システムが適用できるのは羞恥感情(恥ずかしい)だけではありません。喜怒哀楽、その他あらゆる方面の感情に適用できます。

相手方の意向と関係なく、こちらはこちらで感情を持てますから、できるはず。

歌で表すなら

「まで・が」システムをつくる両者の違いが表せている歌を探してみました。参考音源と一緒にどうぞ。

「こっちまで」の歌↓

ええいああ 君から「もらい泣き」
ほろり・ほろり ふたりぼっち

もらい泣き
EARTH PROJECT
¥150

「こっち」の歌↓

ズッコケなんだ あわてん坊なのさ
いつも失敗ばっかりしてるんだよ
だけどかっこいいつもりなんだってさ

新オバケのQ太郎
momo-i (桃井はるこ)
¥200

水曜日のダウンタウン、それを「地獄」と呼ぶ説

「水曜日のダウンタウン」では、それを地獄と呼んでいます。2つ例を挙げると

  • 楽屋で小道具盗まれた芸人の営業、地獄説(2016/05/11 OA)
  • 下層YouTuber、地獄説(2015/09/16 OA)

です。

「まで・が」システムに適用させると、それぞれ

  • 楽屋で小道具盗まれた芸人の営業、地獄説=こっちまで恥ずかしい
  • 下層YouTuber、地獄説=こっち恥ずかしい

となります。「羞恥」のほか当惑・困惑のニュアンスも入り、原語の「embarrassment」に近い意味合いとなります。

これらの「地獄」と「共感」感情の関係もまた、追って解き明かしていきたいところです。

椎名林檎なら「あちゃー」

思い出したので放り込んでおきます。椎名林檎さんは、それを「あちゃー」と言ってました。

こういう使い方です。

あと、2020年の東京オリンピックが決まったとき、浮かれ気分もありながら、皆さん「だいじょぶなのか東京」と、不安を覚えたでしょう? 開会式の演出の内容がおっかなくて仕方ないでしょう?

そんな自らスベりにいかなくてもいいんですけど。だけど、こんなふうになったら困るなという、私たち国民全員共通のイメージってあるでしょ? 「あちゃー」ってなったらヤだなって。

J-POPと呼ばれるものを作っていい立場にあるその視点から、絶対に回避せねばならない方向性はどういうものか、毎日考えてます。

出典:椎名林檎「日出処」インタビュー(4/5)|音楽ナタリー(2014/11)

余談ですが、リオ五輪閉会式の「トーキョーショー」には、嫁ともども「あちゃー」となりました。「そっち」じゃないのに。

丁寧な説明が必要な事案なので、つづきはいつかどこかで。

だいたいそんなところです。

むすび

というわけで

「共感性羞恥」使ってる奴、地獄説

を提唱しておきます。

付記:「カセット効果」に気をつけろ!

それではなぜ、既に「いたたまれない」など適切な言葉があるにもかかわらず、「共感性羞恥」などという劣化コピーですらない表現が拡散されてしまうのでしょうか?

言わば言葉の「毒性」が強いからです。そこを語るため「いたたまれない」ツイート検索結果に戻ります。

「いたたまれない」で十分なのに、「共感性羞恥」に毒されかけているツイートを複数見かけました。ピンチです。

逃げて~

いや、「いたたまれない」でいいよ!


はたしてこれほどの毒性は、何に由来するのでしょうか?

ネットの世界は侮れません。そこを指摘するツイートがありました。

答え出ました。「漢字が羅列されててカッコイイし病名みたいだから」です。お見事です。

実はそれにも、名前があるんです。「カセット効果」といいます。『翻訳語成立事情』(1982)著者の柳父章さんによる命名です。

…長い間の私たちの伝統で、むずかしそうな漢字には、よくは分からないが、何か重要な意味があるのだ、と読者の側でもまた受け取ってくれるのである。(p.36)

カセット cassette とは小さな宝石箱のことで、中味が何かは分からなくても、人を魅惑し、惹きつけるものである。(p.37)

「共感性羞恥」はまさしく「中味が何かは分からなくても、人を魅惑し、惹きつけるもの」の好例でしょう。

ここは自分が食い止めるから、みんな逃げて~

なお既存の名称が認められないので、ここへ新しく「カセット効果」の名前を付けていくのはありです。

参考サイト

「怒り新党」放送前から存在していたページである

を参照し主なネット情報をたどりました。

また、「共感性羞恥」は英語の「empathic embarrassment」を訳した用語だということもわかりました。ありがとうございます。

どうしてこうなった?

どうしてこうなった?を簡単に言えば、心理学方面にいる人が、おしなべて頭が悪いからです。悪すぎて査読システムが機能していないんじゃないかとすら思えてきます。

  1. 感情のスイッチ
  2. 共感性の強弱

個人単位でこの2点が切り分けられていないから、そりゃあごちゃまぜに測ったら測定結果は両者の合成になりますよ。当たり前じゃないですか。

詳しい説明は別の記事で。気分しだいで。

<エンディング曲>

気分しだいで責めないで
サザンオールスターズ
¥250

スポンサーリンク
Google AdSense
Google AdSense

シェアする

フォローする

スポンサーリンク
Google AdSense

コメント

  1. より:

    しょうもない記事

  2. ふーふー より:

    たぶん自分がそうでないから書ける記事。ぜんぜん違う。
    いたたまれないとか、思いやる気持ち、とかじゃないのです。
    マイノリティなのはわかっていたけど、10%でも同じ感情を持つ人がいることがわかっただけでも救いになってます。

  3. より:

    そんな必死なお前が一番かたはらいたいし目も当てられない

  4. より:

    長々とドヤ顔で的外れな事を綴っているけど、それこそ傍ら痛い。
    確かに「共感性羞恥」という症状は存在するし、ただ一般的では無かっただけ。
    TVで取り上げられたことによって広く知られるようになった言葉は存在する。(今となっては頻繁に目にするゲシュタルト崩壊という言葉も、元々はトリビアの泉で取り上げられたことによって広く知られた。)
    自分の無知を棚に上げて人を批判するのは流石に恥ずかしい。

  5. ばーち より:

     痛快でした。皆、バラエティ番組に踊らされすぎです。
     そもそも「共感性羞恥」、元と思われる英論文では「なぜ我々が他人の失敗を恥じてしまうのか」を脳科学的に説明しているだけであって、「こういう感情に苦しむ人間がいる」という事を紹介しているのではないんですよね……。元の言葉自体も、その研究をする界隈でしか使われない便宜上の表現のようです。 また、程度や種類に差はあれど、少数のみが感じ得る特別なものとはされていません。一般的な感情である事を前提として研究が為されています。
     ちなみに日本語のみならず、他言語にも「傍ら痛し」や「いたたまれない」に相当する言葉はあるようです。英語ならtartinglyやvicarious、ドイツ語ならfremdscham。つまり「共感性羞恥」は症状ではなく、一般的で世界的な感情。
     本気で病気レベルの苦しみを持つ方がいるならば気の毒ですが、それは最早、別の次元の問題でしょうね。
      元からある言葉を大切にしていたなら、話の妙な点に気付き、誤った情報を吹聴する事もなかったのでしょうが……用法の歪められた造語に日本語が取って代わられるのを見るのは、何ともいえない気持ちになりますね。

    • 村中 より:

      では、名詞的に使用する場合は、「傍ら痛さ」や「傍ら痛いこと」、「傍ら痛いという感情」などと表現するのが望ましい、ということですか。

      「お腹が痛いこと」には「腹痛」、「病院に通うこと」には「通院」、「郷里へ帰ること」には「帰郷」などという単語があり、そして現在も一般的に使用されているのはなぜでしょうね。
      漢字のみで名詞的に表現できることには、無視し得ない実用的利益があるからではありませんか。

  6. 村中 より:

    漢字かな混じりの単語よりも、漢字だけで構成されている単語の方が、記憶しやすい、話したり書いたりするのに使い勝手が良いなどの実用的利益があるように私は思います。

    ただ、ご自身が「決めつけ」とされているように、一面的な見方に基づく主張であることは認識されているようですので、野暮なコメントかもしれませんが。

  7. より:

    現象・状態に名前をつけて共感性羞恥であるのに傍ら痛いやいたたまれないなどの形容詞と同じだというのはおかしい。〜性とか〜的などを使って既存の言葉を組み合わせた言葉を新しい言葉だと考えるのもおかしい。そもそも傍らいたしやいたたまれないは当事者と同じ感情を抱いた時に限定して使う言葉ではないから意味が違う。また、Twitterはソースになりえない。教養の無さ、思考能力の欠落が滲み出ている傍ら痛い記事だ。

  8. ああ言う名無し より:

    ほんと的外れもいいとこだよなこのクソ記事。
    「こっちまで恥ずかしい」「こっちが恥ずかしい」と今回取り上げられてるような感覚/感情は異なる。まともな脳みそしてりゃ、TV放送とこの症状が自分に当てはまると報告してる人のコメントを見れば違いが分かりそうなもんだが。
    夫婦で議論を重ねた結果がこれとは“傍ら痛い”。類は友を呼ぶというか低能は低能を呼ぶというか……。子供がいるのかいないのか知らないがどんな子供が生まれてくるかは最早、火を見るより明らかだな。

  9. ああ言う名無し より:

    と、少し言い過ぎました。子供の話は持ち出すべきじゃなかった。ごめんなさい。謝罪して訂正します。

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)