「有名人」考(1)―現代編

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こんにちは。

少し前から「林修ナイト」と称して東進ハイスクール講師の林修さんに注目し、かこつけた記事を書いています。

私が林修さんを知ることができたのも、彼が有名になったからです。

そこで、林さんご本人からは少し離れて、有名人について考えていくことにしました。

有名人とは

有名人とは、どんな人でしょうか。大きく2つの時代に分けて考えます。

それぞれの時代で、歴史上の人物まで含めてしまうとややこしくなるので、各時期において生きていた「同時代の有名人」に限定して考えていくことにします。

1. 現代

まずは現代です。定義を試み、至極平凡な結論に落ち着きました。

有名人とは、テレビに出ている人です。

「テレビに出ている」=英文法の「現在形」

「テレビに出ている」というのは、英文法で言うところの「現在形」です。「出たことがある」程度の「現在完了形」では不十分です。視聴者側の目線で言えば、繰り返し、それこそ習慣的に目にするレベルでないといけません。

たとえば「イタリア人」日本代表のパンツェッタ・ジローラモさん。彼はイタリア人、いや有名人でしょうか。僕はそう言っていいと思います。

しかし、彼の出演番組がNHK「イタリア語会話」のみだった時期ならば、有名人とは言えなかったでしょう。調べてみると、1991年から出演されています(2007年まで)。もし、ジローラモさんがそのころから有名人だったと言えるのならば、出演時期のほぼ重なるダリオ・ポニッスィさんも、有名人でなければいけません。りっちょだーりお。

現在形の「テレビに出ている」とは、「複数番組において継続的に見かける」とざっくりと定義しておきます。

過去(完了)形の場合は?

「過去(完了)形」の人はどうでしょう。かつてテレビに出ていたが、今は(あまり)見ることのない人です。お笑い芸人でいうと、イッセー尾形さんとか、ラーメンズとか。

こうした向きを「有名人」と称して問題ないかは微妙なところです。「有名」とするのはどこか表現のポイントがずれている。上の2組でいえば、「玄人好み」とか「根強い支持を得ている」みたいになりそうです。

だいたいそう考えました。

テレビに出たことのない有名人はいるか

この現代において、テレビに出たことのない「有名人」っているのでしょうか。思い浮かべてみることにします。

自分が名前を知っている「有名人」をサーチして該当しそうだったのは、J.D. サリンジャー(1919-2010)ぐらいでした。

1950年代、『The Catcher In The Rye』が売れて彼が一躍時の人になった時期、テレビ出演の経験があったのかどうか。調べが足りずはっきり知りませんが。

それでも彼の訃報は、世界中のテレビで報じられました。その意味で彼もテレビと無縁ではいられなかった。

テレビの外の世界の住人でも、その世界で名前が知られるようになって顕著な成果を上げれば、だいたいテレビが追いかけます。ノーベル賞受賞者などが、そうですね。

テレビの世界と無縁なままで有名人になることは事実上不可能ではないかという気がしています。何か反例はあるでしょうか。

人が有名人に出会ったときの反応

「テレビ」という切り口は、安易ながらも大きく間違っていない気がします。その証拠に、タレントがロケして歩く番組などでよく見られますが、有名人に出会った市井の人は、次のような反応をすることが非常に多いです。

「あ! ほら、あの、テレビ出てる」

また反対に、ひところ名をはせた有名人が、タクシーの運転手さんなどから

「最近見ないね」

と言われたエピソードを持ち出して憤慨してみせる、というのもトーク番組で定番化しています。

現代において有名人とそうでない人を分ける指標は、テレビ露出の有無・そして量です。そう言い切りましょう。

2. 過去(テレビのなかった時代)

では、過去、テレビのなかった時代の「有名人」は、どういうありようだったのでしょうか。それを考えてみます。

長くなりました。記事を分けます。

つづく。

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