1945年の「既読スルー」「既読無視」問題:ポツダム宣言

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Lines are down everywhere
THE LINES ARE DOWN(1985)

これまでのあらすじ

LINEの「既読無視」は無視なのでしょうか。この言葉を聞いて以来疑問に思っています。「既読スルー」ならわかります。

こちらの記事でそこに触れました。

この記事に書くこと

1945年にも「既読スルー」「既読無視」問題がありました。ポツダム宣言をめぐってです。

ポツダム宣言

ポツダム宣言とは、簡単に言うと1945年に大日本帝国に対して出された降伏勧告です。

atomicarchive.com で原文が読めます。冒頭部分を引用します。

Potsdam Declaration

Proclamation Defining Terms for Japanese Surrender
Issued, at Potsdam, July 26, 1945

  1. We-the President of the United States, the President of the National Government of the Republic of China, and the Prime Minister of Great Britain, representing the hundreds of millions of our countrymen, have conferred and agree that Japan shall be given an opportunity to end this war.

国立国会図書館>憲法条文・重要文書に、日本語訳が載っています。対応部分を引用します。

千九百四十五年七月二十六日
米、英、支三国宣言
(千九百四十五年七月二十六日「ポツダム」ニ於テ)

  • 一、吾等合衆国大統領、中華民国政府主席及「グレート・ブリテン」国総理大臣ハ吾等ノ数億ノ国民ヲ代表シ協議ノ上日本国ニ対シ今次ノ戦争ヲ終結スルノ機会ヲ与フルコトニ意見一致セリ

要は「チャンスやるから降伏汁」という話です。

経過:帝国政府の対応

宣言発出後の経過については、CiNiiのサイトにある論文「アジア・太平洋戦争と戦後教育改革(12) : ポツダム宣言の受諾」(山下祐志, 1998)が詳しいです。

リンク先で参照できるPDF文書から引用します。

1)既読スルー

ラジオ放送によってポツダム宣言を知った外務当局は、七月二十七日早朝、(略)受諾止むなしの基本方針でまとまった。しかし未だ交渉の余地はあると見ており、ゆえに「この際黙っているのが最も賢明で、従って新聞にはノー・コメントで全文発表する様指導するのが適当である」との結論に達した。

激論の末に外相の主張が通り、論説を入れずただニュースとして軽くあしらっておくことになった。

見知ったけど、意思表示はしないというわけです。「既読スルー」です。

2)既読無視

引きつづき同論文より。

ところが翌朝の新聞には、ポツダム宣言に関して豈図らんや、「笑止」・「黙殺」などの見出しで一歩踏み込んだ記事が掲載された。

七月二十八日、(略)押し切られた鈴木首相はこれを容れ、その日の新聞記者団との会見において「(略)政府としては何ら重大な価値あるとは考えない、ただ黙殺するだけである、我々は戦争完遂に飽く迄も邁進するのみである」と答え、新聞報道の論調に追随した。

黙殺する方針の「既読無視」です。

朝刊チェック

当日(1945/07/28)の朝日新聞を、図書館に置いてある縮刷版で見てきました。こんな見出しがありました。

「米英重慶、日本降伏の最終條件を聲明」「三國共同の謀略放送」【チューリツヒ二十六日発同盟】

「政府は黙殺」

「黙殺」とはigonore か?

一部に、この「黙殺」を英訳でignore としたために、連合国側に「拒否」の意に受け取られ、原爆投下を招いたという説があります。

誤りです。込み入った形式のデマです。

つづく

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