【情報求む】出典の見つからない名言たち(9月15日「あすなろラボ」関連)

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こんにちは。

9月15日放送の「あすなろラボ」での恋愛論授業で、林修さんが使われた名言の出典を調べています。ところが、意外にも半分近くが見つかりません。

なので厚かましくも書きました。

到達目標

「誰の」だけでなく、「どの著作」の「どんな文脈」での言葉なのかまでを突き止めたいです。

けれども、行き詰まっています。

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情報求む

放送された授業の中で出てきた「名言」は全部で14ありました。うち6つまでもが全く、あるいはほとんど手がかりが見つからず、現時点でまだ出典解明の糸口がつかめません。

この記事では、それらを挙げておきます。何か手がかりになる情報をお持ちの方がおいでなら、お寄せいただけるとありがたいです。喜びます。

出典マニアには過酷な世界

今回あらためてわかりましたが、「名言」の流通する一帯は、出典マニアにはえらく過酷な世界です。なぜならば、出典が恐ろしく軽んじられているからです。

日本語でのネット検索では、もう壊滅的と言っていいぐらいに(出典マニアから見て)まともな情報にたどり着けません。

なので、日本語以外に自分が多少は使える英語で探してもいますが、そちらも似たり寄ったりで、出典のきちっとした情報を見つけるには困難をきわめます。

前に、チンパンジーの「肉を贈ったメスとの交尾に至る確率は約2倍」という研究の出典を追ったことがありましたが、それとは大違いです(cf. その時の記事)。構成される人間の階層が違うんだろうなという感触を覚えます。

また論旨からは外れますが、英語圏ではそもそも「名言」にもなっていないのではないかと疑われるケースも散見されます。

出典の見つからない6つの名言

便宜上番号を振っておきます。

1.初恋は、男の一生を左右する ※解決済

フランスの小説家 アンドレ・モロワ André Maurois(1885-1967)の言葉とされていました。

今のところ、それ以上の情報が見つかりません。

(2013/10/29追記)見つかりました。【出典情報#1】にまとめました。

2.恋は決闘です。もし右を見たり左を見たりしていたら敗北です。 ※解決済

フランスの作家 ロマン・ロラン Romain Rolland(1866-1944)の言葉である由。

小説『魅せられたる魂』(L’àme enchantée)の一節らしい、というところまで判明しました。

次のアクションは「図書館で確認」です。文庫だと何冊にもなる大作らしいので、見つけるのが大変そうです。

(2013/10/05追記)見つかりました。【出典情報#2】にまとめました。

3.すべての恋愛は多少なりとも人を賢くする ※解決済

イギリスの詩人 エリザベス・ブラウニング
Elizabeth Browning(1806-1861)の言葉とされていました。

出典を「断片」とする情報もありましたが、真偽含め、その先への手がかりがつかめていません。

エリザベスではなく、夫のロバート・ブラウニングの言葉とする情報もあります。言われてみれば男のもの言いである気もします。

エリザベス、ロバート両者ともに、ネットにかなりの量の一次文献があるので力ずくで見つけることもできそうですが、もう少し探索範囲を絞り込まないと苦労しそうです。

(2014/06/25追記)松原様より、ロバート・ブラウニングの詩劇の一節とご教示いただきました。周辺の確認後、記事にします。

(2014/08/15追記)【出典情報#3】にまとめました。出典は『パラケルスス』です。

4.恋が入ってくると知恵が出ていく ※解決済

ドイツの詩人 ローガウ Logau(1605-1655)の言葉である由。

「恋が家に入ってくると」とするものもありました。

ほか手がかりはありません。

(2013/10/13追記)見つかりました。【出典情報#4】にまとめました。

5.多くの女性を愛した人間よりもたった一人の女性だけを愛した人間の方が、はるかに深く女というものを知っている ※解決済

ロシアの小説家 トルストイ Tolstoy(1828-1910)の言葉となっていました。

これも、これ以上の手がかりを得られていません。

日本語だと、トルストイの「どの著作」の言葉なのかに言及する情報が全然見当たりません。ひどいです。

一方、英語でのquotes 集サイトなどを見ると、トルストイの言葉とするものはたくさんあるのですが、相当しそうなものが見当たりません。

(2014/06/25追記)松原様より『アンナ・カレーニナ』とご教示いただきました。【出典情報#11】にまとめました。

6.愛とは、相手に与えるときこそが真実であり、自分を犠牲にするのは、それはもはや愛ではない ※解決済

ドイツの詩人 エマニュエル・ガイベル
Emanuel Geibel(1815-1884)の言葉である由。

この言葉自体を引用しているものは、多少言い回しの異なるものを含めて複数見られますが、同じく、どの著作なり詩なりから取ってあるかまでは、情報がありません。

(2013/10/14追記)見つかりました。【出典情報#12】にまとめました。

まとめ

いずれも「誰それの言葉」と称するには、まだ真実とするに足る十分な裏づけができていません。よって自分の基準では、どの名言も「使ってはいけない」部類の情報に入ります。

むろん、その人の言葉ではないとも証明されていませんから、間違っていると言いたいのではありません。

感覚的には、「人」単位ではおおかた間違ってはいないだろうと思いますが、裏づけが取れていない以上、出典マニア的には現段階で保留扱いとしておかなければなりません。

簡単に他人を信用しないのはしんどいですが、勉強になります。

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