出典情報:柳田國男「美しい村」は、結城登美雄さんの「二次創作」でした。

こんにちは。ひとりNHKスペシャル「未解決事件」の時間です。

出典マニアが、頼まれもしないのに図書館の調べ物Q&A集「レファレンス協同データベース」にある未解決事例の謎を解明する、広い意味での迷惑行為です。

今回はこちらの「美しい村」を読み解きました。

※画像は、結城登美雄さん 地元学とは〜そこに生きる人の声を聴く|ベジアナあゆ☆の野菜畑チャンネル(2016/03/31付)より

写真の場所は、岩手県は笛吹峠近く、釜石市にある青ノ木地区です。いちばん近い構図で見えるGoogleストリートビューの画面キャプチャがこちら。

2016-08-04_0938

「美しい村」の画像と同じ建物が確認できます。屋根の形、色で確定させました。

美しい村
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ってそっちメインじゃなかった。スライドに書いてある文字の方でした。

「美しい村」出典調査:結論

美しい村などはじめからあったわけではない(後略)

これは、柳田國男(1875-1962)の言葉ではありません。結城登美雄さんの言葉です。

この方です。

結城登美雄さん(2011)

※復興サポート 明日へ > 地域ミーティング みんなで”働く場”を作ろう ~岩手・大槌町 吉里吉里地区~(Eテレ, 2011/12/17 OA)より

美しい村(後略)は、柳田國男の著作を元に結城登美雄さんがこしらえ、柳田の言葉と称してあちこちでふれ回っている言葉です。いわば、結城さんによる柳田國男の「二次創作」です。

根拠

ネットの情報流通ルートを解読し、次のような観察事実をもって認定しました。

  1. 出典を明示し、柳田國男の著作から直接引用している用例がない
  2. 用例の大半は、結城登美雄さんの著書、講演・セミナー、出演テレビ番組その他からの紹介

口悪く言えば、結城さんが柳田國男の名前を持ちだして「美しい村」でマルチ商法をやってるようなもんです。

そんなわけで、結城登美雄さんを「美しい村」マルチの親と認定し、当ブログから

「美しい村」マルチおじさん

の称号をプレゼントいたします。

念のため:二次創作とは? 著作権って?

ニコニコ大百科(仮)「二次創作」からの引用です。

二次創作とは、原作者とは別人の、いわば第三者が原作を元に作成した創作物である。

この語釈ほか、主な論点を網羅した記述になっていてわかりやすかったです。

また、著作権に関しては、

の「二次的著作物の利用法」ほか著作権についての広汎な解説が、要点をおさえているように思いました。以上参考まで。

この記事で言いたいこと

出典マニアから申し上げます。

二次創作であることを明記せず二次創作物を流通させることは、害悪です。

まじめで善良な人に害を与えるからです。具体的には、

  • オリジナルの「一次著作物」と勘違いさせます。
  • 結果、善人がうっかり勘違いを言いふらし、デマが拡散します。善意に悪事をさせています。
  • そして別のまじめな人がうっかり出典を気にして、うっかり探してしまいます。
  • ですが一次著作物ではないので、まじめに探しても見つけられず、徒労に終わります。

どれもリソースの空費であり、得られる便益とは比べものにならない社会的損失をもたらしています。よって総合すれば、害悪です。

そういう悪事は控えましょう。

出典情報:柳田國男の「美しい村」

その具体的な事例として、互いに類似する未解決事例(コールドケース)2件を取り上げます。

コールドケースを無慈悲にコールドリーディングしてみました。

未解決ファイル#1

いろいろ盛り込みたくなるのを自制して、なるべく簡潔に述べます。

質問

上のツイートで知った事例です。

質問文のテキストをくり返します。

柳田國男の言葉に「美しい村などはじめからあったわけではない。美しく生きようとする村人がいて、村は美しくなったのである」というのがある。この言葉の出典を知りたい。

提供館:国立国会図書館(登録日:2016/07/21)

レファレンス事例の回答

(抜粋)

資料1に収録されている「豆の葉と太陽」という作品の中に「美しき村」という随筆がありますが、「村は住む人のほんの僅かな気持から、美しくもまづくもなるものだといふことを、考へるやうな機会が私には多かった。」という文章はあるものの、お探しの言葉は見当たりませんでした

出典マニアの回答

結城登美雄さんの著書『地元学からの出発』(2009)の序章 pp.20-21にあります。

かつて地域再生に思いをめぐらす柳田國男は、よい地域を美しい村に置きかえてこう記した。

――美しい村などはじめからあったわけではない。美しく生きようとする村人がいて、村は美しくなったのである(『都市と農村』)。

結城さんの著作を確認した範囲で、「この言葉」として最も早い時期に見られる用例でした。さらにさかのぼると、文言の一致度が下がってしまいます。

ここらの変遷史は後ほどまとめて紹介します。

「二次創作?」と疑おう

冒頭の結論をくり返します。

美しい村などはじめからあったわけではない(後略)

これは、柳田國男(1875-1962)の言葉ではありません。柳田の著作を元に結城登美雄さんがこしらえた言葉、いわば「二次創作」です。

ゆえに、カギカッコ内の「美しい村などはじめから(後略)」を柳田國男の言葉と解釈し、彼の著作を探しても見つかりません。

ですから、「一次」が見つからないなら次は「二次創作」を疑って、カギカッコ内ではなく、テキスト全体を調査対象にして出典を探す必要があります。それがここで取るべき次のアプローチです。

くり返しますと、要は

柳田國男の言葉に「美しい村などはじめからあったわけではない。美しく生きようとする村人がいて、村は美しくなったのである」というのがある。

この引用したテキスト全体を対象にして探さないといけない、ということです。

当人の著作に見つかっただけで結城登美雄さんの言葉と認定するのは早計ですが、「一次著作物」である可能性が低いのですから、目指す正解へは近づきます。

未解決ファイル#2(類似事例)

#1の「回答」欄から、過去に類似した事例があり、未解決のままとなっていたことを知りました。2010年レファ協DB登録のケースです。

この段階で手を打っておけたら被害もここまで拡大しなかったものを、と悔やまれますが、もはや詮ない話ですから事態の究明と収拾に向け最善を尽くす「未来志向」で進めました。

質問

柳田國男の随筆「美しい村」の中に次のような文章がある。「美しい村などはじめからあったわけではない。そこに住む人が美しく住もうとつとめて、はじめて美しい村になるのである」この文章が掲載されている資料が見たい。

提供館:宮城県図書館(登録日:2010/02/13)

レファレンス事例での回答

柳田國男全集で調査したが該当文章は見つからなかった。

補足すると

つまり、そもそも

柳田國男の随筆「美しい村」の中に次のような文章がある。

が事実ではなかった、間違いだったということですね。

出典マニアの回答

当該の記述は、結城登美雄さんの『東北を歩く』(2008, 増補新版2011)の「美しい村をつくる【岩手県釜石市上栗林地区】」p.64にあります。

ふと柳田國男の言葉が思い出される。

《美しい村など、はじめからあったわけではない。そこに住む人が、美しく住もうと努めて、はじめて美しい村になるのである》

同書によれば、初出は富士ゼロックスのPR誌「グラフィケーション」(2001年6月)です。

以上の各点は、東日本大震災後に出された2011年の増補新版でも同じです。

結城登美雄さんは、講演やセミナーの最後にしばしばこの「柳田國男二次創作」の言葉を持ち出します。きっとウケがいいんでしょうね。定番ネタにされているようです。

豊森なりわい塾成果発表シンポジウム|かわさん日記(2011/03/12付)より

遅くとも2011年には始めていることを確認できました。

関連情報:結城登美雄さんの「美しい村」所在地

ちなみに写真の場所は、遠野市と釜石市を結ぶ岩手県道35号線が通り、笛吹峠近くに位置する青ノ木地区(釜石市)です。当該の建物もストリートビューで特定できました。ご自身が撮影されたようです。


とまあそんなこんなで、どうも一次著作物じゃなさそうだぞとなったら、「二次創作」のセンで出典を探すのが出典マニアの流儀です。

結城登美雄さんの「柳田國男・美しい村」年代記

それではここで、

「美しい村」マルチ商法のうたい文句など、はじめからあったわけではない

と題しまして、結城登美雄さんの「美しい村 by 柳田國男」の文言が年代を経てどう変遷してきたかを時系列に沿ってみていきましょう。

時期と文言、出典情報のみを簡潔に紹介します。前後の文脈は興味のある方が各自でリンク先を参照してください。

結城登美雄さんの「柳田國男・美しい村」めくるめクロニクル、スタートです。いってみよう!

(1)1995-96年頃

「はじめから美しい村があったわけではない。美しく住もうと努力する人々がいたからである」。

結城登美雄『山に暮らす海に生きる―東北むら紀行』(1998) pp.20-21

「宿場町」福島県下郷町

(2)2001年

レファレンス事例の「未解決ファイル#2」にて出典を尋ねられていた文言です。

《美しい村など、はじめからあったわけではない。そこに住む人が、美しく住もうと努めて、はじめて美しい村になるのである》

結城登美雄『東北を歩く―小さな村の希望を旅する』(2008) p.64

美しい村をつくる【岩手県釜石市上栗林地区】

(3)2007年

文言は(2)と同じです。文言をくくる記号が「」に変わっています。

「美しい村など、はじめからあったわけではない。そこに住む人が、美しく住もうと努めて、はじめて美しい村になるのである」

結城登美雄『地元学からの出発―この土地を生きた人びとの声に耳を傾ける (シリーズ地域の再生)』(2009) pp.267-268

長野県李平から秋山郷へ(2007年11月)

(4)2009年

レファレンス事例「未解決ファイル#1」で問い合わせがあった文言がこちら。

――美しい村などはじめからあったわけではない。美しく生きようとする村人がいて、村は美しくなったのである(『都市と農村』)。

結城登美雄『地元学からの出発―この土地を生きた人びとの声に耳を傾ける (シリーズ地域の再生)』(2009) p.21

序章 地域が「ぐずぐずと変わる」ための「地元学」

(5)2011年1月

美しく「生きようとする」が「暮らそうという」に変わりました。

美しい村など
はじめからあったわけではない
美しく暮らそうという
村人がいて
美しい村になるのである

柳田國男

1月29日、結城さんが豊田産業文化センター(愛知県豊田市)で行った講演「地域を生きる」で使用したスライドの写真で確認できます。再掲します。

豊森なりわい塾成果発表シンポジウム|かわさん日記(2011/03/12付)より

あるとき結城さんが、「暮らそうという」の方がいいかな、と思われて修正されたのかもしれません。

そして2011年以降現在まで、使用頻度のばらつきはありますが、(5)のバージョンを中心に、(1)~(4)それぞれが混在して登場しています。

ざっとそんな状況です。

結城登美雄さん、自ら「二次創作」を暴露していた(2012年)

実は結城さん、いったんは

柳田國男「美しい村」は自分発の言葉です

ってゲロっちゃってるんですよね。

2012年3月9日に開かれたセミナーで結城さんが行った基調講演でのことです。

JA共済総研セミナー「地域社会の再生に向けて」基調講演+パネルディスカッション
@JA共済ビル カンファレンスホール
(東京都千代田区平河町)

※画像は農協共済総研セミナーリーフレットCS3_A案(PDF)|jkri.or.jp より

その講演録に「真相」が書いてありました。引用します。※強調・下線は引用者

8.そこに暮らす人がよい地域を生み出す

柳田國男さんという民俗学者が、昭和4年に書いた論文があります。その言葉を私なりに整理してみました

美しい村など、はじめからあったわけではない。美しく暮らそうという村人がいて、美しい村になるのである

出典:基調講演「住民を主体にした地域づくり~復興・再生への道~」(PDF)|共済総研レポート2012.4

補足すると、文中の「柳田國男さんという民俗学者が、昭和4年に書いた論文」とは、『都市と農村』を指すものと思われます。

何か心境の変化があったのでしょうか。「二次創作」と明確にネットで確認できたのはこの一例だけです。

参考資料

上の用例を含め、ネットで見かけた結城さん発の「美しい村」の用例17件をピックアップし、年代順に一覧にしてあります。ご参考まで。

参考:【リスト】結城登美雄さんの「柳田國男・美しい村」使用記録(オンライン版)(2016/08/02)

「隠れ二次創作」という悪について

先ほどの講演録はこう続いていました。

地域づくりは学者の実験所ではありません。地域は人間が人生を生きる場です。そこにいる人たちの思う心と行動が、よい地域を生み出していくと私は思いたい。そして、それを応援していくことが、私にもできることだと思っています。

なるほどご趣旨は承りました。

しかしそれがために、自身の二次創作であることを明示せず、それをあたかも柳田國男の言葉であるかのように流通させることは、社会的害悪です。

うっかり出典を気にしちゃったまじめで善良な一般人とその周囲に実害を与えていることは、ここまで見てきたとおりです。

目的が正しいからといって、あらゆる手段が正当化されるわけではありません。本件の目的が正しいかどうか私にはわかりませんが、きっと結城登美雄さんご本人はそう信じて、またはそういうポーズで、活動をされているのでしょう。

出典マニアに言わせれば、このような手口での「二次創作の隠蔽」は、まったくもって不当な手段であり、害悪以外の何ものでもありません。

冤罪の可能性を検討する。たぶん低い

つい、語調が強くなってしまいました。

もちろん、本件が出典マニアが義憤のあまり「美しい村」マルチおじさんに対してつい着せてしまった濡れ衣の「冤罪」事案である可能性も残されています。すなわち、先述した2012年の講演は、何らかの事情により、結城さんがしてもいない罪科を自ら告白させられてしまった事案だ、という可能性です。

人はときに、やってもいないことを「やった」と認めることがある。

それが、幾度となくくり返される冤罪事件から私が得た教訓です。その可能性には余地を残しておかなくてはいけません。

反論の手ほどき

ですからもし結城さんが「その講演でそんなことは言っていない。事実無根の冤罪だ」と主張したいなら、柳田國男『都市と農村』から出典を示してもらえれば済みます。まだ私自身が当該資料を確認できておりませんので助かります。

ただしここまで述べてきたような経緯からすれば、明示できる出典が存在する可能性は低いと見ています。

レファレンス事例から今回ピックアップした「未解決ファイル#1」にも、

*インターネット上にお探しの言葉は柳田の『都市と農村』の中の文章だとあったため、全集のうち『都市と農村』が収録されている4巻を確認しましたが、お探しの文章は見当たりませんでした。(後略)

とありました。

これもまた、人が目視で確認したのならば、見落としている可能性はあります。

しかしこと出典に関して、「美しい村」マルチおじさんと、国会図書館のレファレンスの人と、出典マニアがどちらの証言をより信用するか? すなわち、どちらが出典に対してより誠実か?

言うまでもないことですね。いかがでしょうか。

類似事例「天災は忘れた頃にやって来る」

2つの未解決事例に似たケースとして「天災は忘れた頃にやって来る」が挙げられそうです。

【2017/02/07】独立させ別記事へ移しました。→
師・寺田寅彦の言葉をうっかり捏造しちゃった中谷宇吉郎、苦しい言い訳の巻

この事例から学ぶべきこと

ともかく、伝・寺田寅彦の言葉「天災は忘れた頃にやって来る」の事例から学べるのは、

名言のなかには「二次創作」がある。

そんなこの世の事実です。

こういったパターンが実際あるわけですから、

質問:誰々の言葉に「~~」がある。この出典は?

というタイプの出典調査を、その誰々の著作に「~~」が見つからなかった時点で終えるのは中途半端、尻切れとんぼと言えましょう。

だったら二次創作の主は誰か? そこを突き止めるのが、本気の調査というものです。

というかさ、レファレンス協同データベースの存在意義って、こういう経験則の習得を加速させることにあるんじゃないの?

運用の予算、生かされてんの?

と煽っておきます。誰得?

まとめ

世の中の人は、出典を「気にしない人」「気にする人」の2種類に大別できます。

今回の調査から、次の発見事項が得られました。

  • 結城登美雄さん(「美しい村」マルチおじさん)は、出典を気にしない人です。
  • 一方、中谷宇吉郎は出典をそこそこ気にする人でした。しかしあるときうっかりやらかしてしまい、後に苦しい言い訳をしていました。
  • 出典マニアは、めちゃめちゃ気にする人です。

出典を気にしない人で占められるのが「名言」の世界です。ほんとこんなのばっかり。

名言業界の健全化を願って、今後も微力ながら出典マニアの活動を続けます。

おことわり

誤解のないように付け加えます。私はこの記事に登場する人物を悪人と罵りたいのではありません。私が批判したいのは、出典を気にしない人物に宿り、時に世間に蔓延するタイプの悪です。

筆を極めて罵っているように映るなら、出典マニアのポジショントークと積極的に受け取っていただき、その分割り引いてもらえれば幸いでございます。

また善行を積みます。

次回予告:「事前調査事項」も解決する

実はまだもうひとつ、解決することがありました。

未解決ファイル#2の「事前調査事項」欄にあったこの記述です。

草柳大蔵『日本人への遺言:絶筆』海竜社, 2003【914.6/クタ2003.7】p.96に昭和9年に柳田國男が書いたエッセイとあった。

提供館:宮城県図書館(登録日:2010/02/13)

結論だけ先に書くと、出典をまるで気にしない人がやらかしていた事案でした。

昭和9年に書かれた「美しい村」とは、柳田國男のエッセイではなくて、堀辰雄の小説です。正確には「刊行された」ですが。

ここまで相当な長文記事となっていますので、詳しくは記事を分けて書くことにします。

謝辞

調査に使用した図書はすべて近隣の所有館で参照・借用しました。最後となりましたが、謝意を表します。

図書館大好き

ご静聴ありがとうございました。

ブラームス《ドイツ・レクイエム》作品45の一節でお別れです。

ドイツ・レクイエム作品45 あなたの住まいはいかに美しいことか
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おわり

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