【観る前に語る】「シン・ゴジラ」の手のひらが上を向いている理由

こんにちは。安心してください。ネタバレしませんよ。

とにかく明るい(ウソ)おっさんが、鑑賞前にゆるふわっと考えてみました。

考察するのは、もちろんこちら。

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シン・ゴジラ|東宝WEB SITEより

その特徴的な外見の筆頭(※当社比)、手のひら(上肢掌部)の向きです。

要約:Executive Summary

「シン・ゴジラ」はなぜ、掌(てのひら)を天へ、上に向けているのでしょうか?

主要3候補

その理由として有力なのは、

  1. 「初代」の踏襲
  2. 「人外」を表現
  3. 「鬼」の所作

あたりと考えます。

どれか1つが正解ということではなくて、主にこれら3つの要因がミックスされた結果こうなった、という見立てです。

余興:「3候補」を擬人化してみた

お遊びとして、実に21人が立候補した2016年の第3新東京市長選挙、うち「主要」とされた3候補になぞらえてみました。

  1. 「初代」の踏襲
    →名ばかり実務型・官僚出身「マスダ」
  2. 「人外」を表現
    →異端のススメ・怪獣厚化粧「コイケ」
  3. 「鬼」の所作
    →偽者ジャーナル・鬼畜の所業「トリゴエ」

こんなところですかね。

他候補は独自の戦い

ほかにも、

  • ものまね
  • 願かけ(ヒット祈願・復興祈願)

といった説もありましたが、「奇説」「珍説」の類に分類しておきます。安心してください。

なぜ「上」? ゴジラの手のひら

シン・ゴジラの手のひらが上を向いている理由、「主要3候補」と俺メディアが勝手に判断した

  1. 「初代」の踏襲 →マスダ説
  2. 「人外」を表現 →コイケ説
  3. 「鬼」の所作 →トリゴエ説

をそれぞれ詳しくみていきましょう。

1.「初代」の踏襲:マスダ説

今回の「シン」で脚本・総監督を務めた庵野秀明さんは、初代のゴジラ(1954)を意識されているようです。

ゴジラ(1954) from commons.wikimedia.org

こちらのニュース記事:

によれば、 ※下線は引用者

怪獣映画の完成度、素晴らしさは最初の『ゴジラ』に集約されていると思う」と庵野総監督は言う(完成報告会見)。

と、庵野さんがシリーズ第1作を高く評価していることがうかがえます。

怪獣映画は初代ゴジラがあれば十分だと、最初は東宝のオファーを断ったが、

とのこと。

(8/3追記)出典メモ

「完成報告会見」のテキストがありました。

第1作目から60年以上の時を経て、日本に復活! 庵野秀明総監督が描いた「シン・ゴジラ」完成! 「シン・ゴジラ」完成報告会見|東宝WEB SITE(2016/07/19付)

比較対照用に引用します。

僕は、怪獣映画の完成度と素晴らしさは最初の「ゴジラ」に集約していると思うんです。

「怪獣映画はあれがあれば、十分じゃないですか」と東宝さんにお話しました。

余談:予習に最適だった記事

ちなみにこの記事→『シン・ゴジラ』—庵野秀明が今の日本でゴジラ映画を作る意味|nippon.com(2016/07/28付)、シン・ゴジラの「予習」に最適でした。ネタバレせずに、なぜ今観るべきかがわかります。おすすめです。

鑑賞された方が「必見。観ておけ」「また観る」「誰かと語り合いたい」的な感想ツイートを多数出しているのもむべなるかなと想像がつくのでした。

貧乏なおっさんですが、割引タイムを狙って近いうちに観に行くことにしました。余談でした。

1954版の確認結果:「上」。だが「常に」ではない

話を戻します。BSプレミアムで放送された60周年記念デジタルリマスター版(2014/07/08 OA)で、初代ゴジラ(1954)を見直してみました。

確かに手のひらが上を向いたカットがありました。わかりにくいけど、こんな感じです。

20160731_godzilla12-e1335466173289

altscreen.com(2012)より転載

ただし「常に上」ではなかったです。前掲のポスターでも、ゴジラの手のひらは横向きですね。

とはいえ、第1作中の「手のひら上向き」ゴジラのたたずまいが、庵野さんはじめ「シン」制作陣に強い印象を与えた可能性は十分に考えられます。ありです。

2.「人外」を表現:コイケ説

人外、要は、

  • ひとでなし=人でない存在
  • 人知を超えた存在
  • 意思の疎通が望めない存在

を表現している、ぐらいの趣旨です。

類例:赤い洗面器の男

ちょうど、頭の上に赤い洗面器をのせて歩いている男のようなもんですかね。わかりにくいか。

ハリウッドワタナベケンの証言

たとえば、ハリウッド版「Godzilla」(2014)に出演された渡辺謙さんは、同作の公開当時に次のように話されています。


GODZILLA ゴジラ(字幕版)

ある種の不動明王みたいなね、破壊があり、怒りがあり、そういう恐れのもう一個先に、平和がある。というような、そのぅ不思議な、ある種の神のひとつ、というかな。

人類はこのままでいいのか(略)そのようなことを突きつけられているような気が、するんですよね。

出典:プレミアムシネマ「ゴジラ 60周年記念デジタルリマスター版」(BSプレミアム, 2014/07/08 OA)

そこそこ有力に聞こえます。でさーね。

2014路線もふまえたか?

同じ番組で渡辺さんは、出演作について、

一作目に戻った気がしますね。(略)精神世界、ほんとに一作目に近いものだと僕は思うんですね

ゴジラ映画っていうのが、僕の場合は、なんかハリウッド版もへったくれもなくて、もう世界映画だっていう気はしましたね。はい。

とも話されていました。

1. のマスダ説ともつながってきます。与党分裂は見せかけでした。何の話だ。

3.「鬼」の所作:トリゴエ説

公開初日(7/29)に、シン・ゴジラ役が野村萬斎さんであることが発表されました。

「シン・ゴジラ」の正体が狂言師の演じた「ゴジラ萬斎」であれば、またひとつ合点がいきます。代々継承されてきた伝統芸能の所作をベースにしたと推測できるからです。

具体的な情報を知りたくて、狂言での「人間でない存在」のの演技について、人の場合とどう違うのかをネットで探してみました。

結論を先に言えば、野村さんの「ゴジラ萬斎」は、たぶん「鬼」の所作を取り入れたのでしょう。

狂言の「鬼」

文化デジタルライブラリー内に、参考となる動画コンテンツがありました。

手のひらが上向きではないものの、そこはかとなく「シン・ゴジラ」です。

2016-07-29_1509

両手両足を大きく広げ、強さを強調する。男や女に比べ、動きは大きく荒々しい。

出典:狂言はやわかり > 「構エ(かまえ)」と「運ビ(はこび)」

さらに「名乗り」における鬼の動きは、一段と「シン・ゴジラ」感が増します。

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2016-07-31_1719

2016-07-31_1721

出典:狂言はやわかり > ことば・名乗り

さながらこんなイメージ。

Godzilla Approaches
伊福部昭
¥200

【8/1追記】「ゴジラ萬斎」起用の裏側

野村さんをキャスティングしたのは、監督の樋口真嗣さんだったようです。こちらの記事が詳しかったです。

『シン・ゴジラ』樋口監督、ゴジラの動きに野村萬斎を起用した理由語る「からっぽの器に魂を」|マイナビニュース(2016/07/29付)

Twitterにはこんな証言もありました。初日舞台あいさつでの発言だったのでしょうかね。

(2016/08/01 追記ここまで)

狂言はいいぞ

今回見つけた狂言はやわかりの各コンテンツが、どれもすんげー面白くて、今までジャンルごとスルーしていたのを悔やむほどです。狂言いいな。

狂言じゃないですからね。

(8/3追記)ゴジラ2016体験してきました。その目でトリゴエ説を読み直すとなんと浅はかな着眼点と仮説だこと! 伝統芸能恐ろしいわ。

「主要」以外の候補たち

なぜ、シン・ゴジラは掌を上に向けているのか?

その理由に関しては、ここまで述べてきた主要3候補のほかにも、荒唐無稽でエッジの利いた「泡沫候補」が多々あります。

ひとつは、多様な「ものまね」説です。

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岡本太郎?

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オカダ・カズチカ?

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Mr. マリック?

語呂合わせによる願掛け説

あるいは、語呂合わせ(ダジャレ)でゲンを担いだ願掛けではないかという説もあります。

  • 「レインメーカー」ポーズ
    →雨のようにお金を降らせる
    →お金がたくさん降ってきますように
    →ヒット祈願
  • 「手のひらを上に」
    →上を向いて歩こう
    →がんばろう日本
    →被災地復興を祈念

こうした泡沫候補さながらの奇説・珍説に対しては、表面上は一種の座興、ないしは悪ふざけと受け取りつつも、そこにごくごく微量に含まれていそうな真実をかぎ取る。といったスタンスで臨めばよいかと思います。

むすび:人知を超えた?嫁の卓見

ところで、先ほどの「Mr. マリックのものまね」説、実は嫁発信です。

夫婦間のやりとりを再現してみました。


シン・ゴジラって、手のひらを上に向けてるんですけど

そうなんだ

なんでだと思いますか?

ハンドパワーじゃないの?

え、これ?

2016-07-31_1620

www.maric.jp より

Legs(1985)
アート・オブ・ノイズ
¥250

そう、それ

手のひらが上向きのパターンって、あったっけ?

ググレやカス

(画像検索)あーこんな感じか

20160731_003_240x

Mr.マリック、インターネットにも「きてます!」(1/4)|ASCII.jp(2010/11/26付)より

↑(再掲)

驚異の、嫁・超魔術

上の記事でマリックさんが自身のキャリアを語っておられたのにつられ、つらつらと読み進めてみたら、びっくりするオチが待っていました。

この話、私ははじめて知りました。

名古屋の「オリエンタル中村百貨店」というデパートで、マジックの実演販売をはじめたんです。プロでもアマでもない、マジックディーラーとしての仕事を。14年間くらいはずっとそれをつづけてました。

2/4

へぇ~。そういえば昔デパートのおもちゃ売り場にそんな人いた。買ったこともある。

実演販売からテレビの世界へ転身できた理由を、マリックさんは次のように語ります。 ※下線は引用者

実演販売は、売るのが仕事ですからね。(略)売りつけられると思った途端、お客さんは帰っちゃう。だから笑わせる必要があった。人は、笑わないとモノを買わないですから。

3/4

さらに、「自分にもそれはできる?」と聞かれるんですが、そこでタネを明かしたらモノは売れません。だから、お客はまったくタネに触れない。そのときに必要なのが何よりもトーク技術でした。それが「超魔術」のベースになっています。

3/4

でもって、びっくりしたのはこのあとです。

マジシャンが背景や照明のことを考えるようではダメです。そこは絶対におしゃべりで引きつける。お客に対してやってることはずっとアナログで、そこを映像でどうにかすることはできません。そんなことをしたら自分たちの首を絞めるだけなんです。そもそも、それが特撮映画の歴史なんです。

4/4

え?

(2度見)

そもそも、それが特撮映画の歴史なんです。

マジックの演出の話をしていたマリックさんが、なんかいきなり特撮映画を語り出したぞ!

2016-07-31_1703

同じく、出典は(4/4

「特撮映画はマジックから生まれた」という映像文化史を語るマリックさん。特撮映画ができたおかげで、「マジシャンでなくても不思議なことはできるじゃないか」と思われてしまった

なんだこの展開。まさにハンドパワー!

かつてYメンタルクリニックのG医師に「医療の範疇を超えた」と評価された実績を誇る嫁を、ゆめゆめ侮れませんでした。

きてます! きてます! 嫁パワー!

ある意味、人知を超えた存在なのでした。カミさんだけに。
何を言うとんねん。

いま、平和への祈りが!!


安らぎよ 光よ 疾くかえれかし

本日、全国一斉に行われました平和への祈り
これは東京からお送りするそのひとこまであります

『ゴジラ』 (1954) エンディング (M23)
伊福部昭
¥250

おわり

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