あなたの家のトイレにスリッパが(まだ)ある理由

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あのね、芦田愛菜だよ(ウソ)。

あのね、トイレのスリッパを考えたの。言ってもいい?

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要約:Executive Summary

問い

現代日本の住居におけるトイレ事情を合理的に評価すれば、スリッパは必須ではありません。

にもかかわらず、今なお多くの家庭のトイレにスリッパがあるのは、なぜでしょうか?

答え

それは日本の伝統だからです。「うんこする時に履きものを履く」という伝統です。

少なく見積もっても800年を数える、実に由緒ある歴史を誇る伝統なのであります。

その伝統が、あたかもトイレのしつこい糞尿汚れのように、意識(ないしは無意識)にこびりついているのです。

パート1.個人的「トイレとスリッパ」史

本稿では、なぜ今なお「トイレにはスリッパ」となっているかを解明していきます。

取っかかりとして、まずは「トイレとスリッパ」に関する個人史を述べます。

スリッパ時代

育った家のトイレには、専用のスリッパがありました。

便器は和式。床はタイル張りでした。

脱スリッパ

ひとり暮らしを始めてから、スリッパを使わなくなりました。

部屋のトイレは洋式で、床の素材も、他の室内と大差なかったからです。

以来、引っ越しも何度か経験していますが、トイレでスリッパを使わないのはどこでも同じです。家屋内のトイレ事情はどこも似たようなものだからです。

形骸化したスリッパ

僕の両親は、5年ばかり前に県内の別の土地に新築して移り住んでいます。

トイレも、ごくごく平均的な、平成の現代日本家庭のトイレです。便器は洋式で、床の素材も、他の室内と大差ありません。

そんなトイレに入ると、片隅にスリッパが置いてあります。

しかし、使っている様子はありません。形骸化しています。当然僕も使いません。

パート2.日本の「うんこと履き物」を考える

なぜうちの両親は、使わないにもかかわらず、トイレにスリッパを置いているのでしょうか。

いくつか問いを立て、考えてみました。

Q1 日本人はいつから、うんこをするようになったか?

有史以前からに決まっています。日本人に限らず、動物ならうんこするのが常です。

Q2 日本人はいつから、履きものを履くようになったか?

普及していたとまでは言えませんが、古代から使用実績はあったようです。

参考ページ

ネットを探してみると、下駄の歴史(みゆき本舗)というページがありました。下駄の日本史がつかめます。

「奈良平安時代」の段にこんな記述があります。以後ふまえておくべき内容です。

平安時代に入ると、日本文化が独自の発達をみせはじめ、履物も豊富に日本化したようです。

下駄の前身足駄(あしだが民間からおこり、武士や婦女子にも履かれたようです。

掲載されている画像の出所も示されておらず、学術資料としての価値は認めがたい情報です。もとより、下駄だけが履き物でもありません。それでも、概要をざっくり把握する分には十分良質でした。

Q3 日本人はいつから、うんこをする時に履きものを履くようになったか?

遅くとも、平安時代末の12世紀には一般的であったことが確認できました。「最古」の特定はできませんでしたが、よしとします。

参考ページ

これもネットを探してみると、良質な情報を見つけることができました。こちらのブログ記事です。

5点の絵画史料と、記述の下敷きにしたと思われる、2,3 の参考文献が紹介されています。

こんな記述がありました。※下線は引用者

餓鬼草紙でも、老人も女性も子供もみんな高下駄を履いて排泄している。他の絵画史料からも、野外だけでなく、家の敷地内でも排便に際して高下駄を履いている(略)。高価であったとしても高下駄は生活必需品となっていることがわかる

多様な切り口から検討できる、非常に魅力あふれるテーマですが、本稿ではここの1点に限定して進めることにします。

なおひとつ付言しておくと、「下駄」よりも「足駄」とするのがよさそうです。

パート3.「うんこのときに履きもの」は平安時代からの日本の常識

上のブログ記事「洛中洛外 糞尿譚 野糞の巻(2010/03/25付)」で紹介されていた資料にいくつかあたってみました。

餓鬼草紙(12世紀)

まず、こちらの絵画史料です。うんこの日本史を語りたいならこれは必須、外せない史料であるようです。

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『餓鬼草紙』より、伺便餓鬼の図(12世紀 東京国立博物館蔵) ※画像は、文化遺産オンラインより

「うんこと履き物」拡大

「うんこと履き物」がよくわかるように、各人物について、同じ画像から該当部分を抜き出して拡大しておきます。画面の左から右の順です。

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さて、資料をあたるうちに「日本うんこ史」でこれに触れない議論はクソだということがわかってきました。

触れなければクソ、触れてもクソの、クソ地獄です。

そこを具体的に確認していきましょう

『姿としぐさの中世史』(黒田日出男 1986, 2002)

近くの書店にあったので買ってきました。

「施肥とトイレ」と題された段で、前掲の『餓鬼草紙』についてこう述べられています。

第三に高足駄が糞便のために使用されていることなどを指摘されている。(p.189)

ちなみにこれは、『新版 絵巻物による 日本常民生活絵引』(澁澤敬三・神奈川大学日本常民文化研究所編, 1984)での解説を紹介した記述です。原典は未確認ですので、近いうちに収蔵図書館で確認しておきます。

「共同便所」説からわかる、平安時代の「トイレのスリッパ」

草紙が描いた場所について、黒田さんは「共同便所」説を主張されています。次のとおりです。※下線は引用者

ただし、これは果たしてただの街頭の光景であろうか。なぜなら、そこには皆が高足駄を履いてきており、すでに使われたあとの紙や捨木が散乱しているのであるから、そこは一種の共同便所ではなかったかと思われるのである。(略)しかも『餓鬼草紙』の描写を信じるなら、そこには老人も女も少年もやってきて一緒に排便している。(pp.189-190)

その説よりも僕が注目したのは「皆が高足駄を履いてきており」とする記述です。これを素直に読めば、「高足駄を履く」という行為が、排便と結びついていることを意味します。

つまり、平安期における高足駄とは、うんこするときにわざわざ履くもの、つまり現代で言うところの「トイレのスリッパ」だというのです。

『都市平安京』(西山良平, 2004)

次にあたったのが、『都市平安京』です。

本書の第四章が「平安京のイエと排泄・トイレ」となっています。

「履き物」に関する議論は「4|都市の共同排泄と高足駄」にあります。いくつかポイントとなる記述を引用します。

うんこする場所について

さらに、都市住人は路頭すなわちイエの外部に排泄する。(p.143)

イエの内部と対比しての記述です。イエの内部での排便は、トイレの成立にもつながる魅力ある話題ですが、割愛します。

『餓鬼草紙』(河本家本)「食糞餓鬼」(伺便餓鬼)には、路頭排泄が明快に描写される。(p.145)

やはり出てきました『餓鬼草紙』。これに触れない議論はクソだということですね。わかってきました。

 さらに、都市住人は広く「空地」を対象に共同排泄した。(略)すでに、宮本常一氏は「空地があれば、どこでも大小便がなされた」と指摘する。貴族や住人のイエの外部、すなわち荒廃したイエのまわりの小路や火災の空地など、権力・所有の空白地帯が共同排泄の空間であった。(p.148)

宮本常一の専門領域は民俗学ですから、著述の確認は後回しにしていました。いずれそれもあたらないといけません。

うんこの際の必需品:高足駄について

<『餓鬼草紙』の描写>

女性も老人も子供も足駄・高足駄を履き排泄し、その周辺に紙片と「糞ベラ」が散乱する。(略)紙片や糞ベラは、排泄の記号なのである。(p.145)

<高足駄の役割>

また、宮本氏は高足駄あるいは足駄を「脱糞放尿用」と推定し、「足にとばっちりのかからないように」使用したと見做した。(p.145)

高足駄は歩行しにくいが、「脱糞放尿用」で、「とばっちり」を避けたと推測される。(p.148)

素朴な感覚として理解できる説ではあります。

<「うんこに高足駄」の普遍性>

 さて、福富はイエの内部で下痢するが、やはり足駄を履く。室町時代の前後には、イエの内部でも足駄を履き排泄したのである。したがって、イエの内部・外部を問わず、足駄は排泄に使用されたと想定される。これは、古く遡ると想像される。(p.150)

時代を下った室町期でも、さらにイエの敷地内でも、「うんこに履き物」は共通と述べています。

<高足駄「共同使用」説への反論>

小松茂美氏は「高価な高下駄は及びもつかない」とし、「共同使用」と推定する。しかし、福富はイエで足駄を履き排泄するから、足駄もイエと同様に私有と想定される。足駄は当時のイエの生活必需品なのである。(pp.150-152)

という具合です。

付記:「福富」とは―『福富草紙』(室町時代)

説明が前後しましたが、上の引用で述べられている「福富」とは、こちらの絵画史料を指します。

敷地内の描写であること、履き物を履いていることが確認できます。

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福富草子絵巻(部分)15世紀(室町時代)
※画像は、白百合女子大学所蔵貴重書『画像』データベース より

小まとめ

「うんこに履き物」は、遅くとも平安末期には一般的であり、以来日本人のあいだで常識となっていることがわかりました。

あのね、うんこに足駄は必需品なんだよ。

あのね、それが今の「トイレにスリッパ」なんだよ。

あのね、足駄まなだよ。

パート4.現代編:発言小町の「トイレのカミさん」たち

話を一気に現代に戻します。

yomiuri.co.jp にある女性向け?の掲示板「発言小町」で「トイレ スリッパ」を検索したら、669件出てきました。

出てきたのは、たとえばこういうトピックです。

意見を求める呼びかけに、89のレスがついています。

検索結果に出てきたトピックスのタイトルをざっと見たところ、全部がこのような「必要?不要?」論議ではなかったですけれども、そこも含めて、当代のトイレの神様、いや、カミさんたちは、スリッパにひとかたならぬ関心を寄せていると言ってよさそうです。

まとめ:スリッパの伝統論

僕自身の見解を述べますと、現代日本の住宅におけるトイレ事情を鑑みれば、そこにスリッパの必要性は、飛び散った露ほども認められません。しかしそれでも、「必要」とする主張にも一定の理があると思っています。

いま、一定の「理」と書きましたが、その理が理に適っていないこと、合理的でないことはここでの問題ではありません。ときに伝統は、合理性と相容れないことがあるからです。それゆえに「伝統」たりえてるのだとすら言えます。

一般論として言えば、「非合理なところもあるけれど、ずっとこうなんだから、これからもこうだよ」を認めなければならない、それこそが伝統です。いろいろなケースを考えていくと、たとえ合理性に欠けていようと、それを根拠にあらゆる伝統を一律に切り捨てることは、僕にはできません。

「トイレのスリッパ」だって、少なく見積もっても800年を超える伝統に支えられているわけです。

残念な無自覚ぶり

ただ、当世の「トイレのスリッパ」議論で残念なのは、「必要」と強く主張する人さえも、そのよって立つ根拠について、すなわち、トイレにおけるスリッパの必要性が何に由来するのかについて、ほとんど無自覚に思えることです。

発言小町などでの議論をざっと追うと、「清潔さ」を論点とするものも見られました。それを受けてひとつここで強調しておきたいのは、「清潔」とは、科学的合理性のみに基づいた概念ではないということです。

ですから僕はむしろ、その意識下ないしは無意識下にこびりついている汚れの方が、気になるのです。

おわりに

あのね、とんでもないヨゴレ仕事だったよ。

足駄まなでした(ウソ)。

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