えっ?「1回生」森喜朗議員、国会で電通disりすぎ!

こんにちは。高校時代の愛読書は『小説吉田学校』でした。デザイン芸人「デザインや」です。

用件はタイトルのとおりです。

要約:Executive Summary

森喜朗代議士の当選1期目、いわゆる「1回生」時代の発言を追いかけて国会会議録を読んでいたら、昭和46(1971)年の衆議院「放送に関する小委員会」で電通をdisりまくっていました。

もともと「おもしろネタの宝庫」と(私に)定評のある国会会議録の中でも、トップクラスの面白さでした。

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20160220_v1

語る森喜朗|森喜朗公式ウェブサイトより

国会会議録へのアクセス動機

国会議事録を読みだした経緯について補足します。

五輪エンブレム問題に対して、組織委員会(東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会)の森喜朗会長(2016年2月現在)が与えている「インパクトファクター」、影響度ってどれぐらいなんだろうか? どうやって見積もろうかと思案したとき、

美しく燃える森(2002)
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♪~

静かに見つめてた 悲しみを連れて
出口無くして 森の入口

(詞・谷中敦)

このフレーズにヒントを得たものです。とりあえず「森の入口」=当選1期(1970-1972)分の議事録13件は全部目を通した。

しかし読んでみるとまあ面白い。着手した動機と関係なく、面白い。

国会会議録検索システムマジ最高(2回目)。

「昭和のオヤジ」森喜朗

くしくも「国会議員・森喜朗」引退(2012年)の前日に取材し、代議士時代最後のインタビュアーとなった吉田豪さんは、森さんを評して

「面倒見はいいんだけど、口が悪くてデリカシー皆無な親戚のおじさんっぽい」

「良くも悪くも昭和のオヤジ」

としています。※『聞き出す力』(2014)より

まことに正鵠を得た人物評に思います。以後、こちらの見解もふまえつつ進めます。

ということで、吉田学校への勝手な入学手続きも完了しました。

森喜朗さん、電通お嫌いですか? in 1971

抜粋する会議録はいずれも昭和46(1971)年の「衆議院逓信委員会・放送に関する小委員会」のものです。

期日ごとに、3つに分けて進めます。

第1号(2月10日)

以下、引用は逓信委員会放送に関する小委員会 第1号(昭和46年2月10日)からです。細かい文脈の説明は略します。

関連質問に立った33歳の森喜朗議員と、対するは「放送番組向上委員会委員長」の高田元三郎(1894-1979)参考人でした。

高田先生いろいろと述べておられましたけれども、向上委員会ですか協議会というのは、どうかかったってこんなものは隠れみのかクッションでしかないと私は思っているのです

とぶった切る「昭和のオヤジ」森喜朗の、歯に衣着せぬ口の悪さがすごい。※下線は引用者・以下同じ

大体さっきから聞いていましても、放送番組向上協議会の住所一つ見ましても、電通みゆき別館というので電通の中にいるわけですよ

おもやが電通の中に入っておってやっておるのですから、(略)どうチェックして、どう手直しをして、そんなことをおやりになることはまずでき得ないと私は思っているのです。

そんな協議会が何ぼテキストを出し表を出したって、そんなものでは全然番組はよくならないと思うのです。

一般国民の素朴な感覚に照らすと、まったくそのとおりなのであります。

いまも同じ

当世もそこは同じであって、おざなりな対応を続けて審査委員だった平野敬子さんを悔し泣きさせるような、そんな性根の協議会だか委員会だかが、何ぼテキストを出し表を出したって、そんなものでは全然エンブレム問題はよくならないと思うのです。

会長以下、どっかの東京20なんとか20のなんとか組織なんとか委員会にも揃って聞かせたい、森喜朗議員のしびれるセリフなのでした。


というわけで、これには高田参考人もあーだこーだとるる述べーの、

かなり公正な立場でものを言っておりますから、そういう点はひとつ御懸念なく願いたいと思っております。

と返しーので精一杯なのでありました。

余談:豪華すぎるインタビュー

本筋から脱線しますが、ガチでびっくらこいたので少しだけ。

この小委員会には、参考人がもうひとり出席していました。その「松山秀子」なる人物の発言をつらつらと追っていますと、

○松山参考人 …この仕事に入って四十二年やっております。四つのときに――あまりよくわかりませんでしたけれども、だんだん大きくなりまして、いろいろな時代がありまして、

ほう。

私は「二十四の瞳」なんというので学校の先生なんかになりましたから、あれでずいぶんいい人だと思われちゃったんですね、実はそういう人間じゃないのですけれども。

ってオイ、あんた高峰秀子じゃねえかよ。

こんなところで「森喜朗×高峰秀子」の超豪華インタビューが読めるとは!!

記憶が確かなら、↑上の本にも入ってなかったゾ。

など話は尽きませんが、つづきはいつか別の記事で。

第3号(5月18日)

次は時系列をちょいと入れ替えまして、先に逓信委員会放送に関する小委員会 第3号(昭和46年5月18日)からです。

この会合で森喜朗代議士は、

これはこの間も電通さんに一蹴されてしまったのですが、幾らいい番組をその時間帯でつくろうという御熱意があっても、その隣のところがおもしろければやはりそっちのほうを見てしまう。

として、テレビ番組について

ですから、これは時間帯を同じような傾向番組をやるようにという、これは行政が介入することになってしまいますけれども、そういうようなことが自主的にできないのだろうか。

時間帯で皆さん方がお互いに話し合って七時から八時台はこういうものにしていく、八時から九時はこういうようなものにしていくということができないのだろうか。

という、「本気か?」という提案をぶち上げています。

ここで言いたいのは、森喜朗さんの発想が33歳にして既に「面倒見はいいんだけど」「デリカシー皆無の親戚のおじさん」「良くも悪くも昭和のオヤジ」(by 吉田豪さん)そのまんまだということです。

第2号(2月23日)

先述の第3号で、森喜朗議員が「電通さんに一蹴された」と述べていた問答は、逓信委員会放送に関する小委員会 第2号(昭和46年2月23日)に記録されています。

対する参考人は、

  • 「株式会社電通 第二クリエーティブ室長」尾張幸也(1921?-2010)
  • 「日本広告主協会電波委員長」和田可一(生没年不詳)

でした。

ヒートアップする「森 vs. 電通勢」の論戦

森喜朗「1回生」議員は、「テレビ視聴率」という評価指標を目の敵にしています。

テレビの普及台数からすれば大変な人数が見ているにもかかわらず、視聴率が10%以下になった番組がどんどん消えていってしまう。競争が過当ではないかとして、

○森(喜)小委員 …結論を急いではいけないのですが、こういう視聴率なんというものを発表しないでおくということのほうがいいような気がするのです。

と、素朴で無邪気で憎めないながら、実効性にはすこぶる疑問の多い提案をします。

これには和田可一参考人も失笑半分(←決めつけ)で

○和田参考人 …視聴率の点について、これはたいへん問題が多いのでありますけれども、皆さん方の選挙と同じように、投票をした人が必ずしもその投票した代議士さんの方々を支持しているかということになりますと、これは自分が好きだから入れた方もございましょうし、それからあるいは親類から頼まれて入れた、あるいは名前を全部比較してみたけれども、この方よりもこちらのほうがいいだろうというような比較で入れたり、いろいろございます。

などと選挙の比喩を使って控えめながらも当てこすってきます。

ここに森喜朗議員がカッチーンとくるわけです。

○森(喜)小委員 どうも視聴率をわれわれの選挙のことにひっかけられたのですが、これをやりますと、私はあなたと相当大きくけんかをしたくなりますから、時間がありませんので――

と話を戻そうとしつつ

しかしただ、あなたのそういう発言は、私は選挙民を侮辱しておると思いますから、慎んでいただきたいと思います。

私の場合六万四千五百九十五票をいただいております。その得票の人を代表して私は話をしているつもりでおりますから、

と、何度もそっちへそっちへとそれていきます。面白い。

電通dis、クライマックスシリーズ

1回生代議士森喜朗の電通dis・広告業界disは、ここでクライマックスに達します。※下線は引用者

とにかく視聴率というものを、あなた方は自分たちのものさしがないからということでおやりになる。それはあなた方の広告というもの、あるいは電通だとか博報だとかいろいろあるでしょう。テレビ会社の広告もあるでしょう。そういうもののものさしのためにあなた方はそれを出しておられる。出しておられるけれども、現実に国民はそんなことはいい迷惑なんですよ、はっきりいいますと。それを国民はみなぼんぼん押しつけられている。その責任はどこに来るかというと、結局は政治家に来るのですよ。こういう国民を悪くしていった、何をやっているのだ、教育が悪い、いや放送が悪い、いろいろ言って、結局われわれがそのあと始末をしていかなければならぬ。そうしてあなた方は全然その責任がないわけです

私は「視聴率の要否」に関して森議員と意見は違いますが、自身の素朴な感覚に照らしても、ほかはまったくそのとおりなのであります。

続・いまも同じ

当世もそこは同じであって、エンブレムとか電通とか博報堂だとかいろいろあるでしょう。けれども現実に、一般クソ国民は、そんなことはいい迷惑なんですよ。はっきりいいますと。

いろいろ言って、結局酔狂なデザイン芸人までが(頼まれてもいないのに)そのあと始末をしていかなければならぬ。そうしてあなた方は全然その責任がないわけです。

などとアレンジも放り込みつつ、会長以下、どっかの東京20なんとか20のなんとか組織なんとか委員会にも揃って聞かせたい、森喜朗議員のしびれるセリフなのでした。

電通disが止まらない

そしてまた、「電通・第二クリエーティブ室長」である尾張幸也参考人からの

コマーシャルというのは最も保守的なものであるというふうに考えております。ですから、時代の空気がこう流れていく。そのうしろから、やはりある程度ついていかなければならないだろうということであります。それを何かリードするとかなんとかいうことはコマーシャルではできません。そういう時代が少しずつ移り変わっていく。そういう移り変わりを取り入れなければ、その時代の人に話はできないだろう。そういう意味では、ぼくはCMというものはかなり保守的なものである。

という回答に逆上したかして、

私は電通に大学の友だちが一ぱいおるんですよ。

と、森議員の電通disりが止まらなくなります。ポイントポイントをピックアップしておきます。

聞いてみると、どうやって網をくぐって、どうやっておもしろくやらしてやろうかということで毎日会議をしているという。ほんとうですよ。どこまでうまくやるか。

いわゆるパブリシティーというのは、広告か広告でないのかわからないような形に入れていくということが最近の一つのテクニックになっているし、事実、私の仲間の電通や博報堂などにいる同級生からみんなそれを聞きます。

私はあなたのおっしゃっていることをそれでけんかしたって、平行線だと思っていますから、それでいいですよ。あなたも電通という一つの広告をつくる会社の責任ある立場なんですから、それはあたりまえのことです。

あげく、

電通さんも、今日の電通はたいへんなものですよ。しかし、その中にも、電通という一つの企業イメージはりっぱなものをつくっていくのだという――(略)そういうものを持っているという使命感を絶えずお持ちいただいてこれからひとつ行動に移していただきたいということをお願いして、質問を終わりたいと思います。ありがとうございました。

最後は質問でも何でもなくなってしまうのでした。本当にありがとうございました。

まとめ:森×電通の両サイド・ノーサイド

まとめとして、両サイドの視点から書いておきます。まず、あらためて森喜朗議員サイドから、そののち電通サイドからです。

森喜朗さん、「そっちサイド」はいつから?

「1回生」時代の森喜朗議員の論調は、どちらかと言えば一般クソ国民ウケする「こちら側」でした。

しかし総理大臣にまで上りつめた出世ぶりがたたったかして、代議士を引退した後の森さんはいまや

組織委員会は、各組織・企業からの出向者でその多くは占められておりますが、いま一度、組織としての一体感を、どう醸成していくかが必要であると考えます。

横の連絡というものも、もう少しきっと、共有していかなきゃならないんだなあという意味では、この組織に、少し無理があったのかなあと。だんだんこう肥大化していくなかで、何かもうちょっと意思の疎通が、あるいはこうしたことの誤りが、隣の家の話のように、みんな片付けてしまっているような現状もあるわけでありまして

9月28日 東京2020エンブレムの問題に関する報告 記者会見(第2部)・質疑応答(全文) 『東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会』|聞文読報(2015/09/30付) より

と、なんとも歯切れが悪いのであります。いつの間にか「そっち側」へ移ってしまったかのようです。

とんだノーサイド

また、同日に

きょうの理事会におきまして、筆頭副会長の豊田章男さんから、民間の知を活かした組織改革の必要性について、ご発言がございました。

理事会の皆さんのご了承を得て、改革チームを、組織委員会の改革チームを設置することになりまして、豊田副会長に、その座長としてご就任いただくことを、ご承諾をいただきました。

是非、豊田さんにその知恵をお借りして、民間の委員の方も、理事の方もおられますし、そういう方々のお力で、この組織委員会の機能的な運営の仕方、そうしたことをご検討いただき、我々にまたご指導いただきたいと、こういうのが、今回の委員会の趣旨でございます。

同上

と打ち上げておいて、そいでもって、検討と指導に取り組んだであろう結果が、これなわけですよ。

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公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会副会長の豊田章男は、本日付けで副会長を辞任することになりましたので、お知らせします。

出典:豊田副会長の辞任について|tokyo2020.jp(2015/12/21付)

豊田 章男 東京2020組織委員会 副会長コメント

私は、組織委員会の理事・副会長を辞任し、(略)経済界としての大会支援に専念することと致しました。

これはね、豊田さんがさじ投げたんですよ。はっきりいって。

デリカシー皆無で口悪く翻訳すると、「こいつらトヨタ式でもちーとも手に負えんでかんわ」宣言なんですよ、ほんとに。

とんだノーサイド宣言ですよ。

三河弁が適当すぎるのは、すまん。

電通の、だからそういうとこ!

さて、盛大にdisられていた電通サイドからの情報も記しておくことにします。

検索してみますと、「第2号」の会議録に収められた「森喜朗 vs. 尾張幸也」の問答を、電通側の視点で綴ったストーリーがありました。

筆者クレジットは「伊藤 徳三」となっていて、

第65回国会の放送小委員会における尾張の発言は、管理統制を最も嫌い自由を重んじた、尾張の真骨頂と言える。

とまとめられていました。

三河のトヨタに対して、こっちは尾張の電通なわけです。ほんと適当ですまん。

だ・か・ら、そういうとこ!

ところで、このページに「衆議院初当選の時の/森喜朗」とキャプションの付いた写真があるんですが、

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これって、元をたどれば

2016-02-21_0022

森 喜朗 公式ウェブサイト > プロフィール

のここから取ってきたヤツじゃないんですかね?

試しにGoogleで画像検索してみたら、画像サイズも同じみたいだし、この2つしか出てこなかったんだけど、どうなんでしょうか。

私自身の所感を申し上げますと、勝手に転載するのはいいとして(よくねーよ)、流用するならその取得元を明記しとかなきゃならんのじゃあるまいかと、かように思うわけであります。

つづけて申し上げますれば、電通は十中八九大変に立派なビジネスをされている、見上げた企業だと思っております。思ってはおりますが、残りの一二がまあその、脇が甘いというかなんというか、とにかくそういうとこなんです。

どこかの東京スカパラダイスな組織なんとか委員会でも、エンブレムのプレゼン資料やら会見資料やらで使っていた素材に他人の著作物の無断流用があったりなかったりした結果、出向元へと帰ったり返されたり、不正だとされたりされなかったりと、そんなふうに聞いておるのでございます。

シメの一曲

ここで僭越ながら一曲、披露させていただきます。皆さまもぜひご一緒にどうぞ。

美しく燃える森(Live 2003)
東京スカパラダイスオーケストラ
¥200

♪~

かけてゆく 月の夜 変わり行く数字 見つめる君に
火をつけて 森の中 飛べなくなる蝶 見つめて酔い痴れていようか

♪あぁ~~~
お粗末さまでございました。

国会会議録検索システムマジ最高(3回目)。

○デザイン小委員長 時間もまいりましたので本日はこれにて散会いたします。

おわり

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