先生と呼ばない(2)

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こんばんは。林修ナイトの時間です。

前の記事で、林修さんのことを「先生」とは呼ばないことをおことわりしました。

直接教えを受けたわけでもない人を「先生」と呼ぶことは、誠意のない、相手を馬鹿にした用法だからです。

私にとって「林先生」といえば、小学3年生のときの担任で、当時独身でボロボロの教員寮に住んでいた林先生だけです。

自分語りが長くなったので、前の記事と分けました。ここから先も、ただの自分語りです。

「先生」エピソード2つ

1. 医師と私

以前、病院や診療所に出入りする仕事をしていました。医師の方とお話しする機会も少なからずあって、割り切って「先生」と呼ぶことにしていましたが、露骨なご機嫌取りに思えて軽い苦痛を感じたものです。「先生」側は、無反応か、はいはいしょーがねーな的な反応の方が大半でしたが、少数ながらそう呼ばないと機嫌を損ねそうな御仁もいらして、面倒なことでした。

2. 弁護士と判事

今の嫁に離婚裁判を起こされたときの話ですが、担当の判事が法廷で相手方弁護士を「先生」と呼んだときには、ぞっとしました。
原告であった嫁は一度も出廷しませんでしたが、被告のこちらは、当時金も仕事もなくてヒマだったので、代理人を立てずに全部自分でやりました。

話はそれますが、この裁判官が後に高嶋政伸さん・美元さんの事件を担当したことが、私たち夫婦の自慢なのですが、された側の反応はおしなべて薄いです。自慢にならないのでしょうか。

私の先生

私にとって、直に教えを受けず世話になってもいない中で「先生」と呼ぶに値する人物は、次のお3方しかいません。皆、既に鬼籍に入られて久しいですが。

  1. 白川静先生
  2. 藤子・F・不二雄先生
  3. 夢路いとし先生
  4. 喜味こいし先生

あれ、4人だね。

無理やり共通点を探し出すならば、
教養にあふれ、大衆の支持を得ながら、同時に孤高であった人
でしょうか。

それが私の先生の基準のようです。

ということで。

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