れりごー(Let It Go)の歌詞で味わう、英語の定冠詞「the」

こんにちは。

れりごーって、いい歌ですね。

歌の世界をもう少し深く知ろうと思い、こちらの動画をベースに歌詞のテキストを抜き出して検討してみました。

いちばんミクロな部分で面白いなと思ったのは、定冠詞theの使い方でした。

というわけで、この記事では、れりごーの「the」について述べていきます。

れりごー最頻出単語だった「the」

the。

実は、れりごーの歌詞テキストに最も多く出てくる「最頻出単語」なのでした。

集計してみた自分も、この結果にはびっくりしました。

驚愕のデータ

《Let It Go》の歌詞は、くり返し部分も含めて、全部で276語から成ります。(LibreOffice Writer調べ。以下同じ)

2014-08-26_0252

※れりごー lyrics(一部)

その276ワードのなかに、「the」がなんと20回出てきます。20回ですよお客さん。

驚いたことに、その登場回数は、歌のタイトルを作る単語

  • let(18回)
  • it(17回)
  • go(12回)

のどれよりも多いのです。

あれだけれりごーれりごーと耳に残るのに、それよりもよく出てくるという話です。

さらに20回というその数字は、歌の主体であるエルサの一人称代名詞、I(11回)、my(2回)、me(6回)を合計した数をも上回っています。

堂々の第1位です。驚きました。どうですかお客さん。

theに関する、the(ざ)っくりすぎる説明

さて、そんなれりごー最頻出の最多登板ワードである定冠詞「the」は、英語で綴られるテキストの中でどういう役割を果たすのでしょうか。

書いていくとれりごーに直接関係ないところまで触れて分量が増えてしまったので、別の記事にしました。

重複をいとわず、エッセンスだけここでも触れておきます。

冠詞の役割

冠詞の果たす本質的な役割とは、「続く語句の具体性を高める」ことです。これは不定冠詞と呼ばれるa(an)も共通です。

でもって、僕は「the」というのは、その役割によって次の2つに細分できるととらえています。

  1. 「特定」のthe
  2. 「代表」のthe

 

1)「特定」のthe

文脈上何を指しているか特定できる事物については、その前にtheが置かれます。

中学校で

    (例文)

  • I saw a man last night. The man was drunk.

といったような英文を和訳するときに「その」と訳すパターンのやつです。

2)「代表」のthe

英語では「一般論」としての対象を指す文脈にもtheを使います。

具体性のレベルとして、「抽象概念以上、個別の存在未満」であるものです。

「一般論」を厳密さを目指して言い直してみると、「特定には至らないが、抽象概念ではなく確かに存在するもの」とでも言えそうです。

これを僕は「代表のthe」と呼んでいます。

    (例文)

  • I play the piano.

という時のtheです。ここでのpianoは、ある特定の1台を意味していません。

あるいはthe young(若者)やthe poor(貧乏人)のように、「the+形容詞」で人を意味するパターンも「代表のthe」に分類できそうです。

れりごーでの実例

れりごーの歌詞を例に見ていきます。

まず、歌い出しの1行目

The snow glows white on the mountain tonight

でのtheは、後者の「代表のthe」と解せます。

ここでのsnowもmountainも単なる抽象概念ではなく、実体を伴った存在だと解釈できますが、特定までには至らないからです。具体性のレベルとして「抽象概念以上、個別の存在未満」と言えそうです。

その次に出てくる

And it looks like I’m the queen

は「特定のthe」でしょう。

このqueenは文脈上、直前の「A kingdom of isolation」のクイーンだと考えられるからです。

新3大・じっくり味わいたい「れりごーのthe」

ではここで、「新3大・○○調査会」のフォーマットに乗せて、歌詞に20回出てくる中から、僕が鑑賞していて面白いなあと感じ入った、れりごーの「the」を3つご紹介します。

1:Be the good girl

ひとつめは、日本語の歌詞で言うと「誰にも打ち明けずに」の前半に相当する部分の、「Be the good girl」のtheです。

「あ、そこ、a じゃなくてtheなんだ…」と思うと同時に、うまいなあと感じ入りました。

きちんと読めば、こういう意味合いが出てくるからです。

the good girlの意味

「Be the good girl」のtheは、「特定のthe」です。

そもそも世の中には、いろんな「good girl」がいていいはずです。goodを実現する手段はいくらでもあるのですから。

しかしここでは「a good girl」ではなくて、「特定のthe」を使った「the good girl」になっています。すなわち、ある特定の決まった「good girl像」があることを意味します。

以上から、この話者にとって、「good girl」とは「こういうもの」と特定されていることがわかります。

けっこう窮屈で不自由なものの考え方をしています。

後半への伏線となっているのがうまい

歌からはその像が具体的にどんなものかまでは分かりません。しかしそれでも、歌の後半で「I’m free!」と宣言した歌い手が、最後のコーラスで「That perfect girl is gone」とうち棄てるのが、その「good girl像」であることは、容易に理解できます。

その伏線としてのtheなのです。

うまいなあと思います。

2:The past is in the past

ふたつめは、歌い上げる最後のクライマックスへ向けての歌詞です。日本語詞では「もう決めたの」に相当する部分です。

The past is in the past

ほれぼれするほど美しく、かつカッコいい表現です。

その美しさとカッコよさたるや、論理的な観点で検討しただけでも、もう明らかなのであります。

「特定」が「代表」の中にある、という配置が素敵

後ろが同じpastでも、文頭に置かれた大文字表記のThe pastは「特定のthe」、後半のthe pastは「代表のthe」です。

The past
is
in the past

と、be動詞を使った構文によって両者の位置関係が示されているので、それがわかります。

かみ砕いて述べますと、The past is in the pastとは、前者が後者に包含されているという関係を表現した記述であります。

少ない単語で、実に美しい文が作られています。

論理的整合を考えてみると

The pastを「A」、the pastを「B」に置き換えて

A is in B

と表しますと、A・B両者の大小関係は、論理的に考えて

A ≦ B

でなければいけません。

「可能性としてありうる」という意味で等号も加えましたが、イコールのケースの不自然さは否めません。イコールなのであれば、端的にA is Bと表現すればよく、inを付け加える必要性がほとんど認められないからです。

同義反復ではない

という具合に、最も無理のない読み方を考えると、自ずと結論が出てきます。

この文章は、「ダメなものはダメ」というような、同義反復的表現ではないのです。

そうではなく、個別具体的な、特定の「past」は、いまや一般の代表的存在としての「past」の中にある。すなわち、そこへと吸収された状態にあるという意味になります。

なお、ここの特定の「The past」とは、話し手のpast(過去)と解するのが妥当でしょう。

以上から、話し手にとってこの文は、「特定のthe」として表現されているThe past(過去)との決別を謳っていることになります。

さらに語ってしまうと、重要なのは、この文が過去を否定しているわけではないことです。過去はなかったことにされているのではなく、その在り処、所在が変わっただけなのです。

つまり、依然として過去は存在するのだけれども、それがいまの自分には全然影響しない、言わば「他人事」的な場所にある。そう言っています。

そこも含め、ほれぼれするほどの美しさ、カッコよさなのであります。

3:the wind and sky

最後は、少し戻って

I am one with the wind and sky

での「the」です。日本語詞では「空へ風に乗って」に当たる部分となります。

れりごーに20回出てくるtheのうち、僕がいちばんうならされたtheです。

さらにこの一文は、もっとも味わいがいのあるセンテンスです。注目すべきは、この文全体でtheが1つしかないことです。

theの不在からわかること:全部「ひとつ」

つまり、

  • × I am the one ではなくて、無冠詞の
  • ○ I am one です。

つまりここでのoneとは「1」「ひとつ」という抽象概念です。

さらに

    with the wind and sky であって、決して

  • × with the wind and the sky ではないのです。

with以降に並んでいるのは「wind」と「sky」の2つではありません。なぜなら冠詞theが1つしか置かれていないからです。

よって「the wind and sky」という語句は、たとえばR&B(Rhythm and Blues)と同じように、これ全体でひとつの事物と受け取らなくてはいけません。

みんな読めていなかった

ここをどう読めばいいか検討していた段階で、僕が《Let It Go》の英語詞について語るサイトをいくつか見た範囲では、読み切れていると思われるものは、残念ながらほとんど見当たりませんでした。

もしも日本語に訳すなら

ですからもしこの「the wind and sky」を、厳密に正確に日本語へ移し替えて書き表すならば、たとえば「空をゆく風」といった具合に、“にこいち”として扱っているニュアンスが読み取れる表現にしなければいけません。

訳す段階で、「風」と「空」をそれぞれ別個に取り扱って独立させてしまったら、それは誤りです。

なお《ありのままで》の題で歌われている日本語の歌詞が間違っているという趣旨ではありませんので、念のため。

比較対照事例

比較用に例を挙げておきます。

one

《We Are the World》(USA for Africa, 1985)の歌詞では

抽象概念である「ひとつ」の意味では

when the world must come together as one

と無冠詞であり、

具体的な存在者である「人」の意味では、

We are the ones who make a brighter day

となっています。

theとand

たとえばマーク・トウェイン『王子と乞食』(1881)の原題は

The Prince and The Pauper です。

両方にTheが使われています。別ものだからです。

また、れりごーの歌詞においても、andでつながっていないので形は若干異なりますが、別ものについては、

My power flurries through the air into the ground

というように、theがそれぞれで律儀に使われています。

まとめ

まとめます。

  • れりごーの歌詞に最も多く使われている単語は、letでもitでもgoでもなく、「the」です。
    驚愕の事実です。
  • それはまるで、2013年のパ・リーグの最多勝投手が開幕から24勝無敗の田中将大投手(楽天イーグルス)だと知られていても、同じ年、登板数(登板試合数)の最も多かった投手が誰だったかほとんど知られていないかのようです。
  • 細かく見ると、theには「特定のthe」「代表のthe」の2種類あります。
  • 冠詞には重要な情報がたくさん詰まっています。テキストをしっかり読んでtheの有無について検討するだけでも、大変多くの情報を取り出すことができました。
  • ちなみに、パ・リーグ2013年レギュラーシーズンにおいて最も登板試合数の多かった投手は、千葉ロッテマリーンズの益田直也投手(68試合)でした。
    2013パシフィック・リーグ リーダーズ(投手部門)|bis.npb.or.jp
    知らなかったので調べました。

2014-08-26_0746

52 益田直也(marines.co.jp)

以上です。ご静聴ありがとうございました。

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