感謝状は、踏切事故の再発防止に逆効果

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死んだら神様か!?
何もしなけりゃ生き仏か!?
―《モーレツ ア太郎》(1988, 詞:大槻ケンヂ)

はじめに

この記事は、事故の防止および被害の軽減に寄与することを目的としており、事故の責任を問うためのものではありません。

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※写真と本文は関係ありません

おかしなことになっている

こんなニュース記事がリツイートされてきました。

JR横浜線踏切事故:学ぶべきものは/神奈川|カナロコ(2013年10月5日付)

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横浜市緑区の踏切で、倒れていた男性(74)を助けようとした会社員(略)が電車にひかれて亡くなった

という事故のニュースはうっすら知っておりましたが、こんなことが書いてあって、ひっかかりました。

安倍晋三首相は「勇気をたたえる」として書状を贈ることを決めた。県と横浜市も知事と市長の名で「感謝状」を贈るという。

報じられているとおりなら、おかしなことになっています。

元の記事でも、

弔意を示すことはあり得るだろう。しかし、命が失われた事故を美談にすることで、大切なものが見落とされるのではないか-。そう感じている人もいる。

と、控えめなトーンながら疑問が呈されていました。

ここがおかしい

踏切にいる人を助けに線路内に入った人に感謝状を贈ることは、間違いです。それは間違った行動だからです。

間違った行動に感謝すると、それが正しいこと、称えられること、進んで行うべきことと誤解され、また同じ間違いがくり返されやすくなります。再発防止の観点からすれば、むしろ害悪です。

「これからも、勇気のある人は線路内に助けに入って、助け出したりひかれて死んだりしてください。感謝します」とでも言いたいのでしょうか。

ではどうすればいいか

僕は、線路内に助けに行ってしまう人に足りないのは「練習」だと考えます。助け出す練習ではありません。非常ボタンを押す練習です。

詳しくは別の記事に書きます。

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